作戦会議2
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーー…知らない天井だ。
ゆっくりと周りを見回す。清潔感のある部屋、ツンとした臭いが鼻をつく。薬の臭いだろうか。それでここが病院だとわかった。
「赤間さん!意識が戻ったんですね!?」
ちょうど様子を見に来た看護師が俺に声をかけた。先生を呼んできます!と、慌ただしく病室を出て行く。
…どのくらい意識を失っていたのだろう。
「赤間君、わかる?」
気づくと看護師が医者を連れて戻って来ていた。俺は頷く。起き上がろうとしたが、肩と太ももに鈍い痛みが走り起き上がれない。
「っ…」
「無理しないで。具合は悪くない?」
「大丈夫です…」
医者の話によると約一ヶ月意識を失っていたらしい。その間家族以外に姫路さんとトキ、数人のクラスメイトがお見舞いに来てくれたとの事。
「あの…金髪の男の子は来ましたか?」
キサメの事だ。あの後ずっと眠っていたならもしかしてその間キサメは元に戻っているかもしれない。しかし、医者も看護師も首を横に振った。…来てないんだな。
「…先生、お母様と連絡がとれました。ただ、今すぐには駆けつけられないと」
「そうか。ありがとう」
母親は仕事で遠方にでもいるのだろう。それなら仕方ない。俺は看護師にお願いした。
「あの、俺と同じ学校の…姫路さんか松尾さんに連絡してもらえませんか」
松尾さんと連絡がとれたらしく、二時間くらいして病室のドアがノックされた。
「どうぞ」
「赤間君!!」
姫路さんが真っ先に駆け寄ってきてくれた。身体はまだ起こせず、視線だけ向ける。
「よかった…本当に…」
姫路さんは目を潤ませていた。トキと松尾さんもいる。そしてーー…。
「…キサメ…」
キサメもみんなとは少し離れた位置から俺を見ていた。直視する事はせず、少し視線を外したまま。俺はキサメに手を伸ばした。
「洋平…」
「…元に戻ったんだな、キサメ」
顔の痣みたいなものが消えている時点でそう思った。キサメは俺に近づき、頭を下げた。
「ごめん、本当に…本当にごめんなさい」
その声は震えていた。トキがキサメの背中を優しくさする。松尾さんが口を開く。
「…あたしも白菜から全部聞いたよ。よかった、本当に」
「うん…」
沈黙が流れる。とりあえず今、どういう状況なのかが知りたい。キサメが元に戻ったのはいいとして、アオイの事、生徒会長の事も。
「…パルちゃん」
沈黙を破ったのは松尾さんだった。すると、ポムっと音がして小さな女の子が現れた。この子は確か…。
「レストランで一回会ったみゅね。改めて自己紹介、パルみゅ、よろしくみゅ」
そうだ、松尾さんのパートナー。直接話すのは初めてだ。俺は軽く会釈した。松尾さんがパルに言う。
「パルちゃん、今までの話と…さっきあたし達にしてくれた話、赤間君にもしてあげて?」
「わかったみゅ」
「赤間君、意識戻ったばかりでキツいだろうけど…」
「ううん、聞きたい。聞かせてほしい」
パルから話を聞き、俺は天井に目を移した。アオイの過去、生徒会長はアオイとルーンというガチャっとと共に行動しているがどちらとも契約していないという事、そして『カグラミ』という人物がルーンのパートナーであり、何か関係があるという事…。
「…疲れちゃったみゅ?」
パルが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「いや…ただ、俺が意識を失ってる間色々あったんだなって」
そんな大変な事になってたのに一ヶ月も意識を失っていたなんて。情けないにも程がある。ただ、キサメが無事にこっちに戻ってきてくれてよかった。
「…そういえば、山吹紫月達はキサメを取り戻しに来ないよな」
トキが首を傾げながら言う。確かに、あれだけあっち側で囲ってたわりには何もしてこない。姫路さん達曰く生徒会長も変わった様子はなく、普通に学校に来てるらしいし。
「…冴子とハオがいるから、とか?」
松尾さんがポツリと呟く。二人の話も聞かせてもらった。仲の良い姫路さんと松尾さんは辛い状況だろう。最近はあからさまに二人を木村さんが避けてるらしいし。
「俺は用済みになったワケね」
キサメが吐き捨てるように言う。俺はキサメの手を握る。それでも、本当に無事こっちに戻ってきてくれてよかったと思っている。
「…で。今後どうすんの」
キサメが俺の手を握り返しながらみんなに尋ねる。わかった事もあれば、わからない事もたくさんある。何から行動したらいいんだろう。
「まず、状況の整理だな」
