13 頭の悪い小物の王女。
バルムート公爵家から臨時で就いてもらっている侍女達の情報網は素晴らしいもので、今の一番の話題は『第三王女とバルムート公爵家のエルドラート公子の溺愛買い物デート』で持ち切りだという。
冷遇されて日陰の身の第三王女にスポットライトが当たった。
それが面白くないのは、同じ王女である姉妹だ。あと王妃も、はらわた煮えかえっているところだろう。
しかし、その中で一番浅はかなのは第二王女のアイユーリスだ。
離宮の庭園の手直しの計画を、同じくバルムート公爵家から派遣してもらった庭師と相談していたところ、第二王女は襲来してきた。取り巻きの令嬢達も引き付けて。
「あなた、生意気よ」
扇子の先を突き付けて、なんとも頭の悪い絡みをしてきた。
本当に頭が悪い絡み方だ。
これが第四王女のリリスアンならば、取り巻きも使用人も引き下がらせてから物申してくる。彼女は徹底して、愛される可愛い王女でいるのだ。些細な目撃者にも気を付けて、存分に私を虐げて嘲笑う悪魔。その本性をむやみに露見させたりしない。
アイユーリスは、同レベルの令嬢達を味方につけて一緒になって嘲笑って、勝ち誇った気になっている。
使用人なんて下々の者という認識で視界に入れない。
しかし、間違っている。ここにいる使用人は、本城にいる自分の味方の使用人ではないのだ。バルムート公爵家の使用人であり、私の味方である。プロである彼らは、敵対姿勢を見せることなく、淡々と作業を続けているけれどね。
「婚約者に溺愛されているなんて言われて調子に乗らないでちょうだい! どうせ宝石を買う予算なくて、買ってほしいって泣きついただけでしょ! それが顛末なんだから、あなたが愛されているなんて勘違いをするんじゃないわよ!」
予算がなくてアイユーリスほど浪費が出来ないのは事実だが、決してあの買い物は私がねだったものではない。そして、ここにいるのはバルムート公爵家の使用人達だってば。アイユーリスの頭の悪さが露見しすぎていたたまれない。
後ろに侍らせている令嬢達も同レベル。
クスクスと笑って煽っているようだが、各実家はバルムート公爵家には敵わないのだから、悪手である。第二王女の取り巻きになって、気を大きくしているのだろう。王族がバルムート公爵家に頭が上がらない情勢だということも、知らないのだろう。残念な一行である。
「ごめんなさい、第二王女殿下。仰っている意味がわかりません。溺愛がなんでしょう? 私の婚約者が、何か?」
私はニコリと微笑んで小首を傾げる。それに面食らうアイユーリス一行。
「それより、第二王女殿下。以前、仕事が忙しいという話をしていませんでした? 私にまで手伝ってほしいみたいなことを……結局、私の手を借りずとも仕事は自分で行うそうですが、今こうして散策しているように大丈夫なのですよね?」
アイユーリスの仕事の進捗を心配する風に言葉を並べて見やる。
つまり、“噂を確かめに来るほど暇なんですか?” “その冷遇されている王女の手を借りたいくらいに仕事忙しいって言ってませんでした?” “仕事、した方がいいんじゃないですか?” という意味。
それがちゃんと伝わっているかは定かではないが、私に仕事を手伝わせようとしたことを取り巻きの前で暴露されて真っ赤になるアイユーリスは顔を扇子で隠す。
「フン! そうよ! 暇じゃなくてよ! 社交界でどんな噂があるかも知らないあなたと違ってね!」
知っているがとぼけただけだ。それも見抜けずに、負け犬の遠吠えをしてアイユーリスは取り巻きを連れて引き返していった。
「……よいのですか? ガツンと溺愛されていると自慢されてもよかったと思うのですが」
「でき……いえ、いいのよ。牙をしっかりへし折れる時にガツンと反撃するべきなの。……小物だし」
ずっと日傘を差してくれているレイチェラが不満げだから、溺愛自慢は置いといて、本音をポロッと言ってしまう。
「賢明な判断ですね」と、同じくそばに立っているミワールも、アイユーリスは小物だと同意した気がする。
小物感溢れる頭の悪い一行だったが、それでも優遇された王女の一人だ。
私はコミュ障だから加減わからず、追い込みすぎて噛みつかれる失敗はしたくない。怪我したくない。かと言って、ドアマットヒロイン演技もしんどいので、今くらいがちょうどよかったのだと思う。
それより、庭園の整理なのだ。あれもこれも新調しなくてはいけない。予算内に収められるように調節をして、なんとか見栄えのいい庭園に手入れしてもらわないと。
『一度目』の記憶を頼りに、バルムート公爵家と縁深い貴族達との交流をしようと思う。外堀を埋めようと、リリスアンもその貴族達と交流をしようと阻んできたけれど、今回は先に親しくなっておこう。まぁ、そういう交流なんて『前世のコミュ障の私』が拒否反応を出して気持ち悪くなりそうなんだけれどね、吐きそう。
しかし、現実問題、将来は公爵夫人になるのだから必要である。
いつまでもエル様に抱っこ状態ではいけない。頑張らないと。
ウィリーオンに調べ物を一任している間、私は離宮の管理をしつつ勉強に励んでいた。
私もレイチェラも、力のコントロールをしようとしているのだが、未だ私は聖女の力とやらを感じずにいるし、レイチェラもいかにも“守護聖獣の力です”の半獣人への変身以外出来そうになくて、今のところ封印中である。人目があるところで絶対にさせられない。偽の聖女の元に連れ去られてしまう。
エル様はお菓子を手土産にまた訪ねてきては、進捗報告を聞きに来てくれた。
「最近、私達のことが話題になっているらしい」
そうですね、あなたの爆買いのおかげ様です。
「それで君を伴ってのお茶会へ招待されることが多くなったんだ」
なんすと!? 『一度目』では実現不可能だった離宮でのお茶会を開く前に、逆に招待されているですって……!?
