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10 急な溺愛のせいであらぬ疑い。


 好奇と羨望の視線が突き刺さる。


 儚げ美少年の公子様のエスコートで、大貴族のエンブレムの馬車から降りてから、同じ買い物客の貴族達の注目を浴びてしまっていた。

 大貴族のバルムート公爵令息が、見知らぬ令嬢を連れている、と。


 当然、私はお茶会に連れて行ってくれる母がいなかったので、顔を知る貴族が限られているので『謎の令嬢』にしか見えないのだ。

 そろそろ婚約者としてエル様にエスコートしてもらってお茶会に参加してもいいだろうけれど、なんせ『一度目』では王女達の仕事を押し付けられての仕事漬けだったから、申し訳ない気持ちいっぱいで断っていた。


 王家主催のパーティーにも参加する頃だけど、王家席では多くの貴族も目が届くとは限らない。よって覚えてもらえるとは限らないのだ。

 エル様が婚約者の王女を差し置いて『謎の令嬢』とデートしていたなんて噂が広がったらどうしようね。


 高位な貴族が多く利用する宝石商店。入るのは、『一度目』も含めて初めてだ。他の王女達が利用していると明細では知っていたけれど、かなり広々とした高級サロンのような店内だった。


「エルドラート・バルムートだ。婚約者のルーチェエルラ殿下へ贈り物をしたい」


 出迎えた店長に、堂々と答えるエル様。

 おかげで『謎の令嬢』から脱出。


「承りました」と一礼した店長は、奥の個室へと案内してくれた。


 それからは怒涛だった。



「君に似合う」

「ないよりあった方がいいんじゃないか?」

「女性は様々なアクセサリーが必要だからな、一式買っておこう」

「ではお揃いで買っておこう」



 店長に勧められる商品全てを買うような勢いで購入を決定していくエル様。爆買いにもほどがある。どれも上質な宝石であり、有名な職人の力作デザインだったため、値段も目が飛び出るほどのもの。高額のお金が……!!


 従者止めて! と念じたが、彼が止めてくれたのは指輪だけ。


「すぐ成長するのでお揃いの指輪はまだ待った方がいいかと」

 と、やんわりだった。

「それならば、サイズ直しを(うけたまわ)りますが」

 と、店長は買わせる方向に持っていこうとした。

「ならば、フルオーダーメイドにした方がいいかと」

 と、フルオーダーメイドのお揃いの指輪にすることで決定してしまった。


 あれ、全然止めてないぞ、この従者。


 宝石いっぱい買ってもらえてうれぴ♡ なんてことにはならず、大金が貢がれたことにただただ放心したまま、宝石商店の買い物は終了した。


 貴族達が手直しが必要ないアクセサリーの箱が、次々と馬車に積まれていくことにザワザワしていた。


 ランチはバルムート公爵家が出資しているとかいう高級レストランの個室。

 美味しいランチに舌鼓を打って、なんとか放心から我に返った。


「ルーチェ様。美味しい?」

「お……美味しいです」


 天使のような儚げ美少年の微笑に頷くしかない。本当に美味しいけれども。


「次はドレスを買いに行こう」


 続けて言われた提案を断れるものなら断りたかったが、天使のような美貌の婚約者には言えなかった。


 ランチ後も、三軒も有名どころのブランド店を梯子して、エル様が選んだりレイチェラが勧めたものを購入したり、デザインしてもらって予約したり、怒涛の爆買いだった。

 死に戻りしたのに魂が抜けそう。


「……エル様。こんなに買っていただき、誠に嬉しいのですが……これでは私はお返ししきれないです」


 こんなにもらっても、私にはお返しが出来ない。それが歯がゆい。

 シュンと俯く私の頭に手を置いてそっと撫でつけるエル様は、優しく笑いかけた。


「お返しにこだわることはないよ。私は未来の妻に貢いでいるだけのことなんだから」

「!!」


 ボンッと真っ赤になってしまう。

 な、ななな、なんてこと! いつから物静かな無表情婚約者が、こんなプレイボーイ発言をするようになったの!! いつから溺愛婚約者になったの!!


「今日は楽しいひと時をありがとう、ルーチェ様」


 ちゅっと手の甲に口付けるエル様。外だったこともあり、野次馬の令嬢達が黄色い声を上げた。私も上げて卒倒したかった。


 そこの従者! 笑いを堪えて震えている場合じゃないでしょ!!




 エル様が爆買いをするというとんでも買い物デートをしたその夜。


「失礼します、ルーチェエルラ殿下。バルムート公爵閣下から、明日神殿の帰りにでもバルムート公爵家のペントハウスに寄ってほしいとのことです」


 厳つい執事のミワールが呼び出しを知らせてきた。

 アッ……爆買いした婚約者の実家から苦情がっ……。


「いえ……そういうことなら、バルムート公爵閣下の都合に合わせるわ」


 顔色悪く承諾したが、ミワールは「そう身構えずとも大丈夫ですよ」と励ましてくれた。


 ミワールは今日エル様が使った金額を知らないからそう言えるのよ。私も具体的には知らないけれど! 知るのが怖いから知りたくないけど!



