トキと神楽水
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「やああっ!!」
パルが素早く蹴りを入れてくる。その足を咄嗟に掴み、壁に体ごと叩きつける。しかし、彼女は受け身をとっておりほとんどダメージはないようだ。
「相変わらずちょこまかした動きが得意なようで」
パルに回し蹴りを続けて入れるがそれを難なく躱し、私から距離をとってパルはスタッと床に降りた。
「ルーンこそ衰えてないみゅね…」
ちらりと窓の外を見る。ここは5階…落ちたアオイとトキは無事だろうか。ガチャっとなので地面に叩きつけられたくらいで死にはしないだろうけれど。
「よそ見は厳禁にゅ!!」
そんな私に隙があると思ったのかパルが拳を振り上げ、走ってくる。私はしゃがみ、それを躱す。
このままでは埒が明かない。私とパルの力は今までの戦闘を省みた感じ互角だ。体力も同じくらいだろうし、人間みたいにそう簡単には疲れない。
それよりも私の後ろで身を潜めているお嬢様が気になった。今は私がパルと戦っているせいか、お嬢様に直接攻撃は向かわない。
しかし、援軍が来たらお嬢様を護りきれる自信がない。先ほどまでアオイとトキがお嬢様の近くにいたが、二人とも落ちてしまったし…。
予想するに体育館では松尾美佳達を助けようと向かったハオと、散歩してくるだの何だのでここから離れたご主人が対峙しているだろう。ご主人はガチャっとの出来損ないを出せるので戦闘はできるだろうし。
ーー…色々考えている間も私とパルは攻撃をやめない。互いに同じくらいダメージを負い、同じくらい攻撃を躱している。
先に息が切れ始めたのはパルだった。とはいえ、私も少し辛くなってきた。
「…そろそろ限界なのでは?」
煽るようにパルに言う。パルはブンブンと首を横に振った。
「まだ…まだみゅ。ルーンだってきついはずみゅ」
フー…と深く息を吐く。そして、互いに最後だと思われる攻撃を入れる。
「…っ…」
しばしの沈黙の後、パルは力なく倒れた。手応えがあまりないので死にはしない。けど、すぐには回復しないだろう。
「ルーン!」
身を潜めていたお嬢様が駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫なんか…?堪忍な、あの子あんなに強いと思わんかった…」
オロオロするお嬢様を見ながら私は座り込む。そして、自分の肩に手を当てる。生温かい。スーツの下から血が流れるのがわかった。
「!?怪我…怪我しとるやん!」
「…大丈夫です。恐ろしいですね、心臓を狙ってきていた…少しずれていたら致命傷だったかもしれません」
あの状況で心臓を狙いにくるとは。心臓を貫かれても死ぬ確率は高くはないが他の個所をやられるより回復が遅いのは確かだ。やはりご主人の元パートナーなだけある。
「…あの子、死んだんか?」
お嬢様がハンカチで私の血を拭きながら尋ねる。
「死なないでしょうね。ですが…すぐには気がつかないかと」
「そうか…」
私はゆっくり立ち上がった。休んでいる場合ではない。まだアオイもトキも、ご主人の様子もわからない。
「あんた、動いて大丈夫なんか?」
「ええ。私よりご主人と…アオイ、トキが心配です。特にご主人は殺されたら終わりです、何もかも」
お嬢様が私の服の袖を掴む。お嬢様に少し支えられながら私達は体育館に向かった。
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お姫様。
その言葉を聞いて神楽水を見る。が、再び動き出した玩具達に神楽水の姿は見えなくなった。攻撃を再開する。
(パルが来てるって事?じゃあ、ルーンと戦ってるのは…)
その時、神楽水が突然うずくまった。玩具達が攻撃をやめ、一斉に神楽水の元へ走る。
「チッ…しくじりやがったな、ルーンの奴」
見ると、神楽水の肩から血が出ている。着ていた白衣が一部赤く染まっていくのがわかった。
今ならこいつを殺せるかもしれない。
そんな考えが頭をよぎる。と、すぐにルーンに頼まれた事を思い出す。二人を、紫月姉と神楽水を止めてほしい…。
「…一体何が目的なの」
俺は神楽水に尋ねた。玩具達は神楽水を囲んではいるが攻撃はしてこない。もう戦う気はないのだろうか。神楽水が俺を見る。
「さっきも言ったんだけど。人間を滅ぼしてガチャっとだけの世界を創る、それだけ」
俺がこいつのパートナーだった時からそれはずっと聞かされていた。パルもルーンも知っている。神楽水は続ける。
「人間はクソだ。常識から、世間から外れた奴を変わり者だの世間知らずだの…除け者にする」
「だから人間を滅ぼすの?」
「そう。俺が作ったガチャっと達でガチャっとだけの世界を創る。俺が死んだ後もガチャっと達だけで暮らしていけるよう実験中〜」
そして、気絶しているトキを指差す。
「アレがその第一号。記念すべき最初のガチャっとよ。俺の言動行動を元に作ったワケ。見た目は似てたら気味悪いから変えたけど」
その言葉に思考が止まる。初めて聞いた。パートナーだった時も聞かされなかった事実。じゃあ、なんでトキは普通のガチャっと達と同じようにガチャガチャの中に?神楽水の性格なら手元に置いておくはずじゃ…?
