回したら始まった
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放課後。いつもの喫茶店で私達三人はケーキを食べながら恋バナをしていた。美佳がイチゴをぱくっと食べる。
「で?冴子、彼氏とは仲直りしたの?」
この三人の中で一番の美人、冴子が昨日彼氏と喧嘩したと聞いた美佳は早速冴子に尋ねた。冴子はそっぽをむく。
「もーダメ!あいつ浮気性なんだもん!」
「別れるの?」
「んー...でも好きだからなぁ」
冴子の彼氏は他校の一つ上の先輩である。その先輩も顔立ちが良く、冴子によく似合っている。
そんな話を聞きながら私はオレンジジュースをすすった。今更だが私が何でこの二人と一緒にいるのか謎である。気配りが上手な美佳、美人で成績優秀な冴子。
それに比べ、私は何もかも平凡、おまけに恋愛経験はなく、男が苦手。いつもビクビクオドオドしているような奴だ。本当に不思議である。
「で、白菜」
くるっと美佳が私を見た。私はチーズケーキを口に運んだ。
「ん?」
「あんた、好きな人はできた?」
私は首を左右に振った。美佳と冴子が顔を見合せ、ため息をつく。冴子がコーヒーを一口飲んだ。
「白菜、もったいないよ。せっかく可愛いのに...」
冴子に可愛いと言われてもあんたの方がよっぽど綺麗で可愛いよ、と思うのであんまり嬉しくない。美佳が頬杖をついた。
「まあ白菜は初恋もまだだから、焦っても仕方ないと思うけどねー」
私はうんうんと頷いた。冴子もそんな私を見てふふっと微笑む。
「白菜は彼氏いなくても幸せそうだもんね」
「どういう意味、それ」
美佳が私の頭をポンポンと叩く。
「まーまー、ゲーセン行って気分変えよ!なっ?」
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ゲーセンは平日だからか、人が少なかった。入るなり美佳が言う。
「ごめーん、札しかないや。両替してくる」
「あっ、私も!」
美佳と冴子は二人揃って両替機に走っていった。一人になった私は近くの椅子に腰かけた。
目の前にガチャポンがたくさん並んでいた。小さい子供がお母さんと一緒に戦隊もののガチャポンを回している。
「ガチャポンかぁ...」
私は座ったままガチャポンを見回した。ガチャポンなんて小学生の時にやってからやってない気がする。
「...ん?」
そのガチャポンの一つに字だけのガチャポンがあった。水色の紙にワープロで打ち込んだような字だ。
私は立ち上がり、そのガチャポンに近寄った。
『何が出るかはお楽しみ!一回百円』
「あー...そういうやつね...」
昔、やってみたいという好奇心があったものの、ハズレっぽいものが当たったら嫌なので、やらなかった思い出がある。
久々にやってみようかな、ガチャポン。
私は突然ガチャポンをやりたくなり、財布を開いた。ちょうど百円入っていた。あとは千円札ばかりだ。
「よし!」
私は百円を入れ、ガチャポンを回した。赤色のカプセルがコロンと出てきた。テープを剥がし、中を見る。
「…何これ」
手に取ると、どうやら小さい人形みたいだった。男の子の人形。何かのアニメのキャラだろうか。
「なんだぁ...どうせなら指輪とかの方が良かったなぁ」
私は人形をポケットに突っ込んだ。ちょうど美佳と冴子が戻ってきた。
「お待たせー」
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ゲーセンを後にしたのは午後八時を回ったときだった。二人と別れ、私は家に帰った。
「ただいま」
「お帰り、ごはん温めてね」
リビングからスーツを着た母が出てきた。化粧をバッチリしている。大切なお客さんと会うのだろう。
「行ってらっしゃい」
部屋に入った私は早速着替え、雑誌を手に取った。明日は美佳と冴子は彼氏とデートみたいだし、本屋に雑誌を買いにいこう。
立ち上がった時、何か固いものを踏んだ。
「痛っ、何?」
見ると、ゲーセンでガチャポンをして出た人形が無造作に転がっていた。すっかり忘れてた。どうせだし、机に飾ろう。
机の上は教科書やお菓子のゴミなんかでぐちゃぐちゃだった。まずは片付けよう。私は整理を始めた。
「手伝ってやろうか」
「あ、ありがとうございます」
...えっ?
