〜第一章〜見習い保安官ジュリ、始動9(改)
「そうですか。それではケパコスは現在ではガルネット国でしか採石されていないのですね」
「ええ。鉱脈が見つかりませんで。ですが今ある鉱脈は規模が大きいと聞いていますので当面は困らないと思いますよ」
昼食を終えた私達は午後になりルビリエ国の鉱石学者ジムス・ジェリカ氏を尋ねジルサミアとケパコスについて話を聞いている。
ジムス・ジェリカ氏は恐らく60歳前後の白髪を携えた、男性にしては小柄な体型で、物静かな、とても穏やかな話し方をする人物だった。
「こちらの資料にあるように、これくらいの規模の土砂崩れを人為的に起こさせることは可能ですか?」
マリノさんが手元の資料を見せながら質問をすると、眼鏡を掛け直しながら少し考え込んだのちに答えてくれた。
「可能ですね。ですがかなりの量は必要になりますね」
「どれほどでしょうか?私の読んだ文献では山を切り開く際には大樽一つずつを等間隔に配置すると読みました。だけれど山を崩す際の詳細は見つけられませんでした。でも建物を取り壊す際の記載は幾つか見つかって、例えば・・」
聞きたいことが沢山あってうずうずしていた思わず口を挟んでしまったが、私は止められないでいた。
「爆薬と違って、ジルサミアとケパコスは費用に関しては安価で済みますよね?以前、ある高位貴族が古くなった大きな蔵を取り壊すのに爆薬にしようとしたらあまりにも高額で諦めたと聞いたことがあります。でもその貴族は機密情報を扱う役職に就いていて、ジルサミアとケパコスの存在を知っていて、秘密裏に取り寄せようとしたと聞いたのを思い出しました。だけれど叶わなかったと。その理由は私には分かりませんが、高位貴族ですら取り寄せるのが叶わなかったジルサミアとケパコスがどうやってこんなにも集められたのか知りたいです。ご存知のことを聞かせて下さいませんか」
身を乗り出し、興奮しているのは自分でもわかっている。
だけれど知りたいことは山程あって、目の前にはこの国の鉱石学の第一人者。
黙って聞いているだけなんて私には出来なかった。
「おい、ジュリ落ち着け。まずは座れ、ほら」
立ち上がってジムス・ジェリカ氏に詰め寄っている私の体をカイドさんが引き戻すが、私は興奮を抑えられなかった。
聞きたいことは山ほどあるのだ。
「こちらのお嬢さん・・、ジュリさんと言ったかな。まだ年若いのに随分と詳しいですね」
「ありがとうございます。学院の選択科目が鉱石学だったんです。だからたくさんの文献を読みました。そのどれもが興味深くて・・、でもジルサミアとケパコスに関しての記述は少なかったんです。だから今知る機会を得られて嬉しくて・・」
「そうですか。あなたも鉱石学を。なんだか嬉しいものですね」
ジムス・ジェリカ氏は立ち上がると幾つかの資料と書籍を書棚から取って私達に見せた。
「これはジルサミアとケパコスの実験資料です。一応極秘扱いにしていますが、私の管理なので特別にお見せいたします」
実験・・
私が読んだいくつもの書籍には実験の記述はなかったのに、実験を行っている学者がいたなんてやっぱり今日ここに来られて本当に良かった。
「結論から言いますと、この規模の土砂崩れを起こすのは大樽2つあれば可能でしょう」
「大樽2つ・・・意外と少なくていいのね」
「この山の地盤はとても頑丈ですので、崖崩れを起こすのは難しいでしょうね。ですが、爆発起点を中心として、表面の岩肌とそこに積もった土などが崩れればこの規模の土砂崩れになるでしょう」
なるほど。
大きな爆発地点には穴が開いていたけれど、それ以外は表層崩れが主だったと言うことなのだろうか。
「こちらの資料は私が実験をした際のものなのですが、さすがに山を崩したりは出来ませんが、この時は古くなった家を壊したのです。中樽を等間隔に4つほど、それで概ね全壊できました」
「中樽4つでこの規模のお屋敷を全壊ですか」
「衝撃は・・、衝撃はどのように加えたのですか?」
衝撃の加え方について知り得ていない私は気になって尋ねてみた。
「この時は大きな鉄球をぶつけて衝撃を加えましたが、そうですね、今回の土砂崩れの場合ですと、恐らくですが、樽に入ったこれらを上から勢いをつけて思い切り転がす。そうすると爆発するのに十分な圧力が加わると思いますよ」
