謎だらけ
翌朝。
「白菜、起きろ」
名前を呼ばれ、目を覚ますとトキが私を覗き込んでいた。私は飛び起きた。
「何でそんなオーバーリアクションなんだよ...」
「だって...ち、近いんだもん」
呆れた顔でトキが私を見た。だって仕方ない、私は男が苦手でまともに話したことすらないんだから。
それにしてはトキとちゃんと話せてる気がする。少し嬉しい。
「...何ニヤニヤしてんの」
顔に出てた。私は慌ててカーテンを開けた。朝日が射し込む。
「いい天気だなぁ」
「だから何なんだよ」
台無しにするような事を平気で言うんだから。私はムッとしてクローゼットを開けた。
「トキ、私着替えるから出て」
「は?やだよ、廊下寒いじゃん」
「そういう問題じゃない!」
トキはしぶしぶ部屋を出ていった。男がいる部屋で着替えなんて冗談じゃない。
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リビングに行くとトキが朝食を食べていた。あれ?お母さん、トキの事知ってたっけ...?
「私のごはんは?」
「ねぇよ?」
トーストをかじりながらトキが答えた。嫌な予感。私はトキが食べているトーストの皿を見た。私のお気に入りの花柄の皿。
トキが食べているのは私の朝食だった。私は肩を落とした。仕方ない、時間もないし、牛乳だけ飲んでおこう。私は冷蔵庫を開け、牛乳をがぶ飲みした。
トキは人形の姿になって私の学校に着いてくる事になった。鞄にキーホルダーとしてつける。
「白菜、おはよっ」
冴子が私に抱きついた。嬉しそうだ。もしかして...。
「彼氏と仲直りしたの~!」
だと思った。分かりやすいな。私は笑った。
「良かったね」
その時、後ろから突然名前を呼ばれた。
「ひ、姫路さん!」
私は振り向いた。そこには私より背の低い男子が立っていた。冴子が隣で私に囁く。
「...二組の赤間君じゃない。白菜、仲良いの?」
「そ、そんなわけないじゃん」
私は赤間君をじっと見た。同じクラスになったことはない。何の用だろう。
「あの、えっと...その...」
赤間君はごにょごにょと何か伝えようとしている。私はどうしたらいいかわからず、冴子を見た。...が冴子はすたすたと歩いていく。
「えっ?冴子どこいくの!?」
「邪魔しちゃ悪いでしょ、先に行ってるね!」
バチーンとウインクを一発私にお見舞いし、冴子は光の如く走っていった。とうとう一人になってしまった。最悪だ、どうしたら良いの...
「姫路さん」
赤間君がまた私の名前を呼んだ。私は赤間君を見た。赤間君は真剣な目付きで続けた。
「好きです」
.......ん?
私は固まった。好き?何を?誰を?
「姫路さんが好きです」
「え?えっ?え?」
赤間君は慌てて付け足した。
「つ、付き合いたいとかそんなんじゃないから!言いたかっただけだから、お、俺が...」
しばらく沈黙が流れた。私は頭が真っ白になっていた。これって告白ってやつ?
「あのっ、これ!」
赤間君が私に何かを差し出した。折り畳まれたメモ用紙。
「とっ、友達からでもいいから...考えてほしいんだ。その...へっ、返事。急がなくていいから、ゆっくりでいい」
メモ用紙はどうやらスマホの電話番号みたいだった。私は受けとると、赤間君に背を向けて、走った。ひたすら走った。
昨日から、色々ありすぎて頭がついていかない。
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「......」
俺は姫路さんの後ろ姿を見ながらがっくり肩を落とした。
「...逃げられた...」
こんなことなら告白なんてしなきゃ良かった。そんなに気持ち悪かったのかな、俺の告白...まあテンパってたし、自分でも何言ってたか覚えてない。
俺は頭をわしわしとかいた。とりあえず学校に行こう。
学校側に体の向きを変えたとき、ゴンッ、と何かに体を思いきりぶつけてしまった。鈍い痛みが走る。
「痛っ!何だよもう!」
見ると、ガチャポンが二台縦に並んでいた。全然見えなかった。告白でいっぱいいっぱいだったし。
「...ガチャポン...」
何だか妙にイライラしてきた。あんな告白した自分に。俺はつい、ガチャポンを思いきり蹴飛ばした。ガンッ、と音を立ててガチャポンが左右に揺れる。
すると、ガチャポンからポロッ、と一つ景品が出てきてしまった。俺は血の気が引いた。これはまずい。
「ヤバイ...どうしよう」
俺は景品を拾い上げ、ガチャポンの景品出口に百円を置いた。さすがにただでもらうわけにはいかない。
景品を開けると、中身は見知らぬ人形だった。まあこんなものか。
人形を鞄に入れようとした瞬間、人形が俺の手からピョン、と飛び出した。俺は目を丸くした。
「えっ!?動いた!?」
それだけではなかった。人形からポムッと変な音がしたかと思うと、人形が人間になった。しかも、裸の。
「あっ...!?は?えっ!?」
混乱する俺を人間...体つきから男だろう、男がちらっと見た。
「...俺を買ったの、あんた?」
「えっ、かっ、買ったって?」
男は辺りをキョロキョロと見回すとふぅん、と小さく言った。俺はわけがわからず、とりあえず逃げようと後ずさりした。
「ちょっと」
男が俺を睨んだ。
「はっ、はい!?」
