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05 王妃達と偽の聖女の第四王女。



 女神様曰く、邪神の悪しき力の影響で、偽の聖女が崇められて、真の聖女である私は殺され、運命共同体の真の守護聖獣も息絶えた。

 女神様は私の時間を巻き戻してくれたが、想定外なことに、私の前世の記憶まで取り戻すイレギュラーが起きた。そのせいで何か不都合が起きるのではないかと不安だった。

 例えば、聖なる魂を持つ聖女として資格が失われるとか、運命の繋がりがある守護聖獣を見つけられないだとか。


 前世はしがないコミュ障のオタク女だったから、ドアマットヒロインだった一度目の私と同一かと問われると悩むところだった。


 でも、こうして一人目の守護聖獣を見つけることが出来たのだから、前世の記憶を取り戻したイレギュラーは問題にはならないと前向きになることにした。


 私を冷遇する使用人の巣窟であった離宮を、婚約者の実家、バルムート公爵家の介入で整理が出来たのだが。


 王城を管理する王妃が黙っているはずもなく、本城でバルムート公爵家が手配してくれた教師の教育を受けるために移動していた時に、王妃の侍女に呼び止められてしまった。

「王妃様がお呼びです」と。


 側室の子である私に拒否権などありはしない。


 バルムート公爵家から手配された護衛騎士の片割れに申し訳ないけれど、教師に王妃に呼ばれたから遅れるという伝言を頼んだ。


「……ルーチェ様」


 緊張を含んだ声でレイチェラが呼ぶ。

 王妃が私を嫌っているのは、王城の者なら周知の事実だ。社交界でも露骨ではなくともバレているはず。

 なんせ、国王の浮気の証拠とも言えるのだ。それが暴漢に等しい行為だったとしても、恨みの矛先は私に突き刺さっている。現に離宮に追いやられて犯罪が横行する巣窟になるほど放置されたのだから。


「大丈夫よ。コントロールして」

「……はい」


 嫌われているとはいえ、表立って暴力を振られることもないだろう。

 今、バルムート公爵家の護衛騎士も一人だけどついているし。


 今一番気を付けるのは、なんらかの拍子でレイチェラが青い光を出さないか、である。

 レイチェラは気を引き締めた顔で頷いた。かくいう私も聖女っぽい現象を不意に出さないことを祈るばかりだ。



 案内される場所が王妃の庭園だとわかり、腹違いの姉妹もいるだろうと予想がついた。

 予想通り。王妃のプライベートスペース、庭園の東屋のテーブルで彼女達はお茶を楽しんでいた。


 セレノチエーロ王国の王妃、デリシャーリス殿下は紫寄りの銀髪をゴージャスに盛り付けた髪形で優雅な紫のドレスで着飾ってお茶を啜っている。瞳は黄色。

 その右隣にいるのは、王妃によく似た容姿の第一王女エリローズ殿下。18歳。そのまた右隣には第二王女で、水色の髪で意地悪に目がやや吊り上がって笑っている第二王女アイユーリス殿下。17歳。


