〜第一章〜見習い保安官ジュリ、始動8(改)
クルリドの街中にある診療所までは徒歩で行ける距離だった。
異国の街中を歩くのは初めてだった私はキョロキョロと視線が落ち着かない。
果物や野菜なんかの屋台はパーリー国でも見かけるけど、こっちは食べ物の屋台が多いなぁ。
まだ午前中の早い時間だというのに屋台にはたくさんの食べ物が並んでいる。
米粉の麺に何種類もの炒め物、揚げた包子、そのどれもが美味しそうで朝食を済ませたばかりだというのに好奇心がそそられる。
関所を抜け少し歩くと居住地区、工業地区、商業地区、そして文教地区などがあり、その文教地区の一角に診療所はあった。
「着いたわ。昨日街へ出た時に話は通してあるの」
診療所を見上げると3階建ての白い大きな建物だった。
「この街の規模にしては随分と大きな診療所ですね」
両親共に医療師であるので診療所には馴染みがある。
この街の規模なら十分すぎる程の大きさに思える。
「関所があるからな。一応関所にも医療師は滞在しているんだがそこで手に負えない患者はここに回されるんだ」
そんな会話をしながら受付を通り被害者の病室を訪ねると、1人の女性が出迎えてくれた。
「どうも、保安局の者です。私はマリノ、そしてカイドにジュリです。本日は大変なところお時間をとっていただきありがとうございます」
「いえ・・、ユウリ・クレイと申します」
ユウリ・クレイと名乗ったその女性は20代前半くらいであろうか。
栗毛色のボブスタイルに日焼けした健康的な肌色が印象的だ。
頭と右腕に包帯を巻いていて、起き上がるのも辛そうだった。
「・・そのままで、起き上がらなくて大丈夫ですので」
母の診療所で幼い頃より多くの患者を見てきた私は思わず言葉を発していた。
「診療所の方から比較的軽傷だと聞きましたが、お加減はいかがですか?」
「はい・・、夫が庇ってくれたので怪我の方は大したことはなくて・・。ただ大事をとって数日は入院することになったんです」
ふぅ、と辛そうに一息を吐いてベッドに身を預ける様子はとても軽傷には見えないけれど・・。
「ユウリさんの家名はクレイと仰るのですね。クレイ商会の身内の方ですか?」
パーリー国でクレイ商会を知らない者は恐らくいないだろう。
どの都市にも支店があるし、貴族や王家ですら御用達だ。
扱っている品数も他の商会とは違い群を抜いている。
「私の夫はクレイ商会の代表をしております」
「そうでしたか。先ほどご主人が庇われたと仰っておりましたが、ご主人はどちらに?」
「夫は上の階の病室におります。足の骨が折れていて・・」
重傷者3名のうちの1人はクレイ商会の代表ということか・・
単なる偶然なのだろうか。
「後程ご主人からもお話をお聞きしたいのですが大丈夫でしょうか?」
「それでしたら私もご一緒します。私は籍を入れてからそれ程経っていないので詳しく話せることはないと思うんです」
「お身体が大丈夫なのであれば、そちらの方が助かるのですが・・」
ユウリさんは言葉を発する度に辛そうに、ふぅ、と一息吐いている。
今も落ち着かなそうに体をずらしているし、もしかしたら見えない所に打身などもあるのかもしれない。
あれだけの規模の土砂崩れだったのだから軽傷で済むことが奇跡に近いのだろう。
「階段を伴う移動はお体に触るのでは・・」
「いえ、少しは体を動かしませんといけませんから」
ゆっくりと身を起こしベッドから降りたユウリさんを先頭に、クレイ商会の代表であるタイガ・クレイの病室へと移動した。
3階の一番奥、タイガ・クレイの病室は4人部屋で、そのうち3つのベッドが埋まっていた。
「タイガさん、こちら保安局の方達なのですけど、お話をお聞きしたいのですって」
窓際、両足に包帯を巻いた男性にユウリさんが声をかけた。
「どうぞ、そのままで」
上半身を起こそうとするタイガさんにマリノさんが制止し、挨拶を続けた。
短い自己紹介の後、話の核心へと移る。
「此度の土砂崩れは人為的に起こされたもので、狙われたのがクレイ商会の方々ではないかと見立てております。何かお心当たりはございませんか?」
「それは仕事上のトラブル、という意味でしょうか?」
狙われたのが自分が代表を務める商会が狙われたと聞いて驚きを隠せない様子で横たえていた体を起こしたタイガ・クレイは、パッと見30歳前後の細身の知的な切れ長の目元が印象的な男性だった。
「やはりうちの商会が狙われたのですか・・」
「やはり、というのは?お心当たりが?」
マリノさんが尋ね、カイドさんがメモを取りながら促してゆく。
いつもこうやって役割分担をしているのであろうか。
「いや、昨日保安局の方が話を聞きたいと来たでしょう。あなただったかな。その時にうちの商会絡みかと予想していたのです」
「そうでしたか」
「しかし仕事上のトラブルは多少ありますが、命を狙われるほどのものではないかと思います」
「具体的にはどのようなトラブルが?」
「そうですね・・」
じっと考え込んでいるタイガ・クレイ氏の傍で話を聞いていたユウリさんがタイガ氏の背中をずっと優しく摩っていて、タイガ氏はその手の上に自身の手をかぶせた。
その様子を見て、ああ、この2人は仲が良いのだろうな、と感じた。
「うちの商会は手広くやっておりますし、他の商会からは良く思われていないことは事実だと思います。だけどこれまで大きなトラブルはなくやってきました。先代が・・、私の父ですが、先代の教えは他社の利益を損ねることなく当社の利益を増やす方法を考えろ、でして。他所から仕事を奪うのではなく、顧客が更に欲しいと思うような商品を見つけるのが我が商会の根本のようなものです」
「なるほど・・。それでは金銭面ではいかがですか?」
「金銭面ですか?」
「ええ。個人の顧客は現金払いだと思いますが、仕入れ先や卸先、もしくは貴族などの大口となるとツケ払いや、まとめて払うことも多いのでは、と推察するのですが」
商会の仕組みに詳しくなかった私は、そのような仕組みになっているのかと興味深く聞き入っている。
マリノさんは流石だな。
知識が豊富だもの。
「金銭面のトラブルも無くはないですが、一定期間以上滞った金銭の回収は専門の業者を雇うことが多いのですよ。でもそれもここ近年はさほどありません」
「大きなトラブルなどはないのですね」
そうなるとこの商会を狙った動機は何なのだろうか?
