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勇者は僕が守る!

作者: 星空


 神に愛されし者。

 全ての人々の希望。

 魔王を倒せる唯一の存在。


 それが勇者。

 僕はその涙を見てしまった。



 15年前。

 多くの予言者により魔王復活が告げられた。しかし世の人々が悲観する事はなかった。何故なら魔王が復活する時に勇者もまた誕生するのは誰もが知る神のルールだからだ。


 魔王が脅威となるまでには復活してから15~20年かかり、時を同じくして誕生した勇者も15~20年かけて戦いに備える事が出来るのだ。

 お互い同じ準備期間があるので公平な戦いだとも言える。


 魔王が復活した年の暮れ、田舎の村に誕生した幼子のところに多くの予言者が訪れ勇者誕生を称えた。


 幼子は予言者たちによって国王の元へと導かれる。

 厳格な国王は幼い勇者を魔王の手から守り育てる為に、最も警備が厳重な王城の奥に隔離した。世の娯楽や食の楽しみに時間を費やさないように。

 そして幼子は、国で最も優秀な剣士と最も優秀な魔法使いの教育のもと厳しく育てらる事となる。そこに優しさや愛情などは存在しなかった。

 


 10年経っても勇者の情報が表に出る事は無かった。

 魔王への不安を誤魔化す為に人々は、(こぞ)って勇者の噂話しをした。

 剣の腕前は10才にならずして師を超えたとか、教えればすぐに魔法は出来たとか、子供なのに王都の周りで魔物を倒してるとか、かなりのイケメンで王都内の女性に告白しようとしてるとか、もはや自分たちが楽しんでいるだけだった。




 そして現在。


 幼子が15才となった今年。

 王都の城のテラスで、勇者として初めてお披露目される事となった。


 僕は田舎の村の出身で勇者様と同じ年の同じ日に生まれた15才、僕の唯一の自慢と言ってもいい。

 小さい頃から農業の手伝いをした。僕が手伝うと作物がよく育つとおだてられ、小さいながらに村中の畑を耕して回ったものだ。

 僕はお調子者なのではなく、褒められて愛情いっぱいに育てられたのだ。

 毎年誕生日が来れば、勇者様と同じ歳だね!とか、勇者様も誕生日を祝ってるね!とか、言われ続けて15年。僕にとって勇者様はもう家族みたいなものだった。

 そんな僕が、勇者様のお披露目される晴れ舞台を見に行かない訳にはいかないんだからいかないのだっ………んっ?兎に角僕は行くぞって言いたいのだ!勇者様だって僕の事を待ってるんだから!


 僕の村から王都までは馬車で二週間、残念ながら家で農業を手伝っている僕にはそんな時間もお金も無い。

 やっぱ無理かなぁと諦めかけていた、とその時!!ババン!次期村長である親父が村を代表して勇者様のお姿を見に行く事になったのだ!

 これはチャンスだと思い、「一生に一度の頼みだから一緒に連れてってくれ」と土下座までして必死に頼んだ!しかし親父は「節約の為に村を代表して行くんだから、余計なのを連れてく訳ないだろ」と即却下だった。

 当然の理由だった………まあ分かるけど。ただ息子が一生に一度の頼みをしてるんだから少しくらいは悩んでくれても良かったのに………もう手伝わないからな!

 あっ、お母さんの為なら手伝うけどね。


 僕はまだ諦めない。

 その日から毎日「今まで以上に頑張って働くから」とか「連れてってくれたら今後お小遣いはいらないから」とか、もう貰ってもいないお小遣いの事まで言ってお願いし続けた。

 一週間くらい経った頃、お母さんが一緒にお願いしてくれた。

 親父はお母さんの上目遣いには弱く、無事行ける事になった。


 お母さん大好き!

 お母さんの上目遣い最強!


 いざ出発!

 村のみんなに見送られてから王都までの二週間は、嬉しすぎてあっと言う間だった。


 初めて見る王都はとてつもなく大きかった。


 村は背丈くらいの木の柵で守られてたが、王都はとても高い壁に守られていた。


 中央には森の木よりもぜんぜん高い城がそびえ建っていた。


 すんげぇ!!


