魔の手
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ーー…あの後、赤間君は病院で早急に治療を受け一命を取り留めた。後遺症の心配もないが、しばらく入院が必要だそうだ。
キサメはというと人間の病院では診てもらえないと判断し、独断だが少し治療をした後、私の家で様子を見る事にした。しばらくお母さんは出張で帰ってこないし、ちょうど良い。
キサメの容態が心配だったが美佳にも一応話はしておいた方が良いとの事でキサメの事はトキに任せ、私は学校に向かった。
「おはよう」
「おはよ、白菜!」
教室に入るなり美佳が私に駆け寄ってきた。小声で続ける。
「あの後、どうなったの?」
私は美佳と分かれてから倉庫であった出来事を説明した。それを聞いた美佳は絶句していた。無理もない。
「赤間君が…キサメも。でも、二人とも、もちろん白菜とトキも無事でよかった」
「うん、ありがとう…」
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何の話をしているんだろう。
二人を遠目から見ながら私はぼんやり考えていた。白菜が教室に入ってきた時は挨拶しようと思ってたけど、やけに美佳と深刻な話をしているようだ。
ここ最近、私はモヤモヤしていた。あの二人、私の知らない何かで盛り上がっている。昨日だって突然部長と話したいなんて…。
隠し事とかだったら嫌なんだけど。二人が私にそんな事するわけがないとは思っているけど、どうにも腑に落ちない。
「木村、生徒会長が呼んでるぜ」
クラスメイトの男子が私に声をかけた。教室の入り口を見ると生徒会長…部長が手を振っていた。珍しい、なんだろう?部活の事かな。
「堪忍な、朝から呼び出してしもて」
部長はバツが悪そうに言った。教室の入り口では人通りも多いし邪魔だろうとの事で私達は部室にいた。朝の部室は季節もあってか少し肌寒い。
「いいえ…それで、何か?」
「うん、まずはこれを見てくれん?」
そう言って部長が指を鳴らすとポンッという音と共にどこからか青年が現れた。この学校の制服じゃない。私は思わず後退った。
「えっ!?な、誰!?どこから!?」
「驚くよなあ。…こいつはガチャっと、っていうんよ。人間やなくて、そうやな…心を持った人形、ってところかな」
人形…にしては人間にしか見えない。思わずまじまじと見つめてしまう。それにしても綺麗な顔だ、芸能人みたい。
「…昨日ここに来とった二人、白菜ちゃんと美佳ちゃんやっけ?あの二人もこれに似た人形とつるんどる」
そう言うと再びポンッという音がして、青年が消えた。部長が手を差し出す。手のひらの上に先ほどの青年と似たキーホルダーがあった。これって…。
「これ、白菜と美佳が持ってたやつに似てる…ますね」
「やっぱり知っとったか。って事は、二人にうちの事言ったのはあんたやな?」
確かに、二人にこの人形の話と部長の話をしたのは自分だ。私は黙り込む。もしかして、マズい事しちゃったのかな。
「す、すみません」
「いや、謝らんでええよ。うちも二人とは話したかったしな」
昨日、別室で三人が話してたのはこの人形…ガチャっと?の事なんだろうか。私、何も知らない。ちょっと嫌気がさし、思わず聞いた。
「二人と何の話をしてたんですか」
部長が固まる。そして、突然涙を流した。私は慌てた。何?どうして?部長が涙を拭いながら呟く。
「っ…あの二人な、このガチャっとを使って悪い事してるんよ。それを問い詰めたんやけど」
私は混乱した。悪い事?あの二人が?部長がハンカチをポケットから取り出して続ける。
「そしたら…怒ったんかなんなんか、自分のガチャっとにうちに攻撃するよう命令したんよ。こいつが助けてくれたから怪我とかしてないんやけど」
手のひらのキーホルダーを指差しながら部長は言った。ふと思い出す。昨日、大きな音がしたのは部長と二人と、ガチャっとが争ったから?