「ルーチェ様とお茶会に参加したかったが、今は忙しいだろう? 断っておいたが、だめだったか?」
「い、いえ……確かに離宮の管理で手一杯ではありますが……。社交界はするべきですから、難しいところですね。私もエル様にエスコートをされてお茶会に参加したかったですし」
今すぐ無理することない、と必死に言い聞かせておいて、紅茶を啜る。私はまだ11歳だし、年齢を考えても断ってもおかしくない。ただ、婚約者のエル様が14歳だから、社交界に引っ張りだこの年齢。パートナーを伴う参加は必須なことも多い。『一度目』は少なかったけれども。だからこそ一緒に参加したい気持ちが逸る。落ち着け。
「そうか、ルーチェ様もそう思ってくれて嬉しい」
エル様は、やはり私に微笑を見せる。
「考えてみたが、公爵領でお茶会を開かない?」
「え? こ、公爵領で、ですか? 私が?」
「うん。君主催でも、君と私主催にしてもいい。公爵城のサロンで開くといいよ。公爵領に帰省する貴族も多いし、天気がいいなら参加者も多いだろうからね」
天使が救世案をくれた。
それならば、バルムート公爵家と縁深い貴族と一度に多く交流が出来るじゃないか。王都に戻ってきても結んだ縁を活かして、どんどん社交していけばいい。なんて名案。
「ぜひそうしたいです! お願いします、エル様! 一緒にお茶会を開いてください!」
「うん。私も喜んで」
ニコッと頷いてくれるエル様に、私もニコッと嬉しくて笑みを返す。
「ところで、また神殿に行くそうだね。明日」
「はい」
筒抜けね。でもしょうがない。なんせ彼の実家の手の者達だから。
「先週、聖女について詳しく教えてくれたウィリーオン神官が資料を集めてくれた頃なので、それを読ませてもらいに行くのです。……お茶会を断るのに、行くのはマズいですか?」
遠回しに行くなと言われているのかと恐る恐ると確認してしまった。
エル様は違うと微笑んで首を横に振ってくれる。
「ううん、いいんだ。神殿に行くならば、文句は言われないよ。ルーチェ様は勉強熱心だね。面白いことがわかったら、私にも教えてほしい」
「わかりました」
……面白いこと。面白いこと。話してもセーフな聖女の知識ってなんだろう。考えておこう。
翌朝。大神殿へ向かうと、出迎えたウィリーオンの目の下には明らかに不眠の証の隈が浮かんでいた。
「いらっしゃいませぇ、ルーチェ様」
笑顔は作るけれど、明らかに覇気がない挨拶だ。
「ウィリー、寝ていないの? 無理したの?」
「いえ! 全然無理ではないですよ!」
無理して徹夜でもしたのだろう。一週間も猶予がなかったから、あの膨大な資料を一人で漁って調べてくれたに違いない。
「手を貸して。調子を整えることなら、私にも出来るから」
「そんな! それには及びません! おととっ」
両手を振って断るウィリーオンの片手を爪先立ちで取って、治癒魔法の一種、状態異常を正常に戻す回復魔法をかけた。すると、カッと光が放たれる。太陽の陽射しかと思うくらい、目が眩みそうだった。
ギョッとして、手を放す。ここは大神殿の入り口付近。他の信者の目に入ってしまうような場所。レイチェラだけではなく、護衛騎士のイアン卿もハース卿もそばにいる。
「びっ……くりしたー! ちょっと手元が狂ったのですか? ルーチェ様!」
「え、ええっ。加減が上手くいかなくて、まだまだ未熟ですねっ」
ウィリーオンが声を上げて誤魔化そうとしてくれるから、なんとか取り繕ってそういうことにしておく。
ヒヤヒヤしてしまう。なんだったんだろうか、今の発光。聖女の力が発揮されたのだろうか。
ウィリーオンの目の下には、隈はもうなかった。
いいね、お願いいたします!
2024/06/09◯




