混戦
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翌日。下駄箱で靴を履き替えていると冴子とばったり会った。
「冴子、おはよう」
「…おはよう」
冴子は目を合わせず小さい声で挨拶した。なんだろう…なんか怒ってる?早々に靴を履き替えた冴子が私の横を通り過ぎる。
「白菜」
通り過ぎてすぐ冴子は立ち止まった。私の方を見て続ける。
「私達、友達だよね?」
「え?…うん」
冴子はそのまま黙って教室に向かって行った。なんだか様子が変だ。一連の流れを見ていたキーホルダーのトキが口を開く。
「…あいつ、何かあったのか?」
「わからない…」
その後少しして美佳と会い、私は美佳と教室に向かった。
放課後。
「キサメ!」
校門でキサメが待っていた。私とトキが帰ってから倉庫に行こうと話していたのだが、キサメ曰く二度手間でしょ、との事で学校まで来てもらった。トキはキーホルダーのまま、私とキサメで倉庫に向かう。
キサメは俯いたまま歩く。赤間君の事もあるし、アオイの事も気になるのだろう。まだ倉庫にいればいいけど。
「…洋平はまだ入院したまま?」
「うん…」
赤間君は入院した日から目を覚まさない。何度かお見舞いにも行ったが目を覚ますような状態ではなかった。キサメの表情が曇る。
「…俺のせいで洋平が死んだら…」
「死なないよ。赤間君だってキサメと話したい事たくさんあるだろうから」
そのためにも、まずはアオイと話さなきゃ。山吹先輩との関係性もよくわからないまま、自然消滅なんて嫌だ。
ーー…倉庫の扉は開いていた。まるで待ってましたと言わんばかりに。私とキサメは顔を見合わせる。ポン、という音と共にトキも人間姿になる。
倉庫の中は真っ暗だった。夕方とはいえあまり夕日も差さない。誰もいないのだろうか。
「待ってたで」
上から聞き覚えのある声がした。視線を移すと上の通路に山吹先輩がいた。一人みたいだ。キサメが山吹先輩を見る。
「…あんたが…」
「黒に染まってない姿で会うのは初めてかな?うちが山吹紫月や、久しぶりやね…キサメ」
「気安く呼ぶな。アオイはどこ?」
山吹先輩が妖しげに微笑む。綺麗な顔と相まって人間じゃないみたいだ。
「…アオイなら奥におるよ。ま、ただでは会わせんけどな」
キサメとトキが身構える。やっぱりこの人は私達の敵だと思っていいのだろうか。どうしてアオイを手放さないのだろう?ルーンもいる。二人も何故、山吹先輩から離れないのだろう。
「生身で俺らと戦うつもりか?」
トキが挑発する。確かに、アオイもルーンも現れない。さすがに山吹先輩でもガチャっと二人を相手にするのは厳しいだろうけど…。
「まあそう焦らんと…相手はうちやないよ。アオイでも、ルーンでもないわ」
山吹先輩がちらりと視線を下に向ける。私達の正面から誰かが現れる。
「…え…?」
現れたのは冴子だった。暗くてよく見えないけど、間違いない。どうして冴子が?
朝、会った時から様子がおかしかった。昼休みも用があるからと一人で教室を出て行き、その後具合が悪いからと早退した。どういう事?
「じゃ、冴子ちゃん。頼んだで」
山吹先輩が踵を返す。逃がすまいとキサメが飛び上がり、山吹先輩に手を伸ばした。
「待て!!」
その瞬間、ものすごい速さで何かがキサメを遮った。キサメは地面に叩きつけられた。ドスン!と大きな音が響く。
「ぐっ!?」
「キサメ!!」
私はキサメに駆け寄った。叩きつけられた衝撃で息ができないみたいだ。口をパクパクさせている。何?何が起きたの?
「お〜!すごい!意識保ってる〜」
キサメを叩きつけた何か…それはキサメと同じくらいの男の子だった。ものすごいジャンプ力だったが怪我する事無く、ストンと華麗に着地した。
「…誰だ、お前」
トキが身構えたまま尋ねる。男の子はトキを見てにやりと笑った。
「赤髪の男…お前がトキか。ふーん…」
「質問に答えろ、お前は誰だ」
「俺はハオ」
ハオと名乗った男の子は冴子の隣に立ち、軽く抱きついた。
「冴子姉のパートナーだよ」
一瞬思考が停止した。冴子のパートナー?という事は、このハオって子は…。
「ガチャっとか…」
トキが呟く。私は咄嗟に冴子に尋ねた。
「冴子、どういう事?なんでガチャっとと…」
「こっちの台詞なんだけど」
冴子が強い口調で私の質問を遮った。やっぱり何か怒っている?
「美佳と…何してるの?ガチャっとを使って」
そう言いながら冴子は私を睨んだ。話が全然わからない。美佳の名前も出るって事は、大方の関係は知っているのか。
「使うって何…?」
「とぼけないで!美佳と悪い事してるんでしょ!?ガチャっとを使って!!」
冴子が怒りをぶつける。私は混乱していた。何の話?なんで私と美佳がガチャっとを使って悪い事をしてるなんて話になってるの?
