〜第一章〜見習い保安官ジュリ、始動6(改)
「調べることは山ほどあるな」
皆が沈黙して思考を巡らせているなか、最初に口を開いたのはカイドさんだった。
「まずはジルサミアとケパコスの入手経路、土砂崩れから計測したそれらの必要な量、必要であろう最低人員、それに狙われたであろう商会の取引先やトラブル関係、現場へのルート確認、それと・・・」
「鉱石学の専門家にも話を聞きたいし、3人じゃちょっと時間がかかりそうね」
「ギルダ、トキト、お前達の抱えている仕事は?」
シュルス支部長が問うた意味を理解したのだろう。
ギルダさんとトキトさんは口を揃えたかのように、
「2〜3日程度なら身が空きます」
とニヤリと微笑んだ。
「3日もいいのか、それは助かる」
「それじゃあ早速分担作業に入りましょう」
カイドさんもマリノさんも手慣れた作業なのだろう。
引継ぎ資料に、作成したメモ書き、現場からの採取物、それらをパパッと調査箇所ごとに分別している。
「ジュリちゃん、あなたは鉱石学を学んだのだし、専門家の話は聞きたいかしら?」
マリノさんに問われてずっと目の前のやり取りを呆然と見ていた私はハッと意識を戻らせられた。
初めての調査で、初めての作業。
とにかく起きること全てが初めての経験でついて行くので目一杯だった。
経験も知識も足りていない私は言われたことを、聞かれたことをそのまま答えるだけしか、今は出来ない。
一つでも多く吸収して私も役に立てるよう成長に繋げなければと焦りを覚えた。
「あ、はい、ええっとそうですね。話を聞ける機会があるのであれば是非同席したいです」
「それなら・・・、私達はまずはこれを優先しましょう」
少しの間を置いた後、幾つかの資料を手に取り、カイドさんと私はそれらの確認をした。
「まずは鉱石学の専門家か・・、それと被害者への聴取、商会関係の調査だな」
「ギルダ達はジルサミアとケパコスの入手経路からお願いできるかしら」
「おう、了承した」
こうやって一つずつ地道に可能性を探っていくのだろう。
マリノさんはクルリドに戻る途中、私に焦ることはない、と言ってくれた。
すぐに全てを分かる必要はない、と。
私はすぐに白黒ハッキリさせたがりがちで、待つことも苦手だ。
だけれど、全てを解明していくには待つことも仕事のうちなのだろう。
ゆっくりと構える精神も鍛えていかないとだよね・・!
明日からの調査も頑張ろう。
元来前向きな私はやる気がメラメラと沸いてきた。
「マリノさんっ、鉱石学の専門家はこの街にいるのですか?」
突然ガバッと身を起こした私に驚いた様子のマリノさんは一瞬の間を置いて答えてくれた。
「そうね、確かクルリドの学院にいると記憶しているんだけれど・・」
「ああ、ジムス・ジェリカという学者が教鞭を取っているよ」
私達のやり取りを聞いていたシュルス支部長が会話に入ってきた。
「じゃあ俺が今から学院まで行って、明日にでも話を聞けないか尋ねてみるよ」
「カイド、私も一緒に行くわ。街で買いたい物もあるし」
「リョーカイ、ジュリはどうする?」
「え、あ、もし可能であれば私はギルダさん達が借りてきてくれた文献を幾つか読みたいのですが」
パラパラとページを捲っただけで気になる箇所はたくさんあって、私はそれが気になってしまってどうしてもちゃんと読んでみたかった。
ふと視線を窓の外に移すと夕暮れが始まっていて、事務の職員さんであろう人が室内に灯りを灯し始めている。
「じゃあジュリはここで読ませてもらえ。戻ってきたら声をかけるから」
そう言ってカイドさん達はクルリドの街中へと発って行った。
(なるほど、セリンという鉱石はこんな活用もできるんだ)
シュルス支部長の席の更に奥の打合せスペース。
そこを一時的に借りた私はペラ、ペラ、と幾つもの書籍を読み進めている。
学院で鉱石学を専攻したのは人数が少ないと言った理由からだったが、勉強を進めていくうちにとても興味が出てきて、自室の書棚は幾つもの鉱石関連の書籍で溢れている。
