04 一人目の守護聖獣。
「落ち着いて聞いてほしい。あなたはね、レイチェラ。私の守護聖獣なの」
単刀直入しすぎたせいか、レイチェラは反応がなかった。ポカンとしている。
「……しゅご、せいじゅ……? それは、聖女様に仕える、あの?」
やがて、動き出したレイチェラが恐る恐ると確認してきた。
倒れてしまう予感がして、私はレイチェラの手を引いて、ベッドにまで座るように促す。
一度は抵抗したけれど、聞かされたことが衝撃的だったのか、レイチェラは王女のベッドに座った。
「私が真の聖女なの……それで、レイチェラは多分、青の守護聖獣。今朝の光りで見えたの。レイチェラの背後に熊のような守護聖獣が見えたわ」
「……くま…………え? ルーチェエルラ殿下が真の聖女? つまり、第四王女殿下は……」
「落ち着いて。偽物なのよ。女神様から聞いたの」
パニックを起こさないように、もう一度落ち着いてほしいと声をかける。
目に見えてレイチェラは、オロオロと目を動かし出した。
コミュ障の私も、あがり症で動揺して口がもつれそうになるのを堪える。私も、落ち着いて。
「私も聞かされたばかりだから、どうすればいいかわからないけれど、先ずはこの二つを呑み込んでほしい。あなたは守護聖獣、そして私は真の聖女」
「……私は守護聖獣……ルーチェエルラ殿下は真の聖女……」
コクン、と頷くレイチェラは、ただただオウム返ししただけのようで、完全に呑み込めていない様子。
大丈夫かな、と伺いつつも、続きを口にする。
「邪神の悪しき力が働いているから、偽の聖女と偽の守護聖獣が認識されて、様々な運命が狂わされているって、女神様が仰ったの。真の聖女である私は、真の守護聖獣を見つけ出して、そして正しい運命を取り戻さないと」
それが私がすべきこと。邪神の悪しき力で狂わされた運命を正して、多くを救う。
「っ、っ!! で、では、国王陛下に進言を!」
興奮で顔が真っ赤になったレイチェラは、私が真の聖女だと明かすべきだと言い出した。
「だめよ、レイチェラ。私が冷遇された王女に変わりはないの。今聖女として称えられているのは、愛されている第四王女よ。形勢は不利なの。今のままでは邪神の悪しき力で負けるわ」
ふるふると頭を左右に振った。レイチェラも十分理解出来るのか、「あっ……」と声を零して俯く。
「だから、お願い、レイチェラ。一緒に力をつけて、立ち向かって」
「ルーチェエルラ殿下……。私にその力があるのならば、ぜひとも一緒に振るわせていただきます」
ずっと握り合っている手が震えていたけれど、強い決意を込めた目付きでレイチェラは答えてくれた。
レイチェラも立ち向かってくれる。偽聖女が愛されている王女であっても、邪神という計り知れない敵だとしても。
「今朝誓ったように、私はいつまでもルーチェエルラ殿下のおそばにいます!」
そう宣言すると、また光った。
今度は青い光である。思わずと言った風にレイチェラが手を放せば、光りも落ち着き、消えていった。
「青い光……今のは守護聖獣の力? それとも、聖女の?」
「多分……青い光だから、守護聖獣かな……。私も詳しくないから、わからないけど、予想だと……もしかしたら、『そばにいる』って決意が反応したのかもしれない」
一度目でも、聖女については常識範囲のことしか学んでいない。だから、予想しか言えない。
「今朝も今も、レイチェラは『そばにいる』って誓ってくれたでしょ? 守護聖獣って、聖女を守護する聖なる獣の運命の魂を持つ者のことを示す。運命共同体で、聖女が命を落とすと守護聖獣の六人も息絶えると言い伝えがあるもの」
『聖女』の『そばにいる』という意志が、守護聖獣の力を覚醒させたのかもしれないと思った。
「な、なるほど! つまりはルーチェエルラ殿下への私の強い忠誠心が、守護聖獣としての力を目覚めさせたのですね!」
ふすんふすんっと鼻息荒くするレイチェラは、二つの拳を固める。
「それが本物の守護聖獣を見分けるきっかけになるのかもしれないね。真の聖女と真の守護聖獣が真に出会うのは、その忠誠心にあるんだと思う。それが覚醒にも繋がるんだろうね」
これはいい情報だ。全くヒントなしとも言えないわけか。
一人、心当たりがある。
『一度目』は、第四王女の守護聖獣候補として護衛騎士を務めた人物。彼も青の守護聖獣だと思われる。
守護聖獣は色があるように、それが特徴なのだ。
魔法もあるこの世界。人々には魔力がある。魔力の色は個性のように違うこともあるが、大抵は色があまりない。でも、守護聖獣の力の場合、はっきりと青や赤の色が現れると言い伝えられているので、それが守護聖獣の目印になっていた。
しかし、守護聖獣でなくとも間違えられる。
現に、『一度目』に第四王女に仕えた守護聖獣と名乗る宮廷魔術師は、青色の魔力が特徴的な人だったから、守護聖獣認定されていた。
確か、今もすでに青の守護聖獣として仕えているかもしれない。しかし、あれは魔力がたまたま青色だからだと思う。偽の聖女に仕えて、守護聖獣だと名乗っているのだから……。
それに、私を毒殺しようとした時、彼は第四王女と一緒にニヤニヤと見ていたのだ。
思い出すだけでも、ゾッとする。彼は違うと確信出来た。本物じゃない。
その点、私が本物だと目星をつけている護衛騎士の彼は、守護聖獣候補として第四王女のそばにいたが、護衛騎士を全うしているだけの様子だったのだ。
