01 死に戻りと転生の冷遇第三王女。
2024/05/10◎
死に戻り転生モノ。
私は冷遇された王女だった。側室の子であり、第三王女。
しかし、側室と言っても、国王が見染めて無理矢理手籠めにして産ませた子であり、その後、側室に召し上げられても心を病み、立ち直れずに亡くなってしまった。
国王は私自身に興味を示さず、放置されることとなった。
誕生は周囲に知られているから、必要最低限の育児は受けられた。教育も、公爵令息が婚約者だから受けられたが、それは他の王女の仕事のために使うことになった。
使い潰されるのに、貼られたレッテルは『無能王女』だ。
母親違いの妹、第四王女は聖女として国民にも大変愛されていたが、聖女なんて思えないほどに残虐なほど私をいたぶってきた。虐げて笑う、恐ろしい妹だったのだ。
私の婚約者のことも欲して、結婚も阻んだ彼女は、私を自殺に見せかけて殺しにかかった。
結婚でようやく使い潰される日々から解放されると思っていたのに、毒を飲まされて吐血。喉が焼けて息も出来ない激痛。駆けつけた婚約者の腕の中で、息絶えた。
散々な人生だった。
泣いてくれるのは、あなただけだ。静かに寄り添ってくれていた婚約者。生まれた時からの婚約者なのに、感情的な表情は、初めて見た。苦しい。つらい。痛い。酷くつらいよ……。
闇の中に包まれるように落ちていった。
かと思えば、温かな光が灯り、それが広がっていく。光は強くなり、真っ白になっていった。
《――――ルーチェエルラ。わたしの真の聖女、ルーチェエルラ》
優しい声。聞いたことないほどにあまりにも優しい女性の声だった。
両手で慈しむように、私を掬い上げているのは、女神と表現するに相応しい美貌の存在。
清らかな水のように、透けてしまいそうな、ライトブルーの波打つ長い髪。朝焼け空を閉じ込めたような暖かな瞳。
創造神の一柱、女神メィリンゴールド。
どうして死後に出会い、女神様に『真の聖女』だと呼ばれているのだろうか。疑問で放心した。現実もなく、夢心地で女神様を仰ぎ見る。
聖女は、私の腹違いの妹、第四王女のはずだ。私を死に追いやった、あの彼女。
《ルーチェエルラ。あなたこそが真の聖女です。邪神の悪しき力の影響で、あらゆる歪みが生じてしまい、偽の聖女が崇拝されてしまいました》
妹は……偽の聖女なの?
……腑に落ちた。虐げて笑うあの妹の邪悪さは、確かに聖女だとは納得出来ない。
《ルーチェエルラ。真の聖女であるあなたが死に、真の守護聖獣達も、多くの人々も息絶えました。様々な運命が歪められて、死にゆく運命に落ちました。変えねばなりません》
私が……真の聖女?
まだ呑み込まないけれど、真の聖女がいるなら、真の守護聖獣もいるということ。聖女をお守りする運命の魂を持つ者のことで、六人存在するという。揃うことは難しいということで、妹には守護聖獣候補という者がいた。正式な守護聖獣が何人かいたが、あの人達も偽物……。
そういえば、聖女と守護聖獣は繋がりが強すぎて、巡り会わずとも聖女が死ぬと、守護聖獣も息絶えるという言い伝えだった。
つまり、私の死で道連れに死んだ命が六つもあることになる。ツキン、と冷たい痛みを覚えた。
《我々の力を合わせて、時間を戻します》
六つの光が灯る。守護聖獣の色だ。赤系の三つと青系の三つが左右に浮いた。
《今度こそ、見付けなさい。悪しき力に歪められた運命に抗い、ともに立ち向かうのです》
温かな光と涼やかな光を感じる。繋がりを感じる。これが、運命の繋がり……?
《真の聖女ルーチェエルラ。あなたならば、必ずや皆の運命を正せます》
左右の光が、獣のような姿を形取る。
女神様は微笑む。優しく、優しく、愛おしげに。
《時を戻します》
光が優しいのに、真っ白に染めていく。
そのあとのことだ。
パキンとガラスに亀裂が走る音がした。
《!?》
女神様の動揺を微かに感じ取ったあと、何かが砕け散った音がしたかと思えば、記憶が蘇った。
それは第三王女とは、全く違う人生の記憶。
地球という星で、人との交流が億劫だったコミュ障のオタク女の人生だった。
ハッと目を見開くと、ベッドの上に横たわっている。
見慣れた離宮に一室のベッドルーム。手を見てみれば、幼さがわかる小ささ。起き上がって、ドレッサーの鏡で確認すると、だいたい10歳ほどの年齢の第三王女ルーチェエルラが映り込む。肩ほどの長さのライトブルー色の波打つ髪と、明るいオレンジ色の瞳。
この色合いは、女神様と同じものだから、聖女かもしれないと謳われる。歴代の聖女は皆そうだった。だけれど、私は聖女だと疑われたことは一度もなかった。
何故なら、あとから生まれた第四王女の方が、清らかそうな柔らかなライトブルーの髪と、赤みの強いオレンジ色の瞳だからだ。そして彼女は、一際治癒魔法に優れていたから、この頃には聖女認定されていた。
愛され王女であり、聖女だ。その実態は、残虐な一面を持つ偽聖女ときた。
真の聖女である私は、邪神が歪めた運命に抗い、多くを救わないといけない。
女神様は、守護聖獣の力も合わせて、私を過去に戻してくれた。いわゆる、死に戻りをさせてくれたみたいだけれど……。恐らく、女神様にとってもイレギュラーが発生した。