男が俺に近寄った。俺より背が高い。俺が男にしては小さすぎるだけだろうけど。それにしてもこの男、外人みたいな顔つきをしている。彫刻みたいだ。ただ、少し童顔だ。人の事言えないけれど。
「あんた、何か服持ってる?貸して」
「た、体操服なら...」
「何でもいい」
男は体操服を着ると、体操服の匂いをクンクンとかいだ。洗い立てだから、いい匂いだろうし、心配要らないだろう。
「...さっきガチャポン蹴飛ばしたでしょ」
俺はビクッと肩をすぼめた。見られてた。俺は謝った。
「ご、ごめんなさい!」
「別に...それで偶然出てこられたわけだし...カプセルの中窮屈だから助かった」
あたかもガチャポンのカプセルから出てきたような言い方をするんだな。男は続けた。
「それで...名前つけてくれるんでしょ?」
「え?何に?」
「俺に」
俺は首をかしげた。こいつ、何なんだ?変人にもほどがある。しかし本人は真剣みたいだった。
「名前...名前ねぇ...」
ペットにつけるような感じでいいのだろうか。
「...ポチ」
「死にたいの?」
「じょっ、冗談だよ!えっと...えっと...キッ、キサメ!!」
俺は昨日友達から話してもらった黄色の鮫の話を思い出した。それでキサメ。なんとも適当な決め方だが、ポチよりはましだろう。
キサメはうなずいた。
「わかった。よろしく、洋平」
「よ、よろしく...」
そうだ、こんな事をやっている場合ではない。学校へ行かなくては。無遅刻無欠席だけが取り柄の俺。遅刻なんて冗談じゃない。
「あっ、お前どうするの?」
俺は突っ立っているキサメに聞いた。キサメは俺の鞄に触れた。その瞬間、キサメは人形になり、俺の鞄についた。
「えっ!?」
「これでいいでしょ」
よくはないが、今はそれどころではない。俺は学校に向かって走り出した。
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「で?あの後どうなったの?」
昼休み、弁当を鞄から取り出している私に冴子が聞いた。 美佳が私と冴子を交互に見る。
「あの後って?」
冴子は簡単に朝の事を美佳に説明した。美佳が目を輝かせる。
「おっ?白菜にも春が来たか?」
「変な事言わないでよ...ちょっと話しただけだから」
告白された事は黙っておこう。この二人は事を大きくしかねない。それは赤間君にも迷惑だろうし。
その時、ポムッ、と聞き覚えのある音が響いた。私は素早く振り返った。そこにはお父さんのセーターを着たトキが立っていた。
「うっ、うわぁああぁあ!!!!????」
私は慌てて立ち上がった。そんな私には目もくれず、トキは辺りをキョロキョロしている。
もちろん、驚いたのは私だけではない。
「えっ!?誰!?」
「どこから出てきたの...!?」
美佳と冴子はもちろん、クラスメート達もざわついている。私はトキに小声で聞いた。
「何してるの!?大人しくしててよ!!」
トキは私をキッと睨んだ。私は固まった。
「...なあ、ここに俺以外で人形つけてる奴いる?」
私はクラスを見渡した。確かにアニメ好きな人はキャラのマスコットをつけていたりするが、それはトキとは別だろう。
「...何でそんなこと聞くの?」
「すげぇ感じる...俺以外にガチャ男...いや、女かもしれないけど、いる」
突然そんな事を言われても捜しようがない。美佳が私の服を引っ張った。
「白菜、その人誰?」
今はこの状況をなんとかしなくては。
「あ...えっと...い、いとこ?」
私はなんとかごまかした。ばれるかな?すると冴子がトキに聞いた。
「名前は?」
「あ?トキだけど」
トキは吐き捨てるように答えた。そしてそのまま教室を出ていってしまった。私は慌てて追いかけた。
「ちょ、ちょっと!」
トキは廊下をうろうろしていた。制服を着てないから目立つ。先生に見つかる前になんとかしなくちゃ。
「トキ!もういいでしょ、戻って!」
「そうもいかねーよ...お前が死んだらまずいし」
死ぬ?私は血の気が引いた。
「...死ぬって何?」
「俺はお前に買われたから、お前を一生守り抜く。それが俺がお前と一緒にいる理由」
守り抜くという言葉に少しドキッとした。でもどうして?
「まあいわば...俺が召し使いでお前が主人だな」
私達そんな関係だったのか。いつそうなったのか全くわからない。本当に謎だらけだ。
「わっ!」
トキが誰かとぶつかった。相手は尻餅をついてしまった。
「痛ぇな...ちゃんと前見て歩けよ」
「トキ!そんなこと言わないで!すみません」
相手は顔を上げた。その人はなんと赤間君だった。赤間君は立ち上がった。
「大丈夫だから...すみません」
赤間君はトキに頭を下げた。いい人だ。トキはフン、と鼻を鳴らした。
「...洋平、伏せて」
どこかから声が聞こえた。次の瞬間、トキの体を何かが貫いた。血が吹き出す。
「トキ...!?」
私はトキに駆け寄った。トキは生きていた。そして、言った。
「...やっぱりな...お前か、俺以外のガチャ野郎...」
私は視線を移した。そこには金髪の男の子が立っていた。何故かこの学校の体操服を着ている。体操服にはマジックで大きく「二年二組赤間」と書かれていた。
「...赤間...?赤間って...」
金髪の男の子は私をじっと見た。
「俺はキサメ...洋平のパートナーだよ」