「部長に聞いたんだから。だから私、あなた達をハオと止める」
点と点が繋がった。冴子を焚き付けたのは山吹先輩…何を言われたのか知らないが、あの人は信用しちゃ駄目だ。私は必死に否定する。
「待って冴子、違うの!それは山吹先輩が勝手に言ってるだけで」
「…部長が嘘ついてるって事?」
私は頷いた。信じて冴子、私達は冴子と戦いたくない。冴子はハー…とため息をついた。
「信じない。ハオ!」
「オッケ~」
ハオの姿が一瞬にして消えた。次の瞬間、トキのお腹に蹴りを入れていた。身構えていたとはいえ、不意打ちにトキは体を壁に叩きつけられる。
「ぐうっ!!」
そのままトキはお腹を押さえてズルズルと力なくへたり込んだ。ハオはというと足をプラプラ揺らしている。余裕の表情だ。
「てか弱くない?俺結構加減したんだけど」
そう言うハオの後ろを気付くとキサメがとっていた。蹴り返そうと足を振り上げている。
「で、遅いねえ」
ハオは一瞬でキサメを把握し、蹴りを避け、逆にキサメを蹴り上げた。ハオの蹴りはキサメの顎に当たる。キサメは高く蹴り上げられ、地面に落ちる。
「トキ!キサメ!」
私はハオを見た。見た目も体格もキサメと同じくらい、むしろトキより小さいのに、この子…めちゃくちゃ強い。ハオは私に目を向けると愛らしい笑顔を見せた。
「冴子姉の友達なんでしょ?だったらキミは倒さない!」
冴子はというと黙って戦いを見ているだけだった。一貫して表情は怖いまま。話ができそうな感じではない。
「…アオイ…」
倒れたままキサメが力なく呟く。ハオがキサメに近寄り、顎をつま先で上げる。
「アオイは出てこない。出てきてもお前と話す気はないと思うよ?」
「…お前に…何がわかんの…」
「さあ?でもそうなんじゃないかなーって思っただけ。別に仲良しなワケでもないんでしょ?」
キサメは動かなくなった。死んだわけではなさそうで、気絶したのだろう。私は冴子に言う。
「冴子!これが冴子の言ってた『私達を止める』事なの!?」
トキは意識はあるが立ち上がれないみたいでぐったりと壁にもたれかかっている。こんなに色んな人を傷つけて…。
「冴子の方がよっぽど悪い事してるじゃない!!」
その時、ハオが私の首を力強く掴んだ。早すぎて避けられなかった、そして絞め上げる。苦しい…!
「ぐ…っ」
「冴子姉を悪く言わないでくれる」
「ハオ!!」
冴子が叫んだ。ハオが素早く冴子の方を見る。
「…白菜にはそんな事しないで」
ハオが首から手を離す。私は咳き込んだ。危なかった、今冴子が止めてくれなかったら、私…。
「ーー…そこまでです」
倉庫の奥から人影が現れる。ルーンだった。私達を一通り見て、冴子に言う。
「冴子様、お嬢様からの伝言です。今日はもう帰るように、と」
「…わかった」
冴子が私の横を通り過ぎる。が、ハオは動こうとしない。何故か立ち止まったままだ。ルーンを見ている…?
「ルーーーーーーン!!」
大きい声を上げながらハオがルーンに飛びついた…と思ったが咄嗟にルーンはそれを避けた。ハオは勢いのまま地面にずっこける。
「痛あ!?えっなんで避けるの!?」
「避けるでしょう。奇声を上げながら飛びかかって来る獣からは」
「獣じゃないガチャっとだから!ルーン!!」
素早く起き上がりハオはまたルーンに飛びつこうとする。それをまたルーンは避ける。ハオは今度は転ばなかった。
「冴子様、このアホ早く連れ出してください」
「う、うん…」
冴子はハオの腕を掴んで倉庫の扉に歩いていく。ハオは「ルーンまたね〜!」とか言いながら冴子に引っ張られ、二人は倉庫を後にした。
沈黙が流れる。私は壁にもたれかかっているトキの手を握りしめ、考えた。山吹先輩は冴子に何を言ったんだろう。ちゃんと話をしないと…。
キサメの方を見るとルーンが手をかざしていた。治療しているのだろう。
「…山吹先輩は何が目的なの」
私は独り言のようにルーンに尋ねた。ルーンはキサメを治療しながら答える。
「私にもわかりません」
「…わからないの?」
「私はお嬢様の言う通り動くだけですので」
治療が終わったのかルーンが立ち上がり、今度はトキに近づく。トキの治療もしてくれるんだ。私は邪魔をしないようトキから少し離れる。
その時、背後にふと気配を感じ私は振り返った。そこにはアオイが立っていた。静かに治療されるトキとルーンを見ている。
「アオイ…」
「今日は出てこない予定だったのでは?」
視線はトキに向けたままルーンが尋ねる。アオイが隣で治療を終え、気絶しているキサメに目を向ける。
「騒がしかったから目が覚めた」
「そうですか」
トキの治療を終え、ルーンが立ち上がりすぐにスマホでどこかに電話をかける。迎えでも呼んでくれるのだろうか。アオイがポツリと呟く。
「…キサメもトキも、嫌いなんじゃない」
蚊の鳴くような小さな声だったが、この倉庫が静かなおかげで聞き逃さなかった。私は黙ったままアオイの呟きに耳を傾ける。遠くから車のエンジン音が聞こえてきた。迎えが来たのだろう。
「ただ、先輩の事も見捨てられない」
そう言ってアオイは再び倉庫の奥に姿を消した。ルーンに手伝ってもらい、私とトキ、キサメは迎えに来たタクシーに乗り込んだ。
「ルーン」
「はい」
「アオイに伝えて。あなたも…山吹先輩も見捨てないって」
「…かしこまりました」
こうして、私達は帰路を辿った。