それは私が前世を思い出したことだ。予想でしかないけれど、あの感じ取れた動揺の気配は、私の前世の記憶が蘇ることは想定外だったはず。
前世の記憶の中で、記憶は魂に刻まれるものだと聞いたことがある。だから、もしかしたら、前世の記憶は封じられるとかして蓋をされるのが通例で、それでまっさらな状態で新しい人生を歩むのだと思う。私は死に戻りの際、不具合によりその蓋が壊れたことによって、前世を思い出してしまった。と、推測した。
問題は、女神様は『第三王女ルーチェエルラ』だからこそ、期待しているのか。『前世の記憶を持つ第三王女ルーチェエルラ』でも、大丈夫なのか。その点が心配でならない。
同じ魂だから、記憶があるなしの違いであるから、大丈夫……かな……。
同じ人物だと問われると答えに迷う。
虐げられた『第三王女ルーチェエルラ』は本当に気弱な少女だった。ひたすら耐えるドアマットヒロインのよう。それこそ、神の救いがあって当然の境遇を生き抜いて、そして憐れな最期を迎えた。
私? 厳密には、前世の記憶ありの今の私なら、『第三王女ルーチェエルラ』の一度目の人生をもう一周するなんて御免こうむりたい。あんな仕打ちには耐えきれないだろうし、こんな仕打ちにはきっと逃げ出す。
「大丈夫でしょうか……女神様」
ドレッサーで手を組み、祈るように呟く。返事はない。
代わりのように、扉がノックされる音が聞こえた。静かなノックの音のあと、中に入ってきた気配がする。
え。何。
離宮に放置された王女の元に、朝から誰が来たのかと身構えた。
そっと居間を覗いてみると、群青色の髪を結ったメイド服の女性を見付ける。カートで持ってきた朝食を用意してくれているであろう彼女の姿を見て、胸の中と鼻の奥がツキンと痛んだ。
「……レイチェラ」
「ルーチェエルラ王女殿下。おはようございます。朝食をご用意いたしました」
振り返った彼女は、落ち着いた青い瞳を細めて微笑み、深々とお辞儀をした。
レイチェラは、私の数少ない味方だった。
冷遇された私のために食事を調達してくれていて、王城の使用人の食堂でも何度も食材をくすねていた罪で罰せられた。私の誕生日に、他の王女達のデザートをくすねたことで、投獄させられた。
レイチェラがいなくなって、いかに彼女のおかげでまともな食べ物にありつけたかを思い知らされた。私はなんとか釈放してもらおうと姉達に頭を下げて、仕事を肩代わりすることで減刑を約束してもらったのだ。
けれどもある日、訪ねてきた妹の第四王女は嬉々としてレイチェラの死を告げてきた。
王族の物を盗んだ大罪人として拷問されて獄死したという。
今思い出すと、悪魔だと思う。
あんな王女、聖女の皮を被っただけの悪魔だと。彼女こそ邪神ってオチかもしれない。なんて。
「……レイチェラ。今日はどこでくすねてきたの?」
「!」
レイチェラの右手を両手で包み、静かに尋ねた。レイチェラの表情が凍り付く。
「危ないから、もうしないで? 私では……助けられないから」
実際、助けられなかった。手が震えてしまう。
また私のせいで命を落とすかもしれない人だ。
この手に感じる温もりも消えているのだと思うと恐ろしい。『一度目』の絶望を相まって、恐怖は大きかった。
そもそも、私は死に戻りしたばかりだ。前世の死因は覚えていないが、毒殺させられるという死を経験した。死の恐怖は計り知れない。
レイチェラは、私の手を包み返すとその場に膝をついた。
「不甲斐ない私をお許しください、ルーチェエルラ殿下」
「ううん、いいの。レイチェラは頑張ってくれたよ」
謝罪を口にするレイチェラは悔しそうに顔を歪める。
「そばにいて? お願い、レイチェラ。レイチェラが必要なの」
私は祈るようにして、頼み込んだ。うるっと涙を浮かべたレイチェラは頷く。
「それがルーチェエルラ殿下のご命令ならば、私めはいつまでもおそばにいます」
そう答えてくれた瞬間、カッと光が放たれた。私もレイチェラも思わず目を瞑り、互いの手を握り締め合う。
けれど、どんな事態か把握するために薄く目を開くと、レイチェラの背後に群青色の熊にも似た獣が幻影のように見えた。
息を呑んだ。死に戻りの直前に目にした守護聖獣の影と一致する。
レイチェラが、一人目の守護聖獣だったのだ。
こんなにも身近にいた。なのに、私は救えなかった。
ツンと鼻を突く痛みを覚えて、涙が込み上がってきた。
「い、今のは……!? で、殿下!? どうしました!? 痛いところでも!?」
「ううん……ううん、ごめんなさい、レイチェラ」
涙が溢れるから、レイチェラがハンカチで優しく拭ってくれる。
救えなくてごめんなさい。そう心からの謝罪が出るのは、間違いなく『第三王女ルーチェエルラ』だと思えた。前世の記憶を取り戻しても、変わらず私は『ルーチェエルラ』なのだと。
「今日は婚約者様との交流会ですよ。目が腫れては大変です」
「えっ」
涙が引っ込む重大情報。
今日は婚約者に会う日だったのか。
『一度目』の最期、死にゆく私を抱き締めて泣いていたあの婚約者と再会だ。