 …………あっ、でも村の近くにある山ほどではないな山ほどでは………むしろ、山の方が凄えわ………うん?見栄を張っている訳ではないよ?うん。


 王都に入る大きな門の前には長い行列が出来ていた。

 半日かかってやっと入るとそこは別世界だった。

 地面は全て石畳、村には無いやつだ。

 数階建ての建物が立ち並ぶカラフルな街並み、村は全て平屋のログハウス一色だよ。

 遥か遠くには王都の象徴たる城が見える。村の象徴?………畑かな。

 一番驚いたのは人の多さだ。歩けば人にぶつかるし馬車にもひかれてしまうだろう………はいはい、村では人にぶつかった事は無いよ。

 歩くのもままならないとは、王都はなんて怖いところなんだ。


 親父に手を引いてもらって宿に向かったが、僕は周りを見るので忙しかった。

 綺麗なお店や食べ物の屋台。初めて嗅ぐ焼き立てのいい匂いもたまらなかった。

 屋台に寄って食べてみたかったが、僕の引く親父の手は力強かった。


 宿に着いたが今自分が王都のどの辺りにいるのか分からなかった。明日勇者様を見に行く時も親父に手を引いていってもらうのは確定だ。

 明日勇者様を見られると思うと興奮して寝むれそうにない。



 勇者様がお披露目される当日の朝。

 ぐっすり寝て元気いっぱいの僕は、親父に手を引いてもらってお城の前の広場に着いた。


 なんじゃこりゃあ!広場の入口まで人でいっぱいじゃないか!

 一番勇者様を見たいのが自分であると自負している僕は、親父の手を引いて人混みに突っ込んだ。

 ボロボロになった末、広場の三分の一くらいまで進めた。

 そこで大歓声が起こる。

 僕の身長はそれほど高くないので前の人の背中しか見えない。

 親父が背伸びをしながら手を振って「勇者様~~!」と叫んでいる。

 どうやら城のテラスに勇者様が姿を現したようだ。


 まじかっ!


 親父に肩車をしてくれと頼むが、手を振って「勇者様~~!」と叫ぶのを辞めない。

 親父の足を蹴って腹を殴るがびくともしない、むしろ僕の方が痛い。

 しゃがんで手足をさすっていると歓声がやんで親父が僕を見下ろす。


「どうした、勇者様を見なかったのか?」


 親父の言葉など聞くかボケッ!

 先頭に出れば勇者様を見られるだろうと思い一人で集団の中を必死に進む。

 僕の視界は人混みだけだ、でも頑張って進む。

 少しずつ人の密集度合が緩んでる気がする。チャンスとばかりに残る力を振りしぼり人の波をかき分けて進んだ。


 突然視界が開けるとそこには、夕陽に染まるお城のテラスがあった。


 やった!ついに一番前まで来たぞ!やっと勇者様を見られる!


 僕は拳を握りしめて感動していたが、周りの人はどんどん帰っていく。


 あれっ?


 テラスには誰もいないし、広場は掃除する係の人が目立ち始めた。


 あれっ?そう言えば親父は「勇者様を見なかったのか?」ってまるで終わったかのような言い方だった気がする………お披露目はすでに終わってたんかい!!


 僕が膝をついて落ち込んでいると、偉そうな人に怒鳴られた。


「なにサボってんだ!早く掃除しないと日が暮れちまうだろ!」


 んっ?掃除?

 僕のシャツはモスグリーンだが、改めて周りを見ると掃除をしている人たちもみんなモスグリーンの作業着を着ていた。


 ああ、掃除係と勘違いされたのか。


 僕は誤解を解こうと偉そうな人を見ると、掃除道具を僕の前に放って何処かに行ってしまった。


「あっ!僕はちが……」


 ため息と一緒にどっと疲れが出る。

 勇者様が住んでるお城だし、思い出に掃除をするのも悪くないかもな……………暇だし。


 ふむ、少し元気が出た。

 そうと決まれば頑張る僕は、掃除だけじゃなく後片付けも率先してやった。



 ここなんだろう、なんかオーラが凄いな。

 気がついてみると僕は綺麗な花がいっぱい咲く中庭に立っていた。

 そこで一番目をひいたのが、真ん中のテーブルに突っ伏している少女だ。周りに咲いている花も美しかったが、純白の鎧を着て突っ伏しているだけの銀髪の少女の方が何倍も美しく思えた。

 オーラの中心が彼女なんじゃないかと思えた。

 見とれていると、少女の肩が少し震えているのが分かった。


 泣いている?