パーリー国で最も大きいと言える商会だから、何かしらのトラブルはあると考えていた。
知らないうちに恨みをかっていた?
それとも他の人を狙った?
「マリノ、商会絡みではなく個人を狙った可能性はどうだ?」
これまでタイガさんの証言や様子をメモにまとめていたカイドさんが口を挟んだ。
「そうね、買付けの帰りのタイミングだったから商会絡みだと思っていたけど・・。他の可能性となると・・・」
じっと考え込んで少しの間を置いて2人に尋ねた。
「先ほどご結婚されたばかりだとお伺いしたのですが、ご結婚の経緯などお伺いしても?」
マリノさんからの問いかけに一瞬顔を見合わせた2人は、それは、と口を揃えてほぼ同時に声を発した。
「それは私が妻に一目惚れしたからですよ」
はは、と照れくさそうに微笑む顔を見て、ああ、この人は奥さんであるユウリさんのことが大好きなんだろうな、とふと感じた。
「ユウリは顧客のお嬢さんで、その当時私は父から事業を引き継ぐ為に大口の顧客や取引先など頻繁に挨拶に周っていたんです。その時にユウリと知り合う機会がありまして。もう好みドンピシャだったんですよ」
「そうなんですか。それはいつ頃のことですか?」
薄く微笑みながらも淡々と返すマリノさんと照れ笑いをするタイガさんの温度差がどうしてだか気まずくて思わずカイドさんの方に視線を向けてしまった。
「それは3年程前のことです。それから籍を入れられるまで3年かかりましたよ。はは」
「失礼ですがお二人とも初婚ですか?」
「ええ、私も妻も初婚です」
他にも幾つかの質問をしたがこれといった手がかりは掴めなかった。
結婚に際しても問題はなさそうだとなると他の可能性はなんだろう?
クレイ商会は関係なく無差別に起こしたもの・・?
タイガ・クレイ氏と同じ病室で入院をしていた商会の人にも話を聞いた限りでは、心当たるトラブルなどはないとのことで、念の為、他の被害者である単身で国境を越えようとしていた人達にも話を聞いたがこちらでも手がかりは得られなかった。
「参ったわね。誰を標的としたのか手がかりが掴めなかったわね」
「皆、嘘を吐いているようには見えなかったしな」
何かしらの手応えがあると考えていた私達は一旦調査の方向性を立て直す為、診療所を後にした。
「どうかしら。もうじき昼の鐘が鳴る頃だし、昼食は街中の食堂で食べない?」
「それ大賛成です!!」
初めての異国食堂だ、と胸が躍る。
顔がにやけていたのだろう。
2人の視線が生暖かい気がするけれど気付かないふりをしよう。
「ジュリちゃん、人に聞かれる恐れのある場所で調査に関する話題はしないようにね」
「秘匿義務がうるさいからな」
確かに街中だと常にたくさんの人がいるし、会話が聞こえてしまうこともあるだろう。
そんな会話をしながら私達が入ったのは街でも人気の麺料理が食べられる食堂だ。
昼の鐘の前だというのに店内はたくさんのお客さんで埋まっていて、立ち込めるソースの香りと店内の明るい賑やかさでワクワクが溢れ出してしまう。
パッと見た感じ麺料理と炒め物がメインのようだけれど、幾つかのスイーツなんかもありそうだった。
「そういえばクルリドのビュッフェにはあまり甘いものがありませんでしたよね」
「そうね、フルーツがメインよね」
「街中の屋台でも数は少ないよな。でもこの店の揚げ包は旨かったぞ。中に甘い餡が入っていてな。お前食ってみろよ」
「はい!是非食べたいです!」
炒めた麺も食べたいし、揚げ包は絶対食べたい。
でも、この海鮮の串焼きも捨てがたい。
こっちのグリルのステーキも食べてみたい。
私は初めての異国の食堂でなかなか決めきれないでいた。
「ジュリちゃんが食べたい物を注文して3人でシェアしましょう」
「だな、お子様の食欲優先してやるよ」
「それ素敵!ありがとうございます!」
カイドさんがまたお子様って言ったのは気にかかるところだけれど素敵な提案に目を瞑るとしよう。
そう、私もこうやって大人になっていくのだ、なんてことを考えているうちに頼んだ料理が運ばれてきた。
ソースで炒めた麺に、たくさんの貝を串に刺して焼いた醬の串焼き、大鶏肉の揚げ焼きのグリル。
そして一番楽しみな揚げ包。
そのどれもがとても美味しくて、大盛りの料理たちだったけれど私達はペロリと平らげてしまった。