02 エルドラート公子様。
第三王女ルーチェエルラの婚約者は、公爵領を持つ大貴族、バルムート公爵家の嫡子。
白銀の髪と金色の瞳を持つ美少年だ。少年時代の彼は、とても儚げな容姿の美少年だった。
でも、成長するにつれて、男性らしさを得て、中性的な美貌となって多くを魅了する青年となる。第四王女の妹も魅了された一人だ。少年だった彼のことは特に気にもしていなかったのに、成長した姿を見染めてアプローチをかけまくっていた。
でも、いくら妹が願っても婚約者の取り換えは効かない。
何故なら、私と彼の婚約は盟約で結ばれた政略結婚だったからだ。王家は第三王女をバルムート公爵家に嫁がせると、魔法の盟約で取り決めた。
彼が3歳の時、私、というか第三王女が生まれたというわけだ。
妹は何度も私の前で『もう少し早く生まれていればあたくしのモノだったのに!』と悔しがっていた。
その通りではあるが、私が第三王女である以上、盟約に従わなけば罰を受けるのは盟約にサインした私達の父親である国王陛下である。盟約の違反は激痛が走り、やがて死にも至るのだ。いくら愛娘のおねだりだとしても、決定が覆るわけがない。
彼本人が婚約者を変えてもいいと言えば、盟約はいじれるそうだが、その本人が首を縦には振らなかったので、私は安堵して彼に決定権があると主張した。それでずいぶん妹にいじめられたが。
レイチェラが守護聖獣だという事実を話さなければいけないが、そんな時間がないため、私は一旦置いといて朝食を取って、婚約者に会う準備を進めた。
レイチェラから今日は一体何年なのかを尋ねてみれば、レイチェラが獄死した一年ほど前、私は11歳の時代に死に戻りしたとわかった。そうなると、婚約者は今14歳ね。
私が死んだのは、今から五年後。五年前に戻ってきたということ。
婚約者と交流する場所は、いつも決まっている。本城の応接室の一つだ。手入れが行き届いていない離宮には一度たりとも通したことがない。冷遇を見せないためか、そう手配されている。
『一度目』も私は離宮の現状を訴えたことはない。
鈍感な人ではないから、薄々わかっていただろうけれど……。
婚約者と会う用にこしらえられた三着のドレスのうち、一着でなるべく着飾って、本城の廊下を歩いていく。応接室には、すでに婚約者はいた。
「ルーチェエルラ殿下……」
金色の瞳を隠しそうな長い前髪の白銀の髪と、儚げな美少年の美貌の持ち主。物静かな声で私の名を呼ぶ。
「エルドラート公子様」
確かこう呼んでいたはずだと、カーテシーを披露しておく。
私の婚約者、エルドラート・バルムート公爵令息は、彼が10歳になってから社交シーズン中は定期的に交流と称して会いに来てくれていた。オフシーズン中はもちろん会えない。彼は公爵領に戻ってしまっているからだ。社交シーズン中は、王都のペントハウスに滞在しているそう。
「……」
「……? どうかなさいましたか?」
「いや、なんだか違和感を覚えて……」
「違和感、ですか?」
どんなところに違和感を覚えたのだろうかと首を傾げてしまったが、私の方が身分が上なのでソファーに腰かけるようにジェスチャーを送って座った。
「エルと呼んでくれないだろうか? 婚約者なのだし、愛称で呼び合おう」
「えっ……!?」
びっくりして大きな声を上げてしまい、両手で口を押えた。
お、おかしい……!
私は結婚間近になってようやく『エル様』呼びを頼まれたのに、こんなにも早くにそう言われるなんて……『一度目』と違う。どうして?
「だめだろうか? ルーチェ様と呼んでは……」
「い、いえ……」
この頃からエルドラート様は私が年下だからとため口で話してもらっていたし、一度目は私のエル様呼びと同時に私のことは『ルーチェ』と呼ぶようになっていた。
ルーチェ様呼びなんだ……と衝撃を受けてしまう。
「では、お言葉に甘えて……エル様と呼ばせていただきます」
コクリと頭を振って頷いて見せた。
すると、安堵したみたいに柔らかな笑みを浮かべたエル様。
驚いた。あまりにも表情が動かない冷静沈着な彼が、笑ったから。
「ありがとう、ルーチェ様」
「い、いえ……これくらい……」
なんでこんなにもエル様は『一度目』と違うんだろうか。
ドキドキとする胸を押さえながら、混乱気味な頭で原因を考えた。
も、もしや、エル様も『一度目』の記憶を持っているのでは……!?