「大丈夫?」


 僕は声をかけていた。

 背中がピクッと反応した後に少女はゆっくりと顔を上げる。

 輝く銀髪がよく似合うとても綺麗なブルーの瞳の少女。

 ブルーの瞳からこぼれ落ちる涙も美しい。


 やっぱり泣いてた。


 少女が鎧を着た腕で涙を拭おうとするのを見て、僕は近づいてハンカチを差し出した。


「これ使って」


「……………」


 ブルーの瞳は僕とハンカチを交互に見る。


「ああ、大丈夫、洗ってあるから綺麗だよ」


 僕が笑いながらもう一度差し出すと、少女は無表情でハンカチを受けとってくれた。


 ちょっとした仕草も綺麗だ…………無表情だけど。


 少女が涙を拭く姿に見とれていると、ブルーの瞳が僕を見る。


「……………」


 んっ?なんかプレッシャーを感じる。


「ああ、泣いている顔をジッと見つめるのは失礼だったねごめん。すごく綺麗だったから」


 無表情も綺麗だけど笑顔も見てみたいな。

 僕は微笑んでみた。


「………………」


 おふっ、変わらぬ無表情のプレッシャー。一人で落ち込んで泣いていたところに来た奴が笑いかけてはまずかったかな。


「あっ、いやっ、笑顔も可愛いだろうなぁと思って………」


「……………」


 無言のプレッシャーもいいかも………あっ!僕はここに居ちゃいけないって事か。


「えっと…………君の庭に勝手に入ってきてごめんなさい。すぐ出て行きます!」


 僕が急いで庭を出ようとしたところでメイドのような人と鉢合わせする。


「きゃっ!」

「うわっ!」


 豪華なメイド服を着た可愛らしいメイドさんだ。


「えっと、どちら様で?」


「すっすいません!すぐ出て行きますので!」


 僕は質問には答えず、慌てて出口に向かう。

 メイドさんはポカンとしていたが、気にした様子もなくすぐに庭にいた少女の方へ向かった。


「良かった、ここにいらしたのですね勇者様!」


 聞こえてきたメイドさんの言葉に、僕はすぐに振り返った。


 テーブルの側でメイドさんがさっきの少女に話しかけている。


 彼女が勇者様だったのか!!


 僕が目が離せないでいると、勇者様の視線を見てメイドさんが振り返った。僕は慌てて庭を出て行った。


 もっと勇者様を見ていたいが掃除係の僕が入っていい場所じゃなかったんだろうなぁ……………あっ、掃除係でもなくただの不審者か。


 いつ捕まってもおかしくない常況の中、僕は無事お城を出て宿に帰る事が出来た。

 僕は勇者様に会った事を親父に話したが信じてくれず、もう寝るからと話しを途中で切り上げられた。

 肩車をしてくれなかったのもそうだが、勇者様と話しまでした手柄を信じないとは大人気ない。




 次の日、乗合馬車で村への帰路についた。

 僕は勇者様とお話しまでした手柄を、村のみんなに話したくて話したくて待ち遠しい二週間だった。


 久しぶりに見えてきた村の姿に僕は目を疑った。


 防御用の木の柵は倒され、家々は破壊され、村の中を魔物が徘徊していたのだ。


「お母さん!!」


 僕は馬車を飛び降りて村に行こうとしたが、護衛の冒険者に止められた。


「おいっ無茶するな!俺たちが様子を見てくるから馬車で待ってろ」


「でもお母さんが!」


「お前が行っても死ぬだけだ!大人しく待ってろ」


 馬車を待たせて、護衛の冒険者たちは村の様子を見に行った。


 暫くして戻ってきた彼らの表情は暗かった。


「どうだったんですか!」


「…………魔物が多すぎて村の中までは確認できなかったんだすまん。一番近い街まで行って応援を呼ぼう」


「えっ?村は放っておくの?まだ村人が居るかもしれないじゃない!」


「俺たちだってすぐにでも村を取り戻してやりたいが、魔物が多すぎる」


「冒険者は魔物を倒すのが仕事でしょ!」


「魔物討伐も仕事の一つではあるが相手が多すぎる。俺たちだけじゃあ全滅してお終いだ」


 悔しそうに聞いていた僕の肩に親父が手を置く。


「気持ちは分かるがあまり無茶を言うもんじゃない。プロの彼らが言うんだからそれが最善だと思う」


 僕は頭では分かるが気持ちで納得出来ずそっぽを向いた。


「息子が失礼な事を言ってすいませんでした。みなさんよろしくお願いします」


 親父は深々と頭を下げていた。


 一番近い街には一日で着いた。それほど大きくはないが、それでも僕の村の数倍はある街だ。

 僕の村よりもしっかりとした木の柵で守られた街が見えてきた。

 門の前には人が集まっていた。武器や防具を着た冒険者のような人たちと…………!!


 僕の村の人たちだ!


 僕が気がついた時には親父が馬車を飛び降りて走っていた。

 僕は親父の後を追い、走りながらお母さんを探した。

 村の半数の40人近く居たがお母さんは見当たらなかった、村長のお祖父さんも居なかった。


「みなさんご無事でしたか。村の惨状を見て心配しておりました」


「おお、次期村長帰って来たのか」


 僕はお母さんが見当たらなかったので、話しに割り込んだ。


「お母さんはどこ?!」


 村の人たちがお互い目を見合わせる。


「………分からないんだ」


「えっ?どう言う事?」


「まあ待て、先ずは何があったか教えてもらってもいいですか?」


 親父がみんなに詳しい話しを聞く。


 突然近くの森から魔物たちが現れ村を襲ってきたそうだ。

 今まで村の近くに魔物が現れた事すらなかったのでみんな慌てたそうだ。そんな中、村長であるお祖父さんとお母さんが近くの街への避難をみんなに呼びかけて回っていたそうだ。そのお陰でここに居るみんなは助かったも同然なのだとか。