第四王女にも、偽の守護聖獣にも、慣れ合いをしていなかった。
きっと彼は、私が毒殺された時に、同じく倒れたと思うと申し訳なさも覚えてしまうわ……。
「もう一人、青の守護聖獣らしき人物がいるの」
「その方を、味方に引き入れるのですね!」
「簡単ではないわ……。来月行われる剣術大会に参加する騎士よ……」
「えっ、それって……第四王女殿下の……守護聖獣候補を選ぶ目的だと噂の……?」
もう一人、仲間が見つかると喜んだが、レイチェラはすぐに青褪める。
そう。来月行われる王家主催の剣術大会は、偽の聖女である第四王女のおねだりで叶えられたものだ。
強い守護聖獣候補が欲しい、と。もしかしたら本物も見つかるかもしれない、と期待して。
表向きは切磋琢磨する騎士達の腕試しの場ではあるが、目的は第四王女の守護聖獣候補選びの場。
そこに参加し見事優勝する新人騎士こそが、くだんの護衛騎士だ。優勝後、第四王女に乞われて守護聖獣候補の護衛騎士となった。
つまり、優勝者の取り合いを偽の聖女としなければいけないのだ。
「……時間はあるわ。それまでに説得する方法を考えましょう」
「説得する方法ですか……真の守護聖獣だというなら、きっと大丈夫です! 真の聖女のルーチェエルラ殿下ならば!」
「ありがとう……」
そうだといいけれど……。そう信じたい。自信がないのは、『一度目』の気弱さと、前世のコミュ障にありそう。
「それでね、レイチェラ。私も神殿の書物とかでなるべく調べようとは思うのだけれど、その前にレイチェラには守護聖獣の力が不意に漏れないようにコントロールしてもらいたいの」
「え? こ、コントロール?」
「そう。さっきみたいに青い光が零れてしまっては、あなたが守護聖獣だとバレてしまうわ。みんなは第四王女が聖女だと思っているのだから、当然彼女の元に連れていかれてしまうわ」
「わわ、わかりましたっ! 今は身を潜めるべき時ですからね! 全力で青く光らないように努めます!!」
偽物なのに聖女だと崇められている第四王女の元に連れていかれることを想像したのか、真っ青になったレイチェラはぶんぶんと頭を振り回したあとに、コクコクと必死に頷いた。
「気を付けてね。でも万が一の時は対処法を考えておきましょう。今彼女が偽の聖女だと発覚させるのは時期尚早……忠誠を誓うフリをした方がいいわ」
「そ、そんな……」
「そうでもしないと、あなたの立場が危ないの。多分、本人は聖女の気になっているだろうし、他に本物の聖女がいて自分が偽物だと知った彼女を想像すると怖いわ」
「えっ……?」
第四王女の本性を知らないから、驚いた顔をするレイチェラ。
レイチェラの獄死を伝えた残虐な一面を思い出すと身の毛もよだつ。
「万が一の時は、とぼけて。時々青い魔力が光るって誤魔化すの。どうしてもだめそうなら、自覚はないことを強調して第四王女の守護聖獣になる方向で」
「……かしこまりました。そうならないようにいたしますね」
対処法を告げる私に、気遣いの眼差しを向けるレイチェラは、私から離れることを不安に思っている様子。
レイチェラが表立って取られてしまうのは、今の状況では痛い。まだレイチェラしか味方につけられていないのだ。レイチェラには、なんとしても隠し通してもらわないといけない。
「それで、レイチェラは何か身体の異変とか感じないの?」
「特にこれといって変化はないと思うのですが……。私の認識では、守護聖獣はその名に相応しく、聖女様をお守りするほどに強い聖なる獣の力を振るえる、というものです。今朝の光でも、先程の光でも、力が漲るような感覚はありません……そういうものなのでしょうか」
「んー。さっきも話したけれど、多分『そばにいる』っている忠誠心がカギだと思う。それから……参考になるかわからないけれど、今朝光った時、熊が見えたよ。レイチェラの後ろに」
「あ、仰ってましたね……くま……熊……」
イマイチ、ピンとこないのか、熊を想像するレイチェラ。
「力持ちそうでしたか? 私、力には自信があるんです。……もしかして、子熊みたいに可愛い系ですか?」
ふんす、と鼻息を荒く二の腕を叩くレイチェラだったが、関係あるかわからないけれど「うーん、強そうだったよ?」と正直に感想を答えておく。
レイチェラって気さくだったのね。ひたすら真面目さんなのかと思っていたわ。
「今はまだわかりませんが、必ずや、力をモノにしてみせますね!」
「頼りにしているわ、レイチェラ。私も聖女としての力をつけようと思う。当面はバレないように味方を集めて力をつけることよ」
「かしこまりました、ルーチェエルラ殿下」
「……ルーチェでいいわ、レイチェラ」
「愛称を許してくださるのですか……! ありがとうございます、ルーチェ様!」
感動で胸がいっぱいだと両手で押さえるレイチェラに「心配だから今夜はここで寝てね」と畳みかけたら、流石に絶句された。
今更ながら、王女のベッドに座っていることにあたふたしたが、問答無用で添い寝をしてもらう。
死に戻りから前世の記憶を取り戻し、悪質な離宮の環境改善が出来て、色々ありすぎて疲れた。
久しぶりの人の温もりの中であっという間に眠りに落ちた。
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2024/05/11⭐︎