と、チラッと見てみたが、柔和にニコリとするだけで、私の死を目の当たりにして泣いた人物には思えない。
『一度目』の記憶を持っていればもっとこう……なんか、悲壮感とかありそうだよね!?
「……どうしたのですか? 急に呼び方を変えるなんて、何かありました?」
そう原因を直接探ってみることにした。
「何かあったわけではないんだけれど……ただ、そうした方がいいと思えたんだ」
金色の瞳をパチパチさせて柔和に微笑むエル様は、年相応の美少年にしか見えない。ドキドキが激しくなる。
嘘ではなさそう。一応、一度目の影響を受けている、とかなのだろうか……? 死に戻りしたのは、私だけなのよね? 女神様と守護聖獣の力を合わせて私だけが『一度目』の記憶を持って時を戻ったから。
結婚をしようとした私が死に追いやられて、優しくしたいとか、そう無意識に覚えているのかな。
「ルーチェ様、困っていることがあるなら言ってほしい」
「え?」
「私達はいずれ夫婦となる仲だ。私はルーチェ様の助けになりたい」
それも無意識の言動なのだろうか。
はっきり言って『第三王女ルーチェエルラ』は、この婚約者が好きだ。
結婚すれば冷遇する場所から掬い上げてくれる救世主だということもあるが、単純に心落ち着く相手だったから、好きだった。当然、私も好きという感情が胸の中で暴れている状態だ。
でも『一度目』の私は、そんな彼に助けを求めることに躊躇していた。煩わせたくないし、冷遇されているところを見られたくもなかったから。
けれども、考えたことはある。もっと早くに彼に投獄されたレイチェラのことを相談すれば助けてもらえたのではないか。レイチェラを助けられたのではないか、と。
「……助けて……くれますか?」
震える声を絞り出す。
先程はレイチェラを止めたが、根本的な解決はしていない。レイチェラがいないだけで食事量は圧倒的に減ったし、世話をしてくれる人もいなかった。冷遇がつらい状況に変わりない。
素直に助けを求めれば、助けてもらえるだろうか。勇気を振り絞って尋ねた。
エル様は優しく見守るような眼差しで見つめていたが、立ち上がると短いテーブルを挟んで私の手を取って包み込んでくれた。
「ありがとう、ルーチェ様。これで手を差し伸べられる」
優しすぎる言葉に涙が零れる。もしかしたら『一度目』も、彼は待っていたのかもしれない。
『助けて』の言葉を。きっと伝えれば、手を差し伸べてくれたのかもしれない。
「助けてください、エル様っ」
「うん。助けるよ」
ハンカチで頬を伝う涙を拭ってくれるエル様は、そう答えてくれた。とても心強かった。
「私の住まいの離宮はっ……仕事をサボる使用人ばかりですしっ、ただでさえ支給される離宮の維持費が少ないのに横領をする輩も多くて……唯一誠心誠意で働いてくれるレイチェラは侍女に昇格も出来ず、私の毎食の食事を確保することに奔走していましたっ」
涙ながらに私は離宮の現状を訴える。悲し気に眉を下げたエル様は、私の頭を右手で撫でてくれた。
「今まで頑張ったね、ルーチェ様。なんとかしよう」
励ましてくれるエル様の優しい金色の瞳を見て、また涙をポロポロと溢れさせて、コクコクと頷く。
泣きじゃくる私の隣に移動したエル様は、連れの護衛騎士の方々に指示を下す。
一方は、離宮の取締役である侍女長へ訪問するという知らせと、もう一方は離宮を取り締まるための人手の手配を公爵家でしてほしいと公爵夫妻に伝言を頼んだ。
泣いている場合ではないと、涙を引っ込めた。
応接室の前で待機していたレイチェラも呼ばれて、初めてエル様と挨拶した。『一度目』はなかった光景だ。
「私の婚約者に尽くしてくれているそうだな。具体的に教えてほしい」
私に見せた微笑みはどこにやってしまったのか、無表情に戻ってしまったエル様は淡々と尋ねた。
これがエル様だと思えるが、こうも無表情で淡々と問われると居丈高に感じてしまう。
でも実際、彼は大貴族の公子様だから、誰も文句は言えなかったのよね。
「はいっ。ありのままを正直に話させていただきます」
ゴクリを息を呑んだレイチェラは、意を決した表情をして頭を下げた。