 「逃げるのが精一杯で、その後村長と娘さんがどうしたのかは誰も分からないんだ」


 みんな最悪の事態を想像しているのか俯いている。

 ここに居ないと言う事はそういう事なのかもしれない。


「なんで一緒に逃げなかったんだよ!手伝ってもよかったじゃないか!」


「おいっ!」


 わめき散らす僕を親父が止める。


「自分たちだけ逃げるなんて!なんなんだよ!」 


 ドガッ!

 「痛っ!」


 親父に殴り飛ばされた。


「みなさんに失礼だろう!謝れ!」


「…………」


 僕は歯を食いしばったまま何も言わなかった。


 親父は僕を放っておいて、村のみんなをまとめ色々な手配をした。


 救援に向かおうとしてくれていたこの街の冒険者や護衛の冒険者と話し合った結果、王都に救援要請を出すことにしたようだ。

 村を偵察した護衛の冒険者が上位種の魔物を確認していたからだ。

 上位種が居ると、魔物が統率され全体としての脅威度が上がり、この街の冒険者と協力しても勝てる見込みが立たないようだった。


 王都へ救援要請を出す為の冒険者が出発した。



「うあぁぁああぁぁああ!」


 叫んでも僕の気持ちの整理はつかなかった。

 今助けに行っても間に合うとは思えないし、更に王都まで片道二週間ではどう考えても諦めるしかなかった。


 僕にはただ地面を叩いて泣き叫ぶしか出来なかった。

 



 二週間後、隣街で避難生活をしていた僕たちのところに王都の騎士が訪ねて来た。


「村の魔物を討伐しましたので一緒に来てもらえますか?」


「「「はっ???」」」


 みんな訳がわからなかった。

 乗合馬車で片道二週間だ、村の魔物を討伐するにはあまりにも早すぎる。

 えっ?片道二週間なのにもう討伐が終わった?

 状況を理解出来ていない僕たちに騎士の人が説明してくれた。


 救援要請の冒険者は九日で王都に着いたそうだ。


 かなり急いでくれていた。


 王様はお披露目したばかりの勇者様と勇者様付きの精鋭部隊をすぐさま救援に向かわせてくれたそうだ。


 って事は勇者様は五日で村まで移動した事になるのか?いや、魔物を討伐する時間と騎士の人がここまで来る時間を考えると三日?二週間の道のりを三日??


 信じられない話しだが、騎士の人が目の前に居るのだから信じるしかなかった。


 半信半疑ながらみんなで村に行くと、村を守るように勇者様が仁王立ちしていた。


 かなりの強行軍で来て魔物と戦ったのだろう、勇者様の純白の鎧はかなり汚れていた。

 村のみんなは勇者様に駆け寄り涙ながらにお礼を言っていたが、僕はその横を素通りしてお母さんを探しに行った。

 すれ違う時に見たブルーの瞳は、とてと悲しそうに見えた。


 その後、勇者様と精鋭部隊員たちは僕たちと一緒に犠牲者を埋葬してくれた。


 最後に親父は勇者様と精鋭部隊の人たちに何度も頭を下げてお礼を言っていた。

 僕はお母さんのお墓の前で泣いていた。


 ごめんなさいお母さん、王都なんて行かなければよかった。一緒に居れば絶対死なせたりしなかったのに。

 ………お母さん。

 ………お母さん。


 お墓の前で泣き崩れている僕のところに勇者様が来た。


「ごめんなさい………私がもっと早く強くなっていればこんな事にはならなかった」


 勇者様は頭を下げた。


 僕は泣いている顔を上げて勇者様を見た。


 ……………なんで勇者様が謝ってるの?


 ああそうか、勇者様は今までずっと努力してきたんだ。

 一人になると涙を流すほど努力してきたんだ。

 それでも犠牲者が出て。

 それを自分の性だと思っている。

 自分の努力が足らなかったからだと。


 ただ泣き叫ぶだけの自分が恥ずかしい。

 

 今までただ泣いて叫ぶだけだった僕は涙を拭いて立ち上がり、勇者様を真っ直ぐ見た。


「頭をお上げ下さい勇者様。貴方のお陰で母は僕の元へと帰って来られました。きちんと埋葬する事も出来ました。僕もそうですが母も喜んでいると思います。信じられないくらい早く来てくれた勇者様には感謝してもしきれません」