私は素早く振り向いた。そこには上半身裸...というかパンツしかはいてない男が立っていた。
「...!?」
「おい、手止まってるぞ。早く片付けろよ」
私はしばらく固まったままだったが、やがて悲鳴を上げた。
「キッ...キャアアァアアアァアアアァア!!!!!!!」
「うるせーな、何だよ!」
男は迷惑そうに言った。私はのけぞりながら尋ねた。
「なっ...!?だっ、誰ですか貴方!!」
「誰ですかって...お前が買ったんだろ、俺を」
買った?この人を?何言ってるの?見に覚えがない。男ははーっ、とめんどくさそうにため息をついた。
「...あのな、お前ゲーセンでガチャポンやったろ?で、俺はそのガチャポンの景品。わかる?」
確かにガチャポンはやった。でも、こんなデカイ男、しかも話して歩くような奴じゃなかった。じゃあこの人誰?
「景品...」
私はそれしか言えなかった。男はかまわず私の部屋をうろつく。
「しっかしこの部屋狭いなー俺が寝る場所あんのか?」
「は?寝るって...?」
「そりゃお前が俺を買ったんだから、それくらいはしろよな」
私は男の言動や行動を呆然と見てるしかなかった。何が何だかわからない。男が私を見る。
「まだわかってねぇのか...仕方ない、見てろよ」
するとポムッ、という音と共に男が消えた。私は辺りを見回した。
「えっ?えっ?」
「ここだ、ここ」
下の方から声が聞こえた。見ると、ゲーセンでガチャポンで出た人形がしゃべっていた。私は再びのけぞった。
「しゃべってる...」
「わかったか?さっきの男は俺。お前がガチャポンで出したのが俺。わかるか?」
にわかに信じられないが、信じるしかなさそうだ。私は頷いた。
「ならいい」
ポムッ、と人形は男の姿に戻った。私は目をつむった。
「ふっ、服を着てください」
「服?ねぇよんなモン。お前持ってないの?」
男の服なんてお父さんのしかない。何でもいいのだろうか。私はタンスからお父さんのセーターを持ってきた。
「…何だこの色、泥沼かよ」
いちいち文句の多い人だ。私はポツリと言った。
「だったら着なきゃいいじゃん...」
「はぁ?」
「あっ、ごめんなさい」
男は私を睨みながらセーターを着た。サイズはピッタリみたいだ。男がベッドに腰かける。
「ベッドはなかなかだな...あっそうだ、お前俺の名前何にするの?」
「えっ、名前?」
「俺は名前がないんだよ。何にするの」
「...自分で決めればいいのでは...」
キッと男が私をまた睨んだ。怖い。逆らうのはやめよう。私は部屋を見回した。何かいい名前はないだろうか。
ふと本棚に目がいった。私は呟いた。
「...トキ...」
「は?トキ?」
小説の題名に「時の夕暮れ」という題名があった。それでパッと思っただけだ。男は頷いた。
「わかった、トキだな」
どうやら認めてくれるらしい。私は胸を撫で下ろした。するとトキはごそごそとベッドに入った。
「えっ?そ、そこで寝るの?」
「...あ、そうか。お前のベッドか。じゃあ一緒に寝る?」
「いえ!私が床で寝ます!」
私は布団を敷いた。トキはそれをじっと見ながら言った。
「...寒いだろ」
それならトキが床で寝ればいいじゃん、と言いたかったが言えばまた睨まれそうなので私は黙ったまま布団に入った。
「...んっ!?」
すると、トキが私の布団にごそごそと入ってきた。私は布団から飛び出した。
「な、何で入ってくるの!?」
「え...いやだって寒いだろ?」
私は頭を抱えた。この人天然なのか?
「...寒くないから、大丈夫」
「...そう」
トキは納得したのか再びベッドに潜った。私はため息をついた。
「どうなるの、これ...」