「…信じられない…」
「…そうやろな。見た感じあんたとあの二人、友達なんやろ?連れてきたのもあんたやしな」
本当に信じられない。私とあの二人は高校からの付き合いで、友達だけど…二人が悪い事をするとは思えない。それくらい私は二人を信じている。
「あの二人からガチャっとの事とか何も聞いてないんやろ?それ多分、邪魔されたくなかったからやないの?」
邪魔。確かに私はガチャっとの事は知らなかった。けれど、茶道部に所属しているという点では部長と話せるチャンスというものを作り出せる。
私、二人にとってはいくらでも利用ができるんだ。
「なあ冴子ちゃん…二人の事、止めん?」
「…えっ?」
突然の提案に困惑する。止めるって、白菜と美佳を?どうやって…。
「冴子ちゃん、今初めてガチャっとの事知ったって事はガチャっととの契約の仕方も知らんよな?案外簡単なんよ」
「…契約したら、私も協力できるんですか」
「もちろん、うち一人じゃ限界あるし協力してくれたら助かるんやけど」
部長が私の手を握った。そして、真剣な眼差しで続ける。
「うち、二人を助けたいんや。悪い事してるのも見過ごせんけど…誰かに脅されとったりしたらなおさらや」
それは私も同じ気持ちだ。二人の事だから、脅されて仕方なく悪い事をしているのかもしれない。それに関わるには、私がガチャっとと契約をするしかない。私は部長の手を握り返した。
「…やります。協力させてください」
「決まりやな」
放課後、部長と待ち合わせてそのガチャっととの契約できるところに案内してくれるとの事になった。もちろん、白菜と美佳には内緒で。
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洗濯物を干していると背後から気配を感じた。振り向くと、キサメが立っていた。
「キサメ…!?起きたんだな」
「トキ…ここは」
「白菜の家だ。今は俺しかいないけど。大丈夫か?」
キサメはあたりをキョロキョロ見回し、ゆっくりと床に座った。俺は素早く洗濯物を干し、キサメの正面に座る。
「…今までの事、どれくらい覚えてる?」
「アオイに黒に染められてからは少し覚えてるけど…それ以降はほとんど覚えてない。モヤがかかってるみたい…」
という事はレストランの事も、昨日の事も覚えてない可能性が高い。キサメは続けた。
「洋平は?生きてるんだよね?俺が生きてるんだから」
「生きてる。…ただ、今入院してる」
「入院?なんで?病気?」
昨日の事を話していいのだろうか。一気に全部話すのは気が引ける。洋平に手を出してないとはいえ、アオイと共に周りを傷つけていたのは事実だし。
「怪我だ。大した事ない。ところで、お前山吹紫月って奴覚えてるか?」
黒に染まる前、山吹紫月の事はキサメは知らないはず。もし覚えているなら、何か重要な話をしていたかもしれない。覚えているなら聞いておきたい。
「山吹紫月…なんか変わった話し方する女がいたのは覚えてるけど、それがそいつなのかは…」
「じゃあルーンの事は?」
「わからない…」
どうやら本当にほとんど覚えていないらしい。変わった話し方の女はほぼ山吹紫月で確定だろうけど…。
「…アオイは?まだ黒に染まったまま?」
「ああ。あいつはお前と違って完全にあっち側だろうな」
「そう…」
沈黙が流れる。そういえば、アオイとキサメは昔からの付き合いのようだったが、アオイの過去を知っていたりするのだろうか。
「キサメ、アオイの元パートナーの事とか覚えてるのか?」
キサメは頷いた。アオイの元パートナー…名前は涼華だったか。パル曰く何者かに殺されたという…。
「頼む、教えてくれ」
俺はキサメに頭を下げた。白菜はアオイも助けたがっていた。それは俺もそうで、争わずに済むなら平穏に、元に戻したい。
「…わかった、話す」