 顔を上げた勇者様に、今度は僕が頭を下げる。


「ありがとうございました勇者様!貴方が勇者様で良かったです!」


 僕の視界に映る勇者様のつま先が、モジモジして落ち着かなそうだ。


「「「「「ありがとうございました!!」」」」」


 周りに居た村人たちも僕に合わせて一斉に頭を下げた。


 勇者様の顔を見ると、無表情だがブルーの瞳が揺れて戸惑っている気がした。





  *  *  *  *  *





 一ヶ月後。


 村の復興があらかた終わったところで、僕は親父に王都軍に入りたいと伝えた。

 一ヶ月悩んだ末に決めた事だ。


 「魔法の才能も無いだろうし剣の修練も積んできた訳じゃないから採用されるのは難しいぞ?」


 親父は笑ったりせず真剣に聞いてくれた。


「勇者様の為に何か為ずには居られないんだ」


「そうか…………なら行ってこい!」


「えっ?いいの?」


「行きたいんだろ?だったら後悔しな為に行ってこい!」


「ありがとう親父(おやじ)。だめだったら戻ってきて畑仕事頑張るよ」


 親父(おやじ)は僕の頭をクシャクシャと撫でた。



  *  *  *  *  *



 僕は王国軍の採用試験を受けに王都に来た。


 試験を受けに来た周りの人たちはきちんとした装備を身につけているが、僕は農夫の格好で浮いている。


 ヤバイ、試験を受ける前から落とされそうだ。


 農夫としてクワを振るっていたから体力はあるし野菜づくりなら誰にも負けない。試験を受けさせてさえくれれば何とかなると言う無駄な自信もある。


 剣の試験が始まったが、剣を握るのが初めての僕に試験官は、剣の握り方を教えてくれた。

 うん、落ちたな。いいところなんて全く無く、僕がダントツ最下位なのは一目瞭然だった。


 「帰っていいぞ」とは言われず、一応面接試験も受けさせてくれた。


「農夫が何故軍に入りたいと思った?」


 試験官は騎士団長だった。


「はい、勇者様をお守りしたいと強く思ったからです」


 僕は自分の気持ちを正直に答えた。


「はっ?勇者様を守るだって?」


「あっ、いえっ、守ると言うか、少しでも勇者様のお役に立ちたいと思いまして」


「…………農作物を作る事も回り回って勇者様の為になると思うぞ」


「確かに………でもより勇者様の近くで何かしたいと思いまして」


「そうか。俺たちは剣は得意だがクワを持つとどうしていいか分からんのだ。農業なら我々よりも君の方が役に立つんだがな」


「なんか嬉しいです。ありがとうございます。農業を頑張ってみようかって気になってきました。勇者様に取り戻して頂いた畑で頑張って農作物を作ろうと思います」


「なんか諦めさせたみたいですまんな…………んっ?ちょっとまて、勇者様に取り戻して頂いた畑ってもしかして勇者様が最初に救った村の出身か?」


「はいそうです。村を取り戻して頂いて母を埋葬する事も出来ました。勇者様には感謝してもしきれません」


「そうかあの村の出身か。勇者様はあの村の事を凄く気にしているんだよなぁ………とりあえず仮採用にしとくか!」


「えっ?」


 こうして僕の王国軍兵士人生は仮採用から始まった。



  *  *  *  *  *



 一ヶ月が経った。


 最初は新兵が必ずやらされる衛兵と王都内の見回りの仕事だった。

 衛兵は王都に入る者全てのチェックをし、怪しければ捕らえるか武力で排除するいわば王都を守る最前線だ。神経をすり減らす上にかなり体力がいる。武力では役に立たない僕は、人や荷物のチェックを頑張った。怪しい物とかは何となく勘で分かったので意外と役に立ててると思う。

 衛兵の仕事は大変だが良いこともあった。それは勇者様の見送りと出迎えでお会いできる事だ。

 まあ、会うと言っても敬礼してる僕の前を馬に跨がった勇者様が通り過ぎるだけだけどね。

 勇者様の凜々しいオーラを纏った無表情がたまらない。


 毎日朝夕の剣の鍛錬は欠かさないが、上達する気配はなく僕が最弱なのは変わらなかった。

 そうそう、兵舎の中庭を使う許可が下りて、野菜を育て始めている。是非とも勇者様に僕の野菜を食べて頂きたい。



 三ヶ月が経った。


 仮採用から本採用に昇進?した。気を引き締めてこれからもっと頑張ろう。

 衛兵業務や王都の見回りもだいぶ馴れてきた。人混みにビビっていた僕が、街中を走れるようにまでなった。怪しい人がだいぶ分かるようになってきたし喧嘩を仲裁出来るようにもなった。

 剣の鍛錬はしているが腕前は相変わらずで武力では役に立たない。


 勇者様のお見送りとお出迎えが一番の楽しみだ。

 透き通るようなブルーの瞳と輝く銀髪、無表情も勇者様の魅力だ。


 いつも見送ってると勇者様との距離が近くなっていく気がする。無事帰って来られるまでなんだか落ち着かない。

 勇者様!僕が見守ってるから頑張って。


 僕が見守ってる?

