15 恐怖の対象の王女。
四代目聖女は、王女だった。初代聖女様の血を引いている上、その外見が女神様に似ていることで、とても崇められたというけれど、治癒魔法で有力者の誰々を治癒したという功績しかなかった。
そもそもの基準、女神様と似た髪色と瞳の色の女性が聖女認定されている。平民もいるが、王族の血を引く公爵令嬢もそうだ。『奇跡』を起こしていない代わりに、歴史に残るほどの偉人を治療したと記録に残っている。
「この治癒を受けた偉人の家系を調べてみましょう」と、ウィリーオンが言い出した。
「可能なの?」
「我が家は文官の家系ですからね。そういう記録を閲覧出来る伝手くらいあるのです。王城ですけれど」
「では一緒に調べられる? ウィリーばかりに負担をかけられないわ」
「いいえ、適材適所。レイチェラさんはルーチェ様を侍女としてお支えし、ルーチェ様は王女と未来の公爵夫人としてのお役目を両立しながら、各々で力をつけるのです。自分は、文官の家に生まれて育ったこともあり、得意分野です。なので、お任せを!」
ウィリーオンはそう胸を叩いて見せる。
「それで徹夜されて体調を崩されたら心配だわ」
「大丈夫ですよ、王城で徹夜は出来ません。ちゃんと寝ますから」
安心させるように笑いかけるウィリーオンを信じるしかないようだ。
「わかったわ。くれぐれも無理をしないように」
「かしこまりました、我が聖女様」
胸に手を当てて、深く一礼するウィリーオンは芝居がかっててイマイチ信用出来ないが、引き下がることにした。
片付けも任せて、帰ろうと書物庫を出ると。
「お姉様!」
天敵がそこにいて心臓がギュッと縮まった。
偽の聖女、第四王女のリリスアンだ。
「いらっしゃっていると聞いて会いに来ちゃいました!」
無邪気に笑いかけるリリスアン。
「わざわざありがとうございます、第四王女殿下。お忙しいでしょう、私のことはどうぞお気になさらず」
「酷いわ、お姉様! 第四王女殿下だなんて、いつもいつも他人行儀。リリスアンと呼んでほしいと言っているのに」
うるりと赤みの強いオレンジ色の目を潤ませて傷ついた反応を、周囲に見せつける。私を悪役に仕立てて。
「そんなことはありませんよね? 仲のいい姉妹なのですから」
口を挟んだのは、護衛騎士の男性だ。金髪で紫色の瞳。凛々しい騎士らしくも細身の体型の美丈夫だ。
リリスアンのお気に入りの騎士であり、剣術大会の準優勝者。そして、『一度目』のリリスアンの赤の守護聖獣と認定されていた騎士だ。イースター侯爵令息のボイド。
この人もまた、『一度目』の私の死には関わってはいなかったが……。私にとって彼は、悪意なき敵だ。正直良い感情なんて、ない。
「リリスアン様もこう仰っているのですから、呼んであげてください。ルーチェエルラ殿下」
偏見なんて持っていない善人の笑みを向ける。彼はこうして良かれと思って善意で仲を取り持とうとするのだ。その後、私が呼び捨てたことをリリスアン本人がバカにしてくるとも知らず。『一度目』はただただ無用なお節介をする彼にいい感情を持っていなかったレベルだったが、今の私には不愉快極まりない偽善者にしか思えない存在だった。
「イースター卿。私はあなたの発言を許した覚えがありません」
「えっ」
「名を呼ぶことを許した覚えもありません」
「も、申し訳、ございません。第三王女殿下……」
人がいい性格をしているからと言って、気安く話しかけても許されると思ったら大間違いだ。イースター卿は傷ついた顔で謝罪を口にする。全くもって不愉快な人だ。
「酷いわ! お姉様! あたくしの騎士に!」
「でも、当然の礼儀だわ。そんなことも知らないなんて、王女の護衛失格なんじゃなくて?」
「酷い! 酷いわ!!」
ニコリと笑いかける私に対して、リリスアンは泣き真似をするが両手で隠す目は私を睨みつけている。
私如きが自分の護衛騎士に謝罪させていることが許せないのだろう。
彼女を触発するのは、ヒヤヒヤする。将来、私を殺した犯人だ。恐怖も覚える。
でも震えるな。俯くな。
「そんな、酷いなんて言わないで。リリスアンのためを思ってのことなのよ? だって、あなたの護衛騎士が礼儀知らずなんて、あなたが恥をかいてしまうでしょ? 余計なお節介だったの? そんな……」
私も涙声を絞り出して、可哀想な風を装う。『あなたのことを思ってのことなのに、どうして責めるの?』と、落ち込む様子を見せる。
ピクリと眉を震わせたリリスアンの表情をそれ以上は見ずに、視線を足元に落とす。
正直言って、内心ハラハラしている。どこまでリリスアンの許容範囲か。
見極めないと。コミュ障にはハードルが高い駆け引きだ。敵の我慢の限度は、どこまでか。
「申し訳ありません! リリスアン様! 自分のせいです!」
耐え切れずにリリスアンに謝ったのは、イースター卿だった。跪き、頭を下げる。
はい、ここで退場!
「じゃあ、リリスアンにあとは任せるわ。先に帰ります」
すかさず、私達はこの場を離脱させてもらった。
「ふぅ……怖かった」と、思わず呟いてしまう。
「燃やします?」と、目をギラッとさせるウィリーオンに、首を振って見せた。
「これ以上刺激すると怖いもの」
「「……」」
リリスアンの怖さは私以外にはわかりにくいだろうけれど、怖いものは怖いのだ。
あの子の癇癪の爆発はごめんである。ガクブル。
「じゃあ、ウィリーオン神官。無理をしないように」
「かしこまりました、気を付けます。ルーチェ様」
神殿入り口でウィリーオンと別れる。手に胸を当てて丁寧にお辞儀をしたウィリーオンに手を振って、馬車に乗り込んだ。
どこまで刺激していいのか、ツンツンして確認。
そろそろ爆発するのでは……!?
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2024/06/13◇




