明日
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授業が終わり、美佳と帰ろうとした時病院から美佳のスマホに連絡が入った。赤間君からの伝言で、病院に来てほしいとの事。
私と美佳は赤間君の病室を尋ねた。
「姫路さん、松尾さん…ごめんね、学校終わったばかりなのに」
赤間君は起き上がった。ゆっくりだけど回復しているみたいだ。キサメが赤間君を支える。
「俺が洋平に頼んで呼び出したんだ」
「キサメが?」
「…伝えておいた方がいいと思って」
キサメと赤間君は顔を見合わせて頷き、すぐに私に目線を移した。
「白菜、トキ。カグラミ達の狙いはあんたら二人かもしれない」
「え…?」
キサメは昨日起きた事を私と美佳、そしてキーホルダー姿だけど聞いているであろうトキに話し始めた。アオイがこの病院に来て、忠告をしてくれた事。
私達側のガチャっとを黒に染めようとしている事…。
「元々あっち側だったハオを黒に染めるとは考え難い。憶測だけど」
一通り話し終えたキサメはあえて付け加えた。ハオは今も美佳の家にいる。特に怪しい動きはしていないらしく、あっち側に情報を流す等の事はしていないと思うと、美佳は言っていた。
「アオイはなんでそれをキサメにわざわざ言ったんだろう…一応あたし達の敵だよね?」
美佳が腕組みをする。確かにその通りだ。キサメと昔馴染みとはいえ、自分達が不利になる事を伝えに来るなんて。
「アオイは黒に染められてる。俺もそうだったけど…黒に染められると自分の意思とは関係なく行動する事がある。もしかしたら、それかも」
黒に染められていた時のキサメを思い出す。心ここにあらず、という感じでぼーっとしていて、赤間君の事も忘れかけていたキサメ。アオイはまた違った感じだが、ふと昔馴染みであるキサメと話をしたくなったりしたのだろうか。
「…明日、全校集会があるの」
私は口を開いた。みんなが私に目を向ける。
「って何?」
キサメが赤間君に尋ねる。
「学校の生徒が体育館に集められて先生の話を聞いたり部活の大会の結果を表彰したりする回だよ」
「ふーん」
「生徒会長が全校生徒の前で話をする時間もある」
キサメが赤間君を見た。そう、生徒会長…山吹先輩が全校生徒の前で話をする。これは、何かあると疑っていいと私は思っていた。だから言ったのだ。
「山吹紫月は全校生徒のいる中で騒ぎを起こすつもり…?」
体育館に移動する際に声をかけられる可能性もある。ただ、ここ最近山吹先輩とは会っていない。そもそも学年が違うし唯一同じ部活である冴子は今入院しているので接点がないからだ。
「白菜、明日学校行って大丈夫なの」
キサメが心配そうに言う。美佳がドン、と自分の胸を叩いた。
「大丈夫!トキもいるし、あたし明日はハオを連れてこようと思ってるから」
「えっ、連れてくるってどうやって?」
思わず反応してしまった。初耳だ。ハオは美佳のパートナーではないからキーホルダー姿で連れてくる事は不可能なのだが。美佳は得意げに言う。
「体操服着せて連れてくるの!授業の間とかはまあ…トイレとかに隠れてもらってさ」
なんとも不安な方法だが、先生に見つかりさえしなければ可能な気もしてくる。私達の学校はそこそこ生徒が多いので先生達も全員を把握しきれてないかもしれないし。
「…ハオの事信用していいわけ?」
キサメが眉間に皺を寄せる。そう思うのも無理はない。元とはいえカグラミのパートナーだし、現在は仲違いした冴子のパートナーで…。だが、美佳は真剣な眼差しで言う。
「…あたし達を殺したいならルーンに襲われた時部屋の外に逃がしたりしないでしょ。あたしはハオを信じる」
キサメは少し納得いかない様子だったが赤間君は頷いていた。私も頷く。
「ハオも辛い立場だと思う。元とはいえ昔は仲間だった人達と戦わなきゃならない可能性があるから…ね、キサメ」
赤間君がキサメを諭す。キサメもハーッ、と息を吐いて赤間君を見る。
「…洋平の言う事はわかる。ハオも好きでああいう立場になったわけじゃないだろうし。いいよ、俺も信じる。ただ白菜、美佳も…明日は気をつけて」
私と美佳は頷き、病院を後にした。
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「明日、全校集会があるんだってな〜」