 僕が勇者様を見守ってる……

 僕が勇者様を守ってる………

 僕が勇者様を守る!


 などと妄想にふけって最弱の気分を紛らわす日々。


 実際に勇者様を守る為には側近である精鋭部隊に入らなければならない。

 国王軍5,000兵の中で最も優秀な12人だ。

 騎士が8人と魔法使いが4人。全員剣も魔法も使えるが、剣主体で戦う者と、魔法主体で戦う者に別れている。 

 魔法の才能も無く農業だけをやってきた僕が入れるところでは無い。




 六ヶ月が経った。


 同期入隊の者は魔物討伐の任務にも就くようになった。弱い魔物みたいだがそれでも羨ましい。

 僕の剣の腕は上がっていないので討伐の任務に就く事は無かった。

 勇者様を見送れなくなるから討伐任務なんて願い下げだぜ!

 勇者様との語らいの時間が僕にとっての一番だ。

 なにっ?敬礼しているだけで語らってなんていないだろうって?分かってないな。

 無表情に見える勇者様と僕は多くを語り合っているのだ。


 「元気そうじゃない」

 「勇者様もお元気そうでなによりです」

 「いつもご苦労様ね」

 「勇者様、最近すごく頑張ってますね」

 「貴方が待っていてくれるからよ」

 「ふっ、行ってらっしゃいませ勇者様」

「ええ、行ってくるわ」

「無理をなさらず無事帰ってきて下さいね」

「必ず貴方の元に帰ってくるわ」

 ………って感じだ。

 ヤバイ奴とか言うなっ!




 一年が経った。


 同期たちはみんな魔物の討伐隊や国境警備隊に異動していき、衛兵と王都警備隊には新兵が配属された。

 もちろん僕の所属は変わらず衛兵と王都警備隊のままだ。

 剣にも慣れてきたと思うのだが、入ってきたばかりの新人に負けてしまう。新兵合わせても最弱はやっぱり僕だった。ただ、新兵に稽古でやられ続けても一向に疲れない。体力がかなり上がっているのであって、断じてやられ馴れた訳ではない。僕も成長している筈だ。

 衛兵や王都内警備の功績が認められたのか副隊長に昇格した。


 何が認められたんだ?



 そんなある日。


「この書類を騎士団長に届けて欲しい」


 鍛錬の後に隊長から頼まれた。

 城内の地理だったらある程度は把握しているが、騎士団長の部屋は一般兵が入って行けないエリアにある。

 僕は恥ずかしいとか思わず人に聞きながら向かった。

 しかしその努力も虚しく迷ってしまった。

 聞く人も見つからず当てにならない勘を頼りに進むと、見覚えのある中庭に立っていた。


 昔のままの光景が目の前にあった。


 オーラに満ち溢れた中庭。

 中央のテーブルには昔と同じように純白の鎧を着た銀髪の少女が突っ伏していた。


「大丈夫ですか勇者様」


 今は不審者ではないので迷わず声をかけた。勿論、成長した僕は「大丈夫?」とか昔のようにため口で話しかけたりしないのだ。


 ゆっくり顔を上げる勇者様。

 やはりブルーの瞳には涙が輝いていた。

 信じられない事に、勇者様の手には見覚えのあるハンカチが握られていた。


 僕と目が合うとブルーの瞳が微笑んだ気がした。

 無表情だから誰も分からないだろうが僕には分かった。


 僕は微笑んだ。

 

「ハンカチがお役に立っているようで良かったです」


 やはりブルーの瞳は笑ってくれている気がした。


「そこで何をしている!」


 後ろから怒鳴られた。


 振り向くと、いつも遠くにしか見る事の出来ない騎士団長が立っていた。


 慌てて敬礼をする。


「はっ!隊長より騎士団長へ書類を届けるよう申しつけられましたが、迷っていたところです!申し訳ありません」


 騎士団長は僕よりも勇者様を不思議そうに見ていたが、すぐにキリッとした表情に戻る。


「そうか、このエリアは分かりづらいからな」


 僕は書類を渡し、すぐに立ち去ろうとした。


「まて、確か君は………一年前に勇者様が救った村の出身だったか」


「はいっ、その通りであります!勇者様には感謝してもしきれません!」


 勇者様が横に居ようと恥ずかしくなんかない、本当の事なんだから。


「そうか」


 騎士団長は勇者様の様子を確認した後、僕を頭の先からつま先まで値踏みするようにジロジロ見ている。


 おっと、僕の弱さを確認してらっしゃる。


「そうかまだ頑張っていたか…………引き止めてすまなかった。ご苦労だった」


「はっ!」


 僕は敬礼をしてその場を後にした。


 いや~緊張した。


 「すぐ辞めると思ってだけど意外と頑張ってたのね」って視線だった。「一年過ぎてもまだ衛兵と王都の警備じゃあねぇ、もういいよお疲れさん」って首になったりしないよね?