 そういうことで『一度目』も訪問したことのない婚約者の邸宅へ。

 豪邸だった。流石、大貴族である。王都に居る時だけの仮住まい扱いだろうけれど、規模が違うのよね。離宮の敷地にも匹敵する広さだ。

 まぁ、公爵領の場合、城が家らしいけれどね。詰まるところ、バルムート公爵領こそ、彼らの国なのだろう。


 中にいたのは、バルムート公爵閣下だけだった。夫人はエル様を連れて、お茶会に参加しているそうだ。

 つまり、公爵閣下と二者面談である。ガクブル。


 応接室に通されて、向き合って着席し、お茶が運ばれると。


「単刀直入に問おう。ルーチェエルラ王女殿下。我が息子に何かしたのか?」


 そう公爵閣下が口を開いた。


 瞠目してしまった私は、お茶にも手を付けないまま「と、申されると?」と質問の意図を尋ねる。


「あなたへの態度。今まで見たことのない息子だった。あんな風に笑ったことなど、よちよち歩き以来ない」


 ……よちよち歩きの幼児エル様も、絶対天使なんでしょうね。おっと、思考が逸れた。


「そして昨日。妻と参加した夜会では、目撃情報が殺到した。しかも、明細の総額が……今までのエルが使った総額をゆうに超えている」

「謝罪をしたい気持ちでいっぱいですが、エル様が、その……未来の妻に貢ぎたいと仰るので……」


 ゴニョゴニョ……。頬を火照らせて、口ごもってしまう。


「それだよ。エルの溺愛は、急すぎないかい?」


 スッと鋭利に目を眇めた公爵閣下。


「全くもって同感です」


 つい、前のめりになってしまった。


「え、同感なのかい?」

「はい……私も戸惑い続きで……。四日前にいつものように交流のために会ったら、愛称で呼び合おうと提案してくださり、そこから助けを乞うたのですが……その時にはもうエル様の無表情は微笑みに変わっていました」

「ふむ……私達が異変に気付いた時だな。あなたに甘く笑いかけていて心底驚いたよ。息子のそっくりさんかと」


 うん。びっくりした顔してたものね。でも本人です。あなた方の息子さんです。


「逆にお聞きしたいのですが、エル様は他にお変わりはないのでしょうか?」


 心当たりならやはり死に戻りしかないのだけれど、エル様がそれを思わせる言動をしていないか、探ってみた。


「……原因かどうかはわからないが」と前置きをして、公爵閣下は話してくれた。


「四日前の朝、従者が起こすとエルは静かに泣いていたそうだ。本人もどうして泣いていたかわからないと言っていたが、尋常じゃない様子だったからと報告してくれた」

「泣いていた……」


 やはり……。死に戻りの影響がエル様にあるのかな。

 『一度目』の最期。死に行く視界で、確かに私はエル様の泣き顔を見た。私の死を悲しんでくれる唯一の人だと思った。


「あなたが禁忌の魔法で、エルの心を操ったのではないかと疑っているのだが?」

「そ、そんな! まさか! 確かに王城の図書室の奥には禁書が保管されていますが、私にはそれに触れる許可証ももらっていませんし、禁忌の魔法を覚えてまでエル様の御心を操る必要はありません! エル様はずっとよい婚約者として交流をしてくださいました!」


 とんでもない疑いがかけられたと知り、青褪めて否定をする。確かに、禁忌魔法には心を操るものがあると存在だけは学んだけれど、あれは確か意識を朦朧とさせて操るという類のものだったはず。


「だが、妹の第四王女が聖女となった今、婚約者が変わるのではないかと怯えたのではないか? 聖女との婚姻の方がよっぽど有益だ」

「盟約により第三王女と婚姻することになっています。それに盟約をいじるには、当人であるエル様の意志が必要だと私は知っております。今まで交流してくださったエル様が、今更婚約者を変えるとは思いませんでした」


 実は『一度目』はリリスアンがエル様に想いを寄せるようになってから不安になっていたが、物静かなエル様の誠実さは知っているから、そこは信頼していた。『一度目』もそうだったのだから、今回もそう信じられる。そう言い切った。


「……ふむ」と一つ、自分の顎を撫でた公爵閣下は、掌に紫水晶の玉を持って見せた。


「禁忌魔法の気配はないようだな」


 ガーン! とショックを受ける。

 禁忌魔法を使った前提でこの場を設けられて、その紫水晶で確かめたらしい。禁忌魔法の気配を感知する特別な魔法道具なんだろう。

 全くもって信用がない私……しょぼん。

 あれ? でも、その紫水晶……どこか見覚えがあるような……。


「……では、なんなんだ? エルの急な溺愛は」


 解せないと頬杖をつく公爵閣下。エル様の豹変が、とっても信じられないようだ。私もですよ。


「バルムート公爵閣下、ご用は済んだと存じます。私は神殿に向かうので、ここで失礼しますね」

「ああ、構わないが……。神殿に行って何をするのだ?」

「聖女について学ぶだけですよ。妹の第四王女が聖女になった今、姉の私が無知では恥ずかしいでしょうから」


 先程の公爵閣下の言葉をお借りして、もっともらしいことを言っておく。納得していなさそうな表情ではあったが、私はバルムート公爵閣下から解放された。


 馬車の中で、げんなりする。

 きっとエル様が今参加しているお茶会でも、私への溺愛が話題になっているだろうなぁ……。



 


ストック切れました……。

いいね、ポイント、ブクマをありがとうございます!


2024/05/17◯

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