私を例の地下室に呼び出すなりご主人は言った。相変わらずゴミや脱ぎっぱなしの服が散乱している。近いうちに片付けでもしよう。勝手に片付けたら怒られるから、機嫌がいい時にでも提案するか。
「…そうですね」
「アレ、何のためにやるんだろうな?無駄な時間じゃね?」
ご主人は机の周りの試験管を動かしながら言う。そもそもご主人はまともに学校に行ってなかったじゃないですか、と言いかけて口を紡ぐ。事実とはいえあまり過去の話はしない方がいい。
「まぁそんな話はいいわ。ルーン、アオイの様子はどうなのよ」
先ほど新たに黒に染める薬をアオイに注入した。そのままアオイは意識を失ったので私がここまで運んできたのだ。
「例の部屋で寝てます。暴れ出したりしたら困るので手足は縛っていますが」
「明日までに起こしとけよ。全校集会とかせっかくのチャンスなんだし」
という事はお嬢様とアオイに何かさせるつもりなんだな、この人。まあご主人はあの学校の生徒じゃないから入れないし、お嬢様は生徒会長だから適役なんだろう。
「で、コレ」
ご主人は私に注射器を手渡した。中身は黒い液体。例の黒に染める薬だろう。ご主人はすぐ机に体の向きを戻す。
「トキを黒に染めろ、無理ならここに連れて来い…ってアオイに言え」
「…かしこまりました」
部屋のドアを開けるとアオイはまだ眠っていた。その隣…檻に閉じ込められたままのパルは起きていて、入ってきた私に視線を向ける。
「いつまでパルをここに閉じ込めておくつもりみゅ」
鉄格子をガタガタと動かしながらパルが言う。動かしても頑丈な造りのため外れることはないのだが…それはパルも分かっているとは思うけれど。
「さあ?ご主人から特に指示は受けてませんので」
パルの問いに答えながらアオイの肩を叩く。目覚めそうにない。あまり荒々しい真似はしたくないのだが、起きなければ最悪蹴り飛ばすくらいは考えてもいいか…。
「…アオイをどうするつもりみゅ」
私とアオイを見ながらパルは尋ねる。
「明日学校に連れていきます。お嬢様と協力してトキを黒に染めてもらう」
「…!?」
パルが鉄格子を先ほどより激しく揺らす。外れるわけがないのに。冷めた目でパルを見る。
「そんな事させないみゅ!!」
「檻から出られもできないのにどう阻止するんです?」
「う〜!!」
ガタガタと鉄格子を揺らすパルに苛立ちが募り、思わず檻を蹴飛ばしてしまった。ガン!という音が響き、パルが檻の隅に移動する。
「うるさいです」
「…最低みゅ。ルーンもカグラミも」
「私達だけですか。やってる事はお嬢様とアオイの方が最低では?」
「みんなみんな最低みゅ!!」
パルの叫びを最後に部屋が静まり返る。その時、アオイの体がピクリと動き目を開けた。私はアオイの顔を覗き込む。
「…ここは…」
「具合はどうですか?」
アオイは私には目を向けず辺りをキョロキョロと見回す。パルと目が合ったようで、じっとパルを見つめる。パルはアオイの方に寄った。
「アオイ…」
「アオイ、これを」
パルと何か話されるのも面倒だと思い、私はアオイの肩を叩いた。アオイが振り向き、私を見る。敵意は感じない。安全だと予想し、手足の拘束を解いた。
「…これは?」
「貴方に注入したものと同じ成分の薬です。明日、学校でトキに注入してください」
問題は素直に従うかどうか。見た感じ落ち着いており、苦しそうな様子もない。私の事もわかっているようだ。二本分の薬を注入されても身が持っている。あまりいない逸材だろう。
「…わかった」
アオイは注射器をポケットに入れ、再び布団に寝転んだ。黙って見ていたパルがアオイに言う。
「ダメみゅ、アオイ…そんな事したら」
アオイはパルの言葉に耳を貸さず、そのまままた眠ったようだった。私も部屋を後にしようと踵を返す。
「ルーン」
パルが私を呼び止める。低い声だ。全く、このガチャっとは見た目に合わず怖い。ゆっくり振り向くと、パルの眼光は鋭かった。
「トキを黒に染めるなんて絶対させないから」
「…負け犬の遠吠えですか?」
「私達は負けてない。必ず…必ず美佳達が阻止する」
明らかに有利なのはこちらなのに何故ここまで自信満々なのか。元仲間とはいえ呆れてしまう。私はその言葉を背に部屋を後にした。