「第一号…トキがオマエら普通のガチャっとと違うのはただ一つ。前の主人の記憶は何があっても抹消される」
個人差はあるが大抵のガチャっとは過去の主人の事を少しは覚えている事が多い。名前は思い出せなくとも顔や声は覚えている、といった感じで。
「アイツが俺や前の主人を覚えてたら都合が悪い。第一号として色々実験したかったからな。パートナーとの関わり方とか」
「…だったらなんで今黒に染めた?実験はもう終わりって事?」
「そう」
神楽水は即答した。玩具を再び直し、俺に歩み寄る。
「トキをこのまま姫路白菜と一緒にいさせるのが危ないと思ったからだ」
「…どういう事?」
「アイツ、俺のプログラムしてない感情を持ち始めてる。それに勘づいたから取り戻す事にしたワケ」
神楽水は俺に踵を返して続けた。
「恋愛感情だよ」
恋愛感情。確かにそれはよくわからない。聞いた事はあるし、人間は恋愛感情というものがあるとは知っているけど。でも、それが何故危ないのだろうか。
「…人間は恋愛感情で盲目になって馬鹿になる。ガチャっとの世界に恋愛はいらねーんだよなぁ。コスパも悪いし」
神楽水の言っている事はよくわからないが、つまりトキは姫路白菜に恋愛感情を抱いているという事でいいのだろうか。
「オマエ、ルーンの事好きだろ」
突然思いもしなかった事を言われ、目をパチパチさせる。好き。それはそうだ。でも、ルーンだけじゃなくて紫月姉も冴子姉も、美佳姉も…正直神楽水以外はみんな好きだ。
「じゃあ、ルーンが誰を好きなのかわかるか?」
またよくわからない事を聞かれ、眉間に皺を寄せる。ルーンだって俺と同じでみんな好きだろう。俺の表情を見た神楽水は怪訝そうな顔をする。
「…オマエはやっぱりルーンやお姫様よかアホだな」
「は!?なんでそんな事言われなきゃなんないの!!」
「ルーンが好きなのは紫月だよ」
それを聞いてもそれはそうだろうな、という感情しか浮かばなかった。紫月姉と一緒にいたいから神楽水のパートナーでい続けるんだろうし…。
「わかるか?オマエより紫月の方が好きなの、アイツは。紫月が一番なの」
「一番…」
その答えを聞いて、なんだかもやっとした。胸のあたりが嫌な感じ。なんだろう、病気とかじゃない。そもそもガチャっとって風邪とか引かないし。
「な?オマエの一番はルーンなのよ。今嫌な気持ちになったろ」
見透かしたような顔をする神楽水にイラッとした。その時、ガラガラと体育館の扉が開く。
「お?戻ってきたか」
入ってきたのは紫月姉と肩を押さえているルーンだった。険しい表情だ。神楽水と同じで肩を怪我しているようだ。
「神楽水、ルーンを手当てしてやって」
紫月姉が焦りの表情で神楽水にルーンを渡す。神楽水はルーンの怪我している肩を強く押した。痛そうにルーンがうめく。
「オマエ、しくじってんじゃねーぞ。俺まで怪我しただろうが」
「…申し訳ございません」
「ハオ、そこの倒れてる二人も連れて来い。紫月じゃ運べねーから」
神楽水はトキとアオイにくい、と顎を向けた。敵なのになんで命令されなきゃいけないのか、と思ったが確かに紫月姉に二人を運ばせるのは無理だろう。
「…紫月姉は待ってて」
紫月姉はこくりと頷いた。本当に心配そうな顔をしている。ルーンと入って来た時からずっと心配そうな顔。
…紫月姉はルーンが一番なんだろうか。
またもやもやしてきた。あまり考えないようにして、俺はトキとアオイを抱えて神楽水達の後を追った。