私を気遣う眼差しで時折躊躇は見せたが、私が冷遇されている王女だからと軽んじた使用人達を告発してくれて、それから食事を用意するためにくすねていることも告白した。
罪の告白は私から情状酌量を願い出る。私のためだったのだと。もうしないでと頼んだばかりだと。
大丈夫、と目元を緩めて頭を撫でてくれるエル様。
そこで、離宮の侍女長がやってきた。かなり急いだ様子だ。
「バルムート公爵令息様! 離宮の御立ち入りはおやめください!」
「何故だ? 見られてマズいものでもあるのか?」
エル様はまた居丈高にしか感じ取れてない無表情で淡々とした様子で、侍女長に聞き返した。
怯んだ様子で言葉を詰まらせたのが答えだろう。しかし、なんとか取り繕う侍女長。
「王妃様の管轄。お許しになりません」と、王妃の威を借りる。
「私の婚約者である第三王女ルーチェエルラ殿下の住まいである離宮で横領と職務怠慢の疑惑がある。王妃殿下の管轄というのならば、直ちに調査の許可を願い出よう。いずれ、バルムート公爵夫人となるルーチェ様の住まいで犯罪が行われているのならば見逃せない。バルムート公爵家は許さない」
「っ……!!」
喉元に剣先を突き立てるかのように、エル様は鋭利に見据えた。
隣の私も冷え冷えと感じてしまったが、突き付けられたような侍女長は比ではないだろう。真っ青になってガクガク震えて崩れ落ちた。詰み、だ。
よもや王妃の許可の元で横領をしたと言えるわけがない。流石の王妃も放置はすれど、許可はしていないのだから。これ以上王妃の威を借りようものなら、王妃からも剣先が向けられるのは間違いない。
バルムート公爵家との盟約は当然知られている話で、バルムート公爵家に嫁ぐ身である私を冷遇した事実は、許されない罪だと今更理解したのだろう。隠したくて阻もうものなら、バルムート公爵家が国王に直談判して、さらに大事になる。国王の逆鱗に触れて、処刑待ったなし。
「行こう」
放心した侍女長と話は着いたと言わんばかりに、立ち上がったエル様にエスコートをされて、離宮へと戻った。
唐突な訪問者に欠伸をしていた警備兵は慌てて止めたが「私はバルムート公爵家の公子だ。それでも止めるのか?」とエル様が問い詰めたところ、怯んで引き下がったので離宮に入れた。
本当なら王女の私が権力を振り回した方がいいのにね……。それが出来れば、苦労はなかったのかもしれないけれどね。
「そこの者、離宮にいる使用人全員をここに呼べ。バルムート公爵家公子の命令だ」
離宮の玄関広間でテキトーな掃除をしていたメイドを捕まえるとそう指示をした。ここでもエル様は自分の権力を使う。おかげで、すんなりと不安げな顔の使用人達が集まった。
「私は第三王女ルーチェエルラ殿下の婚約者、バルムート公爵家の公子、エルドラートだ。こうして呼ばれたことに心当たりが多い者が多いだろう。君達の処罰は追って通達する。それまで手を抜いて働いてみろ、罪は重くなるぞ」
エル様は、容赦なく通告した。ざわっと騒がしくなる使用人達。
「そんな! 何かの間違いです!」と、女性が叫んだ。
「まだ罪を犯したと言っていないのに、身に覚えでもあるのか?」と、エル様に追及されて誰も何も言えなくなった。そう。まだ特定されていない時点で、無罪だとは騒げない。罪を認めたも同然となるのだから。
「部屋に案内してくれ、ルーチェ様」
「は、はい」
レイチェラと護衛を引き連れて、私は自分の部屋と案内した。王女の部屋とは思えない質素な部屋。
「私だけでは軽い掃除しか出来ず……」とレイチェラが頭を下げていると、メイドが何人か入室した。掃除すると言うが、今レイチェラがいつも一人でやっていることを打ち明けたばかり。悪足掻きだろう。
「あとにしろ」とエル様が突き放すと「ではベッドメーキングだけでも」と寝室に入ってシーツなどを持っていった。
「……ルーチェ様」
改めて向き合うと、また手を握り締めたエル様。
「助けてと、また言ってほしい。必ず助けてみせるから」
「……はい」
今日は泣きっぱなしになりそうだ。涙を落とさないように堪えて、私は頷いた。