トキが看護師から紙とペンを借り、わかりやすく図で表していこうという事になった。素早くペンを動かす。
「まず山吹紫月。あいつを敵と見て…アオイ、ルーンがあっち側」
簡単な似顔絵をトキが描く。上手いとは言えないが特徴は捉えている。生徒会長、アオイ、ルーンの絵が並ぶ。
「で、木村冴子とハオ。こいつらもあっち側。山吹紫月に何を言われたかはわかんねえけど」
木村さんとハオの似顔絵が追加される。そして、少し離れたところに?とトキは描いた。
「最後に『カグラミ』。パルの話とルーンのパートナーってところで多分あっち側だと推測する。山吹紫月との関係性は不明だけど」
確かにそれもわからない。互いに知り合いなのだろうか。ルーンの立ち位置からしてその可能性は高いと思うけど…。
「んで、俺ら側は俺と白菜、美佳とパル、洋平とキサメ。数的には大差ない。けど…」
トキがちらりとパルを見る。そう、パルの話によるとパルはカグラミの元パートナー。でもカグラミとは亀裂があるみたいだし、裏切ったりする事はないだろう。
「パルは美佳の…こっち側の味方みゅ」
松尾さんがパルを抱きしめる。トキも頷いた。キサメが図をまじまじと見つめながらパルに尋ねる。
「…カグラミと契約解消した後美佳と契約したって言ってたよね。じゃあアオイはなんでパルを狙うの?時系列的にアオイってパルの事知らないはずなんだけど」
「つーのは?」
「カグラミがパルと契約解消した後、アオイの元パートナー、涼華が死んで何らかの理由でアオイがあっち側に行って…二人が被ってた時期はないと思うんだけど」
「…まあ山吹紫月かカグラミが消したがってるんだろうな、パルを」
トキの予想は大方合っているだろう。亀裂があるとはいえカグラミとパルは契約してたんだし、そうなるとパルがいるとあっち側は都合の悪い事があるかもしれない。それを直接手を下さず、アオイにやらせているのか…。
「やっぱアオイをなんとかするのが最優先か…?」
トキが図のアオイの絵をグリグリと線で囲む。確かにアオイを止められればパルはだいぶ安全になるし、あっち側の戦力も減らせるし…。
「…そう簡単にいくかな…」
姫路さんが不安げに言う。松尾さんも同じように不安そうに俯いた。
「…学校には生徒会長も、冴子もいる。あたしもそう簡単にうまくいかないと思う」
「冴子とちゃんと話した方がいいよね」
「うん…」
姫路さんと松尾さんは二人で木村さんの事を話し始めた。その三人の関係性は俺では介入できない。力不足だ。だったら…。
「役割を分けない?」
俺はみんなに言った。そのまま続ける。
「姫路さんと松尾さんは木村さんの説得…できたらこちら側に入れたい。そうなると生徒会長が不利になる」
木村さんがこちら側に来るとなるとハオも自然にこちら側につく。生徒会長側は格段に不利になるに違いない。頭数も、戦力も。
「俺とキサメはアオイを説得。成功したらアオイをこちら側に入れられる。そうなると、あっち側は生徒会長とルーン、カグラミだけになる。さすがに敵わないと思うんだ」
みんなは納得した顔をして、それぞれと視線を合わせている。我ながら良いアイデアだ。と、思っていたが…。
「…私、ちょっと考えていいかな」
姫路さんが申し訳なさげに口を開く。松尾さんが尋ねる。
「え、なんで?あたしはいいと思ったけど」
姫路さんは俯いた。何か気になるんだろうか。確かに木村さんを説得するのは聞いた感じ骨が折れそうだが…。
「私、アオイが『キサメもトキも嫌いなんじゃない、ただ、先輩の事も見捨てられない』って言ってたの聞いたの」
トキとキサメが顔を見合わせる。みんな閉口してしまった。アオイがそんな事を?姫路さんが続ける。
「アオイは…なんか、板挟みになってるんじゃないかなって思うの。上手く言えないんだけど」
トキがフー…と長い息を吐いた。
「…アオイの過去をもっと深く知る必要がありそうだな」
「っていうのは?」
キサメがトキに尋ねる。図の生徒会長の絵をペン先でトントンとトキが叩く。
「こいつに聞くしかない。多分こいつしか詳しい事は知らない。キサメ…お前達と分かれて再会するまでに、何があったか」
そして、姫路さんと松尾さんに目を向ける。
「白菜、美佳。冴子の事はまだ待ってくれ。先にアオイの事を山吹紫月に聞きたい」
姫路さんと松尾さんは同時に頷いた。
「洋平、それでいいか?」
「うん」
どっちにしろ俺はまだ退院できそうにない。アオイの説得は俺とキサメがするつもりだったけど、その前の段階を任せる事にした。
こうして話がまとまり、みんな病室を後にした。




