敵と味方と
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「お〜派手にやったなぁ」
神楽水は俺を体育館に連れてこさせたかったようだった。体育館の中は静まり返って…というか、生徒も先生も全員倒れていた。唯一、壇上に山吹紫月とアオイが立っていた。
「…なんであんたがおるん」
山吹紫月が神楽水を睨んだ。嫌悪感のある表情だ。初めて見る。神楽水がひらひらと手を左右に振った。
「最初は来る気なかったんだけどさぁ、暇で暇で死にそ〜だったから。ホラ、味方が多い方がいいっしょ?」
そう言い終わると神楽水が俺の背中を強く叩いた。不意打ちだったので俺は一歩前に出る。
「痛ぇんだよクソが」
「口悪!俺と似てんなぁやっぱり」
ケラケラと笑う神楽水をよそに俺は首を傾げた。やっぱり、ってどういう意味だ?山吹紫月が声を上げる。
「トキ、こっち来いや」
俺は素直に倒れている生徒達を避けながらステージ下まで歩いた。山吹紫月が一歩下がり、アオイが前に出る。アオイは静かに俺を見つめる。
「アオイ、それトキに打ってやり」
アオイの手には黒い液体が入った注射器が握られていた。勘で良くないものだとわかる。推測するにアオイとかつてキサメが打たれたものだろう。
でも、白菜達に危険が及ぶ事はしたくない。従うしか今は方法がない。戦ったところで俺に勝ち目があると断言できない。俺は右腕を差し出した。
「ほお、素直やな」
「…白菜達に手は出すな、絶対に」
山吹紫月が微笑み、頷いた。不気味な笑顔だ。本当に信用していいものか…でも、もう後には引けない。
その時だった。
「…待ちなさいよ…」
か細い声だが、かすかに聞こえた。全員が声の方を見る。そこにはゆっくりと体を起こす美佳の姿があった。だいぶ焦燥しているようだ。
「美佳…」
「トキ…ダメ…生徒会長は…もう白菜を」
美佳の口を塞ぐように神楽水が素早く美佳の体を蹴り飛ばした。体は吹っ飛びはしなかったが、美佳は再び床に伏せてしまった。
「美佳!!てめぇ…」
「紫月、コイツなんで意識あんの?人間だよなぁ?」
俺の叫びには耳を貸さず、神楽水が山吹紫月に尋ねる。山吹紫月は静かに答えた。
「その子、ガチャっとと契約しとるんよ。全員気絶させた直後は意識あって、その後気絶したんやけどな…」
「なるほどね〜」
クク、と神楽水が笑う。俺は美佳が途中まで言った言葉が気になり、注射器を持ったアオイの腕を掴んだ。アオイは抵抗しない。
「おい、お前ら白菜に何した?」
改めて体育館を見回してみると白菜の姿がない事に気づいた。俺が死んでないから、殺してはないはず。どこかに閉じ込めたのだろうか。
「何も。ただ、下に落ちてもらった」
アオイが淡々と答える。下?下って何だ?体育館の下は地面じゃ…?山吹紫月がつけ加える。
「狭間に落ちてもらったんよ。この世とあの世…は言いすぎか。まあ、とにかく簡単には出られんところやな」
俺はアオイの腕を握った手に力を込める。このままへし折ってやろうか。ここまでしてもアオイは抵抗せず、痛がる素振りも見せない。完全に無。
「出してやってもええよ。あんたがその液体を体に入れるんならな」
山吹紫月が言う。俺はアオイの腕から手を離した。そして、アオイは注射器を俺の腕に打った。
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…静かだ。
あの男…神楽水に首輪をつけられてどれくらい経っただろう。廊下は時計がないから確認しようがない。俺は廊下の隅に移動し、体育座りで大人しくしていた。
にしても、誰も通らない。体育館で集会?が行われているとはいえあまりにも長すぎないだろうか。
それに、仮にもう紫月姉なり誰かが騒ぎを起こしたなら関係ない人達が体育館を飛び出して来そうだが。そんな様子もない。
確認したいが俺が動くと俺も、冴子姉も危ない。ただでさえ冴子姉は重傷だし…
「あ〜〜!!もうどうしたらいいの〜〜!!」
俺はワシャワシャと頭をかいた。これも動いたうちに入るのかもしれないが、これくらいは許してほしい。
その時、階段から足音が聞こえた。俺は咄嗟に振り返る。誰か降りてくる。
「…何してるんです」
「ルーン!」
飛びつきそうになるのを抑え、降りてきた人物…ルーンの名前を呼んだ。やっぱり来てた。トイレに俺達を閉じ込めたのもルーンだ。
「あなたが廊下にいるという事は術を解いたわけですか。無駄な手間でしたね」
ルーンは俺の隣の壁に寄りかかった。
「そりゃあ無駄だよ、ルーンの術が解けないわけないもん」
「そうでしたね」
ルーンは少し笑った。変な感じだ。今、俺達敵同士なんだけど。そう思い、ルーンに尋ねる。
「ねえ、今どういう状況?」
階段を降りてきたルーンに尋ねてもわからないかもしれないが、さっき連れて行かれたトキといい何もわからない。ずっと静かだから戦闘は起きてないと思っているが。
「姫路白菜は狭間に閉じ込められています。松尾美佳は気絶」
「気絶!?美佳姉気絶してるの!?」
ルーンの話を遮ってしまった。まさかそんな事になっているとは。ますますこうしてはいられない。俺は立ち上がった。
「行かなきゃ!!」
「行ってどうするんです」
ルーンが呆れ顔で言い、俺の首輪を指差す。
「あなたこのままだと主人もろとも死にますよ」
「…そうだった…」
俺はしおしおと再び座り込んだ。そうだ、この首輪を何とかしなければ…。ルーンが俺を見る。
「助けたいですか?」
「そ、そりゃそうだよ!美佳姉…いや、みんな助けたい!!」
ルーンが口元に手を当てる。何か考えているようだ。しばらくして顔を上げ、廊下をスタスタ歩いていく。
「??ルーン、どこに…」
しばらくしてけたたましい轟音が響いた。思わず飛び上がる。ルーンが走って戻ってきた。
「な、何この音!?何したの!?」
「非常ベルを鳴らしました」
「非常ベル?」
「この音量だと体育館にも聞こえるでしょう。時間稼ぎにはなる」
ルーンが何を言っているかよくわからなかったが、とんでもない事をしたんだということはわかった。
そしてナイフを懐から取り出し、素早く俺の首輪を切った。あれだけ千切れそうになかった首輪がいともあっさり切れてしまった。
「うぇ!?これそんな簡単に切れ…えっ、っていうかなんで」
「あなたに託します」
ルーンがナイフを俺に手渡した。
「ご主人と…お嬢様を止めてください」
「へ…」
「私はもう二人を止められない、従うしかない。パルは閉じ込められているし…私が彼女を殺す事になっている」
「は、え…?」
「あなたしかいません。頼みます、ハオ」
ルーンが言い終わった瞬間、窓ガラスを割って何かが飛び込んで来た。砕けたガラスが廊下に散らばる。ルーンが身構え、俺に言う。
「行ってください、早く」
俺はルーンと、飛び込んできた何かを見て、体育館に走った。