確かに調査の際に重いものを引きずったような痕跡があって、それはこの為だったのか、と納得してしまった。
「入手経路ですが、まぁあなた達が考えるよりはずっと簡単かもしれません」
思わぬ回答に体がピクッと跳ねたのが自分でも分かる。
これにはマリノさんとカイドさんも意外だったようで3人とも一斉にジムス・ジェリカ氏に向かった顔を上げていた。
「ケパコスはガルネット国でしか採石されないと先ほど言いましたが、ジルサミアは現在ではアメシット国が主たる採石国なのですよ」
アメシット国はこの大陸の北にある国で、ガルネット国の隣国でもある。
そこから運んで来たということだろうか。
「ですので、北の国々に行けば、もしくはその国々の商会に伝手があれば現在ではそう難しくはないはずです。ですが、この2つの鉱石はそれぞれの国が管理していて特定の商会が主な入手経路になるのですが、用途、買取主の素性なんかも国の管理局に告げる必要が生じてきます。私も実験に使用する際にはこれらの正規の手続きを踏んで入手しました」
手元にある冷え切った紅茶を口に含み、ゆっくりと飲み込んだ後さらに言葉を続ける。
「そもそもこの2つの鉱石は一般的に知られていません。各国のトップ、もしくは商会関係者、採石を主産業とする貴族や領主なんかは知っているかと思いますが、調合の詳細や、威力などの仔細を知る者となると極一部でしょう。それなので入手したいと言う人も殆どいないのではないでしょうか」
「先ほどあなたは正規の、と仰った。ということは正規ではない入手経路もあるという理解でよろしいか?」
カイドさんの問いかけに、ジムス・ジェリカ氏は静かに頷いた。
「ええ、採石をしている労働者が金銭目的で売ったり、という話は聞いたことがありますね。その場合、正規のルートよりずっと安価に入手できるはずです」
人為的に土砂崩れを起こすような連中だ。
正規のルートではなく、裏のルートで入手したのではないだろうか。
そうするとどうやって購入した人物まで辿り着けるだろう。
入手経路や衝撃の加えかた、配合に関する話も聞いて、私達がクルリドの学院を後にしたのは夕暮れがかった頃になっていた。
「ごめんなさい。ちょっと聞きたいことが出来たわ。もう一度診療所に寄ってもいいかしら」
ふと、思いついたようにマリノさんの提案で再度診療所にあるタイガ・クレイ氏の病室へと向かうと、ベッドの傍らには妻のユウリさんと他にもう1人年若い男性がいて3人で話していた。
「連絡もなしに再びすみません。お尋ねしたいことが出来まして」
病室に入った私達に気付いた3人は会釈をして、見知らぬもう1人の男性を紹介してくれた。
「私の弟のエイト・セイナンです。私達が土砂崩れに巻き込まれたと連絡を受けて、駆けつけてくれたのです」
エイト・セイナンと紹介をされた男性はスラッとした細身の長身で、年齢の割にとても高価に見える衣服を身に纏っている。
「セイナン家の家督を継いでおります、エイト・セイナンと申します。この度は姉夫婦のことでお世話になっているそうで」
薄い笑みを浮かべながらとても綺麗な一礼をした。
「セイナン伯爵家は今年に入って代替わりをしたのですよね。あなたが新しいご当主様でしたか。ということはユウリさんは伯爵家のご令嬢なのですね」
「え・・、ええ・・、一応はそうなりますね」
「一応は?とは、どういった意味でしょうか?」
「姉は養女なんですよ。私の両親はなかなか子宝に恵まれませんで、遠縁から姉を養女に迎えたのです。まぁそのすぐ後に母は私を身籠ったと聞いていますが。ですから私と姉には血縁関係はないのです。ですが幼い頃からとても姉弟仲は良いのですよ」
俯くユウリさんに代わりセイナン伯が経緯を説明してくれた。
その間、ユウリさんは少し気まずそうに俯いているのがやけに気になった。
「そうでしたか。込み入ったご事情までご説明させてしまい申し訳ございません」
「あの、それで私どもに何か尋ねたいことがあるとおっしゃっていましたが?」
「はい。商人としてのご意見としてお聞きしたいことがございます」
タイガ・クレイに促される形でマリノさんが切り出した。