襲撃
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翌日。登校して廊下を歩いていると曲がり角で白菜と鉢合わせた。
「わ、あ…白菜。おはよう」
「!おはよう、美佳」
白菜は昨日の事を聞きたいのかソワソワしているように見えた。あたしの鞄を見て言う。
「今日はパルは留守番?」
「…」
あたしは黙った。ちなみにハオはあたしのパートナーではない為キーホルダーとしてついてくる事が不可能との事で家に居てもらっている。そうなると、ルーンとアオイのパートナーではない生徒会長が何故キーホルダーになった二人と一緒に行動できるのかますます不明だが…。昨日の話からしても、生徒会長はイレギュラーだ。
「…白菜、今日放課後あたしの家に来れる?」
今話すには長すぎる。家にはハオも居るし都合が良い。白菜は頷いた。
そして、朝のホームルームで冴子の入院が担任の口から告げられた。何者かに襲われた、と内容は濁していたがあたしは知っている。
放課後。あたしの家に向かう途中、白菜が呟いた。
「まさか冴子が入院してるなんて…」
「…それも今から話す」
白菜があたしを見た。あたしは家の鍵を取り出し、ドアを開けた。両親はいつも通り仕事で不在だ。家は静まり返っている。
「ただいまー」
トントンと階段を下りる足音が近づいてくる。ハオが顔を出した。
「おかえり、美佳姉」
「ハオ…!?」
白菜の驚いた声の直後、ポンッと音がしてトキが人間姿で白菜の前に立った。明らかにハオを警戒している。当然だ、あたし達の友達とはいえ今は仲違いしている冴子のパートナーだから。
「…丸腰だよ、俺。戦う気はない」
ハオが両手を上げてひらひらと動かす。それを見て信用したのかトキは白菜の隣に並ぶよう一歩下がった。白菜が不安げに言った。
「…昨日、一体何があったの…?」
あたしは白菜とトキ、ハオと共に自分の部屋に入り、昨日の事を話した。トキが腕組みをする。
「…パル狙いなら最初から美佳を襲えば早かったのに、なんでそんな遠回しな事したんだ?」
「紫月姉は慎重だから、念には念を入れたんじゃない?」
ハオはそう言いながらもぐもぐとクッキーを頬張っている。それを見てトキが怪訝そうな顔をする。
「…お前、自分の主人が怪我して入院してるっつーのに何とも思わねーの」
「?心配は心配だけど、俺が気にしても冴子姉がすぐ元気になるとは思わないもん」
ハオは嘘をついていない。そう思う。昨日も自分がダシにされたと知っててもけろりとしてたのはそういう性格なんだろうな。人によっては不快に思うかもしれないけど。
「パルは大丈夫なのかな…」
白菜が俯く。あたしもそれは心配だ。パルちゃんはどうも強いみたいだし、簡単に殺されたりはしないんだろうけど。何をされるかわからないのは変わらない。
「…紫月姉はパルをルーンやアオイみたいに自分の側につけたいんだと思う。だから殺さないよ」
「なんでそんな事するんだよ」
「紫月姉は寂しがりだから。たくさんの人に囲まれて、守ってほしいんだと思う」
寂しがり。生徒会長は過去の話からして人見知りだったみたいだし、寂しいというより不安なのかもしれない。あたしはどちらかというといつの間にか人が周りにいるタイプだからよくわからないけど。
「だから、叩くなら紫月姉じゃなくてルーンかアオイの方がいいと思う。できたらルーンの方」
元々仲間だったというのにルーンを叩くだとか、よく言えるなと思う。白菜がハオに聞く。
「…ハオはそれでいいの?仲間だったんだよね?」
「うーん…ルーンは好きだけど、ルーンのご主人…カグラミは嫌いだからギャフンと言わせてほしいってのもあるかなあ」
「でも、カグラミってあなたの元パートナーだよね」
「うん。でも嫌い」
ハオは飲んでいたジュースのコップをやや乱暴にテーブルに置いて言った。本当に嫌いなんだな…。契約を解消したのも嫌いだったからなんだろうか。
「…カグラミって今どこにいるんだ?」
トキがハオに尋ねた。確かに名前ばかり出ているが姿は一度も見た事がない。男か女か、どれくらいの年齢なのかも謎だ。
「多分あの倉庫だと思う」
「あそこ山吹紫月のアジト?じゃねーの」
「あの倉庫、地下室があるんだ。カグラミはそこからほとんど出ない。俺と契約してた時もよっぽどじゃないと出なかった」
あたしは白菜、トキを見た。二人も知らなかったようで驚いている。あの倉庫地下室なんてあるのか。
「…倉庫に行くしかねーな」
あたしと白菜は頷いた。カグラミがそんな身近にいたなんて。簡単には入れないだろうけど、隙をつけば…。
「ーー…盛り上がっていますね」
悪寒を感じ、窓の方を見るといつの間にかルーンが窓の縁に座っていた。全然気づかなかった。物音一つ立てずにこんな近くまで…。
「…今の全部聞いてた?ルーン」
ハオが居たのを知っていたかのように尋ねる。ルーンは足を組んだ。
「ええ。意外でしたよ、この部屋に入ってきた時から私に気づいてましたよね、ハオ」
「今の名前で呼んでくれるんだ、嬉しい!」
「今のあなたはハオですからね」
二人が話を進める中、あたし達は二人を交互に見つめていた。なんだろう、空気がピリついている気がする。二人とも、互いを警戒している?
