〜第一章〜見習い保安官ジュリ、始動4(改)
「くあーっ、しんどい!」
山頂付近のルートを調べに行っていたカイドさんが愚痴を溢しながら降りてくる。
「お疲れさまです」
「どう?ルートは見つかった?」
上を見上げると改めて急な斜面だなと感じる。
「ああ、途中に重いものを引き摺ったような跡と、この山の裏側に馬車が通れないほどの細い山道があった。恐らく旧道だろう。方面的にカザリアに通ずる裏道のようなものだと思う」
「カザリア・・、クルリドの隣の街ね」
「少し距離はあるが馬ならすぐだろうな」
このルビリエ国に明るくない私は頭の中で地図を思い浮かべる。
確かカザリアは小規模の街でこれと言った名産品のない、だけれども川沿いにあって川魚の養殖が盛んな街だと学んだ記憶がある。
「まぁ気付いた以上は行って調べないといけないわね」
「そういうことだ。ジュリ、そっちは何か見つかったか?」
「あ、ええと、ケパコスが・・、もし黒い鉱石がジルサミアだったとしたらケパコスもないとおかしいのですが、それらしい鉱石は見つかりませんでした」
赤い鉱石は山の中で目立つはずだ。
それなのに赤い鉱石を見つけることができなかった。
それは何故なのだろう・・?
もしかしてジルサミアではないの?
いや、でも黒く虹色に光る鉱石はジルサミア以外にないはずだし・・
頭の中をグルグルと回転させるが答えは見つかりそうもない。
「大丈夫よ。今すぐに分かる必要はないわ。一つ一つ調べていけば良いの。目ぼしい物は採取したのだし、次の段階に移りましょう」
俯いて考え込んでいる私の背中をポンとマリノさんが押してくれた。
そっか・・、わからない事があっても良いんだ。
すぐに白黒つけたがりがちな私にはハッとさせられる、とても為になる言葉だった。
「カザリアに行くのは改めた方が良さそうね。今から行ったら夜になってしまうわ」
「だな、明日にでも向かうか」
夜の山道は暗く危険が伴う。
山には野犬もいるし、夜行性の肉食動物も活発になる。
何より騎士団や自警団の巡回も数が減ると聞いた事がある。
「クルリドの支部に戻ってジルサミアやカザリアの情報を集めましょう」
「・・あの、クルリドの関所には書庫はあるでしょうか」
ジルサミアやケパコス、これらの情報がもっと欲しい。
こんなに危険な鉱石、どうしてあの時にもっと深く調べておかなかったのだろう。
今更後悔しても遅いのはわかっているが、それなら今からでも徹底的に調べたい。
「関所にも書庫はあるけれど、蔵書数は多くないわ」
「そうですか。調べたいことがあるのですが・・」
「まず関所の書庫で調べてみて、もし不足があるようなら言ってくれ。もしかしたら伝手を頼れるかもしれん」
それはありがたい。
関所の書庫に鉱石について詳しく記した書物や文献なんてないだろうし。
一旦クルリドの関所に戻るため来た道を戻る2人の後に続いて私もゆっくりと慎重に山を降り始めた。
初日の現地調査を終えてクルリドの関所に戻って来たのは太陽が沈みかかる午後の遅い時間だった。
「荷物を部屋に置いたらすぐに支部に向かいましょう」
「俺は昨日は支部長に会わなかったからな。会うのは半年ぶりだな」
急いで荷物を置いて関所の西にある支部に向かうと、こぢんまりとした部屋に幾つかの机が並んでいる。
規模は小さいけど雰囲気は本部と似た感じなんだなぁ。
支部というけれど、パッと数えた限り席は10を超えるくらいだろうか。
この人数で国境の拠点を回せるのだろうか。
「クルリドだけじゃなく、国境なんかの支部はどこもこれ位の規模なのよ」
私の疑問を見透かしたかのようにマリノさんが教えてくれる。
「各国の城にある支部はもっと規模が大きいわ。調査員だけじゃなく治安部や諜報部なんかも併設しているから」
「そうなんですか。この人数で支部は回るんですか?」
「そうね、何か事件や事故があると私達のように本部から人員が派遣されるからね。先遣隊としての人数ならこれくらいいればなんとかなるわ」
そんな会話をしていたら「よお」と後ろから声をかけられた。
「シュルス支部長、お疲れさまです」
マリノさんとカイドさんが敬礼をするのを確認すると同時に私もそれに倣う。
この方が支部長・・
肩まであるブロンドヘアを後ろでまとめた髭面の恰幅の良い男性。
恐らく40歳前後かな?随分と大きいなぁ。
「マリノは昨日ぶりだな。カイドはお前随分と久しぶりじゃないか」
笑顔でカイドさんの左腕をぽんと叩いてカイドさんも笑みが溢れる。
「それで、君が新人のジュリだね。ようこそ、クルリド支部へ。私は支部長のシュルスだ。今後職務を共にすることもあるだろう。よろしくな」
そう言って差し出された右手を握り返し会釈をすると優しい笑顔を返してくれた。
「どうだ、調査の方は」
そう言いながらシュルス支部長は奥の机に向かいそこに腰掛ける。
部屋の一番奥、ここが彼の席なのだろう。
「まだ第一段階の調査で更なる調査が必要ですが、土砂崩れにはジルサミアが使われた可能性がありそうです」
現場にて採取した幾つもの採取物をシュルス支部長の机に並べながらマリノさんが続ける。
「うちのチームのジュリが鉱物学を学んだそうで、ジルサミアに関する知識を持ち合わせていました。それで気付いたのですがジルサミアの持つ性質によって人為的に土砂崩れが起こされたのではないかという方向で調査を進めようと考えております」
1日の調査で調べられることはそう多くはない。
ましてや今日は初日だった。
まだ分かっていない部分が大半だ。
それを少しずつ、でも確実に調査して原因を突き止めていくのよ、とクルリドへと戻る途中マリノさんが話してくれた。