ギルダさんとトキトさんが借りてきてくれた書籍はどれも読んだことのないものばかりでとても興味深い。
ケパコスについて調べるつもりが興味をそそられるものが多すぎてなかなか読み終えることが出来ないでいた。
「おいジュリ、飯行くぞ。今日はもうその辺にしとけ」
カイドさんに肩を掴まれてハッと現実世界に戻ったような気になったのはもう辺りはすっかり暗くなった頃だった。
キョロキョロと室内を見回すとシュルス支部長とギルダさん達の他に、調査から戻ってきたのであろう支部の人達がいて、挨拶もしなかったと血の気が引いてしまった。
「随分読めたみたいね。部屋に借りていくことも出来るけれど・・、今日はもう休んで明日以降にしましょう」
「お前も今日は疲れただろ。お子様はたんまり飯食ってぐっすり寝ろ」
またお子様って言った!もお・・
「あの!カイドさん、私・・」
「ああ悪かった、お前はもう子どもじゃないんだったな」
私のその先の言葉を見透かしたように、ククッと笑いながら言葉を被せてきたカイドさんに思わず口を尖らせてしまった。
「ジュリの集中力は凄いな」
すぐ近くの机で書類仕事をしていたシュルス支部長も話に入ってきた。
「途中で何度か声を掛けたんだが気付かなかっただろう?」
「え・・?声を・・?」
話し掛けられたのは全く記憶にない。
すぐに夢中になっては周りが見えなくなる小さな頃からの癖、今ではだいぶ改善されていたはずなのに・・
「すみませんっ、集中していて気付きませんでした」
ガバッと頭を下げて謝罪をするが冷や汗が溢れ出してきた。
「はは、いや、ギルダ達が休憩を挟めと言っていたんだが気付く様子はなくてな。面白いものを見せてもらった」
「すみませんっ」
「ジュリはトキトと似ている部分があるな。トキトも昔は集中すると周りの声が一切聞こえなくなっていたんだ」
ギルダさんが笑いながらフォローしてくれるが申し訳なさでいっぱいだ。
「ジュリちゃん、まだ顔を合わせていない人が戻っているから紹介するわね」
「はい・・っ」
マリノさんに付いて室内中央付近の席で作業をしている女性に声を掛けると立ち上がって笑顔を返してくれた。
「レンファ、作業中悪いわね。うちの新人を紹介したくて」
「あ・・、ジュリと申します。お戻りの際は気付かずご挨拶が遅れまして申し訳ありません」
ドキドキ緊張しながら一礼をするが、ふふ、という優しい笑い声が聞こえて頭を起こすと、レンファという先輩保安官は右手を差し出しながら自己紹介をしてくれた。
「私はレンファというの。以前は本部でマリノさんと何度も同じ事件や事故を調査していたのよ。宜しくね、ジュリちゃん」
「ありがとうございます。こちらこそ宜しくお願いいたします」
軽い握手を交わして視線を合わせると、漆黒の大きな瞳に目尻の先にあるホクロがとても印象深かった。
「レンファは耳飾りを見て分かるようにルビリエ国の出身なの。だけれど現在はご主人の国籍に入られて・・、確かエメラードの方だったかしら?」
「ええ、夫はエメラード国の人で、現在は故郷のエメラード城の支部に赴任しています」
「あらじゃあ遠距離婚なのね」
耳飾りをよく見ると右耳は紅玉のルビー、左耳は翠玉のエメラルドの石が嵌め込まれている。
国際結婚をした人たちはこういう耳飾りの着けかたをするのか、と勉強になった。
「でも本部にもやっと新人が配属されたんですね」
「そうなの。ミクルちゃん以来だから4年振りかしらね」
・・?どういう意味だろう?
2人の会話を興味深く聞いていると、おい、というカイドさんの声で会話が止まった。
「なげぇよ。いつまで話してんだよ。さっさと飯行こうぜ」
「カイドは相変わらず口が悪いのね」
ふふふ、とレンファさんが笑いながら調査室を出ようとするカイドさんの背中に向かって話しかけるがカイドさんは右手をひらひらと振りながら1人で調査室を出て行ってしまった。
私とマリノさんはレンファさんに挨拶を済ませ、食堂へ向かうカイドさんを急いで追いかけた。