  *  *  *  *  *





 一週間後、


 僕は勇者様付きの精鋭部隊補佐に配置転換となった。


 なんでだろう………

 弱い僕が精鋭部隊って、大出世なのだがやっていけるのだろうか。補佐と言う初めて聞く肩書きが気になるがやっぱり嬉しい。



 僕は勇者様と精鋭部隊員12名がいる部屋に連れてこられた。


「みんないるな。今日からここに配属になる者を連れてきた。では挨拶を」


 いきなり王国最高戦力の前に連れてこられて挨拶をしろとか無茶ぶりにもほどがある。

 僕は自分に全員カボチャだと言い聞かせながら挨拶に集中する。


「僕は助けていただいた勇者様を守りたくて王国軍に入りました!全力で頑張りますので宜しくお願いします!」


 騎士団長も勇者様も精鋭部隊12名も、みんなポカンとしていた。


「「「「「わははははっ!」」」」」

「勇者様を守ってくれるのか?」

「なにを言い出すかと思えば」

「見た感じ勇者様に守られそうなんだけど」

「勇者様より強いんだったら俺も守ってもらおうかな」


 僕が恥ずかしくなって俯いていると、一番体格の良い人が目の前に来て真っ直ぐ僕を見据えた。


 こっ怖い、怒られるっ!


「はっきり言葉にする奴が居るとはな。俺も含めてここに居る12名は勇者様の助けに成れるよう日々努力してるんだ。みんな想いは一緒だぞ」


 恐る恐るみんなの様子を覗ってみると、みんなの視線に変な感じはなかった。


 みんなも勇者様を?


 僕が戸惑っていると、目の前に大きな手が現れた。


「俺はこの部隊の副隊長だ。よろしくな。もちろん隊長は勇者様だ」


 続けて他のみんなも挨拶をしてくれた。


 ホッとした僕は自然と笑顔になっていた。

 最後に僕の目の前に勇者様が来て、手を差し出してきた。


「んっ、よろしく」


 透き通るような涼やかな声だった。


 周りのみんなの表情が固まっている。


 僕にはその理由が分からなかったが、勇者様と握手をするチャンスなんてそうそう無いので、両手で勇者様の手を握った。


「勇者様宜しくお願いします!」


 僕は今までで一番の笑顔だったと思う。


 後で聞いた話だが、勇者様が言葉を発する事は殆ど無いし、握手など誰もした事が無いそうだ。


 ふぅ~ん、そうなん?


 剣も魔法もダメな僕を精鋭部隊に置いてもらえる理由は分からないが、このチャンスを逃す訳にはいかない。

 勇者様を側で守る為に出来る事は何でもやるぞ。



 精鋭部隊補佐の日々がスタートした。



 精鋭部隊の補佐とは、まあ言ってしまえばみんなの雑用が主な仕事だ。

 始めは掃除くらいだったが、ちょっとした書類仕事や買い物などだんだんと仕事が増えていく。


 みんなの昼食まで作るようになった。

 みんな城で最高の食事を食べられるのだから僕が作る必要は無いと思うのだが、何故かみんな僕の作る食事を凄く美味しいとよろこんでくれるし、力が湧いてくると言ってくれる。

 自分で育てた野菜が喜ばれているんだろう、とても嬉しい。この調子で頑張ろう。




  *  *  *  *  *




 僕が精鋭部隊補佐になってから一カ月が過ぎた。


 どう理解したらいいのか分からない事態になっている。


 僕が食事を作っている厨房に、勇者様が顔を出すようになっていたのだ。

 ただ見ているだけなのだが、勇者様に「調理の邪魔ですから出て行って下さい」とは言えず、気まずいので作っている料理を好きか嫌いか聞いてみると頷いてくれる。そして味見をしてもらうとブルーの瞳がキラキラと揺れるのだ。

 喜んでもらえてなによりだ。


 みんなの装備の保管と乾燥も頼まれるようになった。

 綺麗にして乾燥室に置くだけなのだが、落として傷つけないようにとかなり気を遣う。

 装備の保管と一緒にメンテナンスも頼まれたが「やった事無い」と答えると、みんなが少しずつ教えてくれた。毎日手入れや軽い傷の修復などをやっていたら直ぐに出来るようになった。「意外と難しい筈なのに凄いね」と精鋭部隊の人たちに褒められた。俄然やる気が出た。僕は褒められて伸びるタイプだからね。


