参戦
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窓から入ってきた何かを前に、私は身構えていた。その何かは人型だった。人間ではないのは明らかだ。
だが、雰囲気でわかった。
「…ガチャっと…」
そして、その姿には見覚えがあった。何度も対峙した事はある。だが、かつての生気は感じられない、アオイやかつてのキサメみたいな人形のようだ。
「トキ…ですよね。ああ、私の声も届いてないかもしれませんが」
トキは聞こえているのかいないのか、私をじっと見つめたまま動かない。殺気も感じられない。でも、窓から飛び込んできたという事は戦うつもりではあるのだろう。
「うーん、やっぱり染まりたてはよくないな」
トキの後ろから難しい表情でお嬢様が現れた。アオイも隣にいる。お嬢様を見ても警戒しないあたり、トキは完全に黒に染まっているみたいだ。
「敵味方の区別ついとるんやろか」
お嬢様がペタペタとトキの顔を触る。私も警戒を解き、トキに近づく。
「先ほどはハオが一緒でした。ハオを敵認定しているなら区別はついているのでは?」
「せやろな。ルーンとアオイには殺気立ってないし」
お嬢様はうんうん頷き、体育館側に体を向けた。そして静かに言った。
「で?あんたハオと何の話してたん」
声のトーンから怒りを感じる。私は頭を下げた。
「校舎の監視をご主人から命令されていたもので…徘徊していたところ偶然ハオと会いまして。報告遅くなり申し訳ございません」
校舎の監視を命令されていたのは事実だ。逐一報告しろとも言われていた。ハオに会ったのも本当に偶然だ。
「…昔話でもしてたんか」
「はい」
嘘は言っていない。二人を止めてほしいと言ったのは話の流れからで…という事にしておく。
「まあええわ。戻るか」
「かしこまりました」
アオイと…トキも何も言わずお嬢様についてくる。ご主人の狙いはトキだからこの時点で目的は果たせた事になるし、撤退するつもりだろうか。
その時だった。
「…っ!?」
突然アオイが割れた窓から外に飛び出した。というよりは何かに飛ばされたようだった。トキが飛んで行ったアオイの後を追う。
「なんや…!?」
お嬢様もさすがに困惑しているようだった。私も咄嗟にお嬢様を庇うように体を前に出す。
「負けないって言ったはずみゅ」
小さな影が近づいてくる。倉庫に閉じ込めていたはずのパルがいた。さっきアオイを窓から放り出したのは彼女か。
「あんた…何でここに」
「大変だったみゅよ。あの檻壊すの」
あの頑丈な檻を壊したのか。迂闊だった、やはりご主人の元パートナー…力は衰えていない。
「ルーン、殺しや、そのガチャっと」
低い声でお嬢様が私に命令する。やはりこうなるのか。ご主人もパルを消したがっていたし、従うしかない。
「承知しました」
パルも引く気はないらしい。こうして私とパルの戦闘が、始まった。
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「う…」
私は目を開いた。が、ほぼ真っ暗で何も見えない。ここはどこ?体育館じゃないの…?深呼吸をする。
落ち着いて考える。全校集会があって、山吹先輩がみんなを…そうだ。それで私は穴みたいなものに落とされて…
「じゃあここは…穴?の中…?」
理解はしたが、そうなると私は今体育館の下にいる事になる。体育館の下?感触や匂いからして地面ではない。寒くも暖かくもないし。
とにかく出口を探さなければ。穴はとっくに塞がっているようだし、上に上がる方法もわからない。ゆっくり立ち上がる。
「うわ…!」
何か踏んでしまい、尻もちをついてしまった。生温かい感触が手から伝わる。
「え…!?」
触ったのは誰かの足だった。学校の制服だ。目を凝らして周りをよく見てみると他にも倒れている人達が見えた。これは…あの時倒れた生徒や先生達?
「みんなここに落とされたの…?」
一気に不安になってきた。自分以外意識がある人はいなさそうだ。当然山吹先輩とアオイの姿はない。
「そうだ、美佳!美佳なら…美佳ー!いるなら返事してー!」
私と同じで穴に落とされるまで美佳も意識があった。同じように落とされたならどこかにいるに違いない。私は美佳を呼び続けた。
しかし、返事は聞こえない。
「いないのかな…それとも気絶してる…?」
私は床に座り込んだ。スマホもないから助けも呼べない。そもそも自分がどこにいるのかもわからないし。
「トキ…ハオ…」
トイレにいるであろう二人の名前を呟く。二人も無事かわからない。視界がぼやけてくる。大声で泣いてしまいそうだ。
その時、上からほんの少し振動が響いた。顔を上げる。相変わらず真っ暗だが、今、確かに揺れた。
「上に誰かいる…!?」
どこの上なのかわからないがやっぱりここはどこかの下なんだ。希望が見えてきた。私は上に向かって叫んだ。
「誰か!誰かー!!」
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玩具と戦っていた俺は不意に足を止めた。だが、すぐに四方八方から玩具が飛びかかってくる。
「どした〜?疲れてきたかさすがに」
一度殴りかかってきた神楽水はそれ以来遠巻きに俺と玩具の戦闘を眺めている。自分から手を下す気はないらしい。
それよりも。
(今、下から声が…)
微かだったが間違いない。俺は他のガチャっとより耳が良いと自覚がある。神楽水は人間だし俺より遠くにいるので聞こえてないみたいだが。
やっぱり、この下に誰かいる。
とはいえ今は玩具と戦う事で精一杯だ。どんどん沸いてくるので隙もない。それに、助ける方法もわからない。
その時、体育館の天井を突き破ってものすごい勢いで何かが落ちてきた。
俺も玩具も驚いて動きが止まる。神楽水も天井を見上げていた。
「は?何だよ」
落ちてきたのはアオイとトキだった。二人とも動かない。俺は止まった玩具をかき分けて二人に近づいた。
「え!?なんで…トキ!トキ!」
息はある。気絶しているようだが、一体何があったら体育館の天井を突き破る事になるのか。訳がわからない。
神楽水はというと校舎の方を見つめたまま突っ立っている。そして、不敵に笑う。
「来たなぁ?お姫様」