「…美佳姉、二人をつれて逃げて」
あたしにしか聞こえないくらいの声量でハオが言った。どうして?
「殺されるかもしれない」
その時、窓ガラスが大きな音を立てて飛び散った。あたし達をハオが庇い、部屋の外に出す。ハオはそのままドアを閉めてしまった。
「ハオ!!」
「逃げて、早く!!」
部屋の中からハオの声がした。あたしは白菜とトキをつれ、家から出た。ガラスの割れたけたたましい音で、近所の人がわらわらと出てくる。
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美佳につれられ、私とトキは家から出た。外に出てすぐ部屋の方に視線を向けたが中の様子は見えない。
家の周りは人が集まってきていた。あんな大きな音を立てたのだ、当然である。美佳が何人かに話しかけられてるのを遠くから眺める。
ハオは大丈夫だろうか。
「白菜、心配すんな。あいつそこそこ強いしすぐにはやられねーよ」
私の不安を察したのかトキが軽く頭を撫でてくれた。そうだ、きっと大丈夫。私は人だかりに巻き込まれないよう少し後ろに下がった。その時、何かにぶつかった。
「きゃっ」
「お〜っと…大丈夫かぁ?」
ぶつかったのは人だった。咄嗟に支えられ、転ばずに済んだ。私は素早く離れ、頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!」
「いや、俺は全然大丈夫。そっちこそ大丈夫かよ、お嬢さん」
頭を上げると相手の顔が見えた。整った顔だ。芸能人…ではなさそうだが、負けず劣らず。ただ、服装は少しヨレヨレで所々汚れている。
「すげぇ人だな」
その男性は人だかりを見ながら呟いた。人は遠巻きからだがどんどん集まっている。自転車をわざわざ下りる人や、車を路肩に停める人までいる。
「白菜!」
ようやく解放されたであろう美佳がこちらに駆け寄ってくる。私は手を振った。
「美佳…大丈夫?」
「まあ適当に誤魔化したよ。それより…二人はどうなったんだろう」
相変わらず中の様子はわからない。ガラスが割れた意外大きな音はなく、しばらくして人々も家から遠ざかっていく。
「…入れるかな、中」
「確かめてくる」
おそるおそる美佳が家のドアに近づき、耳をドアにくっつけた。入る前に音だけでも確認しようとしているようだ。
「あれ、お嬢さんの家?」
美佳と私の会話を少し離れたところから聞いていた男性が尋ねてきた。私は首を横に振った。
「美佳…えっと、あの子の家です」
「友達?大丈夫なのあれ」
「はい、多分…」
美佳が手でオッケーサインを出した。どうやら入っても大丈夫らしい。私は改めて男性に頭を下げ、美佳の元へ走った。
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あたしは鍵を開け、ドアをゆっくりと開いた。すると、目の前にルーンが立っていた。思わず仰け反る。
「…っ!?」
「…ハオなら部屋に居ますので」
そう言ってあたしと白菜の横を通り過ぎ、ルーンは家を出て行く。あたしは呼び止めた。
「待ちなさいよ!結局何しに来たの!?」
「忠告です」
ルーンは一瞬立ち止まったがそう言うとすぐ歩き始めた。あたしは急いで階段を上がり、部屋に入った。
「ハオ!」
ハオはタンスにもたれ掛かるように座っていた。所々怪我をしているが意識ははっきりとしており、あたしの呼びかけに顔を上げた。
「…ごめん美佳姉、部屋めちゃくちゃになっちゃった」
ハオの言う通り部屋はめちゃくちゃだった。本棚は倒れ、教科書や雑誌が散乱している。もちろん、ガラスもそのままだ。
「白菜、入るのは待って。ガラス踏んだら危ないから」
「う、うん…」
白菜とトキを廊下に待たせ、あたしはゴミ袋に散らばったガラスを入れる。これ、ママとパパになんて言い訳しよう…。
「手伝う」
ハオが立ち上がる。あたしは制止した。
「いいって、怪我してるでしょ。病院行かないと…」
「ガチャっとは人間の病院で診てもらえないよ。大丈夫、すぐ治るから」
そう言いながらハオも本棚を起こし、雑誌を並べ始めた。ガラスのなくなった窓から風が吹き込み、教科書をパラパラとめくる。
「…ルーンに何をされたの」
「攻撃されて…あとはカグラミの事をこれ以上話すなって言われた」
さっきルーンが言ってた忠告はこの事だろう。それにしても、ここまで傷だらけにしなくてもいいのに。ルーンは怪我一つなさそうだったし。
「ここまでされてもあなたはルーンが好きなの?」
「うん」
「どうして?」
「…ルーンは俺をちゃんと見てくれる。昔も今も」
意味はよくわからなかったが、本心なのはわかった。一通り片付け終え、白菜達を部屋に入れる。ふとあたしは気づいた。
「そういえば、トキは?」
「あ…なんか急にキーホルダーに戻っちゃって」
白菜はポンポンとスカートのポケットを叩く。家に入る前からいなかったな、そういえば。突然戻るなんてどうしたのだろう。
「…今日は帰った方がいいよね」
さっきより片付いたとはいえ色々察した白菜が言った。確かに、今日はもう帰ってもらおう。ハオからカグラミの事も少しだけど聞けたし。
「途中まで送るよ」
あたしは白菜を途中まで送り、再び家に戻った。