 僕が装備のメンテナンスをしていると、ここにも勇者様が顔を出すようになった。

 僕の手元をジッと見ていたかと思うと、装備をちょんちょんと指さす。僕が何かと思ってよく見ると、少し歪んでいたり亀裂が入っていたりするのだ。僕がお礼を言うと、コクリと頷いてまた僕の仕事ぶりを見ている。

 見られていると結構やりずらいが勇者様に邪魔ですとは言えないので、気にしないように頑張っているともの凄く集中力が増した。




  *  *  *  *  *




 精鋭部隊補佐になってから三カ月が過ぎた。


 補佐という仕事にかなり慣れてきたと思う。


 書類仕事やちょっとした頼まれ事はもちろんのこと、食事も今では朝昼晩と三食僕が作っている。

 装備のメンテナンスも大抵の修理なら出来るようになった。

 今さらだが、精鋭部隊の人に「ここまでメンテナンスするのには魔力が必要な筈なんだけどなぁ」と言われた。

 知らずに出来ていた?僕に魔力が有るって事?

 本当今さらだ。


 調理中や装備のメンテナンス中に勇者様が顔を出すのは相変わらずだが、それも含めて僕の日常になっていた。


 ある日、勇者様以外が集まっているところで、勇者様が調理場や装備の保管場所に顔を出す事を話すと、その場の空気が凍り付いた。

 「嘘をつくのは良くない」だとか「それは幻覚だ!医者に行け!」だとか「絶対偽者だ」とか、みんなそれぞれなアドバイスをくれた。


 まあみんなにとって異常事態である事は理解した。でもそれはみんなにとってであって僕にとってはいつもの日常だ。

 むしろ勇者様との時間を過ごせて幸せなひとときなのでこのままがいい。





  *  *  *  *  *





 精鋭部隊補佐になって6カ月が過ぎた。


 魔王は力を増して魔物たちは強くなっているようだが被害数は減っている。

 勇者様と精鋭部隊の方がもっと強くなっているからだ。この6ヶ月で魔物殲滅のペースも上がっている。


 今なら魔王の居場所さえ分かればすぐにでも討伐出来るんじゃないかと思う。


 残念ながら魔王の居場所はまだ分からない。

 魔王が居そうな候補地は幾つかあるのだがまだ攻める訳にはいかない。攻めていって魔王が居なかった場合、王都を攻められるとか罠にはめられて返り討ちに合う可能性があって危ないのだ。


 僕が補佐になってからも勇者様は日々努力を怠らずどんどん強くなっているようだ。

 もう魔王を瞬殺出来るんじゃないかと感じてしまうほどだ。

 さすが勇者様!

 みんなの希望の光!


 僕は勇者様が自分の全てをかけて努力しているのを知っている。僕も勇者様の為に全てをかけている。と言っても食事を作るのと装備のメンテだけだけどね。




  *  *  *  *  *




 僕が精鋭部隊の補佐になって一年が過ぎた。


 ついに魔王が姿を現した。


 魔王が勝てると判断したから現れたのか、これ以上勇者に強くなられては困るから現れたのかは分からない。

 ただこちらとしては好都合だ、準備万端で早く戦いたかったのだから。


 すぐに勇者様と精鋭部隊は魔王討伐に向かう準備をした。

 今回の旅には僕も同行する事になった。道中の食事や装備のメンテナンスなどの為だ。

 僕が必要最低限の調理器具やメンテナンス道具を用意してみると結構な量の荷物になってしまった。どう減らすか悩んでいると、勇者様が「馬車を1台増やせばいい」と言ってくれた。


 みんなは勇者様の声を久しぶりに聞いたらしい。「んっ」とか「んっ!」なら僕はいつもの聞いているんだけど。


 僕の為に馬車を一台増やすとか申し訳なかったが、必要なのは確かだし勇者様の提案を却下出来る人など居ないので、僕用の馬車を増やす事に決まった。




 魔王討伐へいざ出発!


 ポカボカ陽気の街道を5台の馬車列が進んでいた。


 先頭は勇者様の乗る馬車、二台目三台目に精鋭部隊員が乗る馬車、四台目が僕一人と荷物の馬車、最後はまた精鋭部隊員の馬車だ。

 他の馬車には御者がいるが、僕の馬車は僕が御者をやっている。荷馬車なら実家でも扱ってたし僕の為に御者まで増やしてもらうのは申し訳なさ過ぎて断った。これ以上何かされると僕の硝子のハートが砕け散ってしまうからさ。


 みんな!何でもやるからどんな事でも言ってね!


 途中、魔物が現れると最初は1台目に乗っている勇者様が戦っていた。次に現れた時は2台目に乗っている精鋭部隊員4人が戦うようだ。

 魔物が強ければ