 そして、王妃の左隣に陣取っている末の妹こそが偽の聖女。ライトブルーのストレートヘアと赤みの強いオレンジ色の瞳を持つ第四王女リリスアン殿下。10歳。


 慈愛に満ちた笑みを貼り付けた彼女を前にすると、じっとりと嫌な汗が込み上がる。『一度目』に私を殺害した犯人だ。恐怖するのも仕方ない。


「ご機嫌よう、王妃殿下。第一王女殿下、第二王女殿下、第四王女殿下」


 カーテシーを披露して、挨拶をする。義母様と呼ぶ許しはもらっていない。お姉様と呼ぶ許しもだ。


「あなたはご機嫌ではないでしょう、第三王女」


 王妃が私を第三王女と呼ぶように、言外に家族ではないと拒否感を出しているのである。身内などとは認められていないのだ。


「離宮に多くの罪人がいたと発覚したそうね。なんてこと。あたくしの目が届かないとはいえ、信頼していた侍女長だったのに許しがたい。厳罰はしっかり処すわ」


 つまりは王妃には全く非はないと、暗に含ませているのか。自分は関与していない。悪くない、と。


「ありがとう存じます」


 私はそれだけを返しておく。特に文句を言うつもりもない。早く解放してほしい。

 私の分のお茶の席も用意する気もないのだから、長く引き留めないでほしい。


「お姉様。どうして、あたくしを第四王女殿下だと呼ぶの?」


 そこで第四王女リリスアン殿下が口を開いたから、ひやりと焦りを覚えた。


「リリスアンと呼んで?」


 どの口が言うのだろう。それで呼んだら呼んだで『本当に呼ぶなんて何様なの?』と嘲笑うくせに。


 冷遇された側室の姉でも仲良くしようと手を差し伸べる心優しい聖女である第四王女を演じているだけ。

 見下して虐げて笑う残虐な子だと、私は知っている。


「ありがとう存じます」


 私は精一杯の笑顔だけを見せて、のらりとかわす。


「ところで、あなた。オフシーズンにバルムート公爵領に行くそうね」

「はい。いずれ嫁ぐ場所をこの目で見る機会を公爵閣下にいただきましたので、公爵領へ向かうことになりました」

「……そう」


 王妃はポーカーフェイスを保っていたが、どことなく気に入らなそう。でも私はバルムート公爵閣下直々のお誘いだと口にしたので、文句がつけられないのだ。


「いいご身分ね。あたくしも公務を割り振られて忙しいというのに、あなたは旅行なの?」


 フン、と面白くないと鼻を鳴らす第二王女のアイユーリス殿下。彼女なのよね、一番私に仕事を押し付けてきたのは。自分が楽したいからと大半の仕事を押し付けてきた。


 我関さずといった風にケーキを食べている長女のエリローズ殿下も、雑務は丸ごと私に投げつけてきたっけ。なんて考えていれば。


「そうだわ。それまであたくし達の公務の一部を手伝ってくれないかしら?」


 と、エリローズ殿下が口を開いた。問いかける口調ではあるが、実質私に拒否権はないと考えているはずだ。


 王女達の公務を手伝い始めたのは、だいたいこの年齢だった。そう提案されるのは、必然とも言える。


「……何故でしょうか?」


 でも、私は引き受けるわけにはいかない。


「“何故”? 手伝わないということ?」


 王妃の声が鋭利に尖った。


「そんな。私如きが手伝える仕事があるとは思えず……。だって、とても優秀な第一王女殿下と第二王女殿下が、私なんかに手伝いを求めるなんておかしいと思ってしまいまして。猫の手も借りたいという状況に追い詰められているのですか? 大丈夫ですか?」


 私は震える自分の手をキツく握り締めて鼓舞し、心底おかしいと思っている演技で尋ねた。

 冷遇されている側室の王女の手を借りなければならないほどに、仕事は大変なのか。

 そう思われた第一王女も第二王女も、顔をカッと真っ赤にした。


「そんなわけがないでしょう」と、ぴしゃりと言い放ったのは王妃だ。


「そうよ。優秀なのだから、第三王女の手伝いなど不要。そうよね? エリローズ、アイユーリス」

「「はい、お母様」」


 キッとした鋭い視線を受けて、二人の王女は背筋を伸ばして返事をした。


「では、不要な私めはバルムート公爵家が手配してくれた教師と授業がありますので、御前を失礼します」


 ここで退室だ、と私はお辞儀をする。ちゃんと許可を得て庭園をあとにした。


 はぁ~、と脱力。なんとか仕事漬けのフラグをへし折れた。まだまだ油断は出来ないけれど、一歩前進だと思うことにする。下手も打つこともなく、王妃達との対面を乗り越えられた。


「お疲れ様です、ルーチェ様。頑張りましたね」


 廊下の後ろからそっと声をかけてくれるレイチェラに、ありがとうを込めた笑顔を見せておく。

 しかし、まだ危機を脱していなかった。


「お姉様ぁ~」


 リリスアンの声が聞こえてきて、体内の血液が凍り付いた気分だ。


「お姉様とお話があります。少し離れてください」


 追いかけてきたリリスアンは、レイチェラと護衛騎士にそう言う。私の許可も得た二人は、少し離れた廊下に立った。


「お姉様ったら、とっても酷いのですね。エリお姉様とアイお姉様が困っていたのに、手伝いを断るなんて」


 あたくし、悲しい……。と言わんばかりの表情を作るリリスアン。


「でも私では力にはなれないでしょうから」

「力になれるなれないじゃなくて、手を差し出さないと。あたくしみたいに聖女ではないお姉様にはわからないわね」


 ……偽物のくせに。

 力になるなれないではなく、手を貸すべきだったと言いたいのだろう。

 偽善だな。私に犠牲になってほしい、ただそれだけなのだろう。それはリリスアンにとって、笑いのタネになることだから。


 チラリと、リリスアンについてきた一行を見やる。

 神殿から派遣された聖騎士が二人、近衛騎士が二人。

 そして、くだんの宮廷魔術師が一人。真っ青な髪色を三つ編みに束ねた男性。目が合っても、『一度目』の死の恐怖しか感じない。絶対彼は偽物だと割り切ることにした。


「ルーチェ様」


 そこで聞こえてきたのは、私の婚約者のエル様の静かな声だ。


 振り返るとこちらに歩み寄ってきた。私のそばにリリスアンが立っているから、焦りがぐさりと刺さった。

 エル様に執着していたリリスアンが、出会ってしまった……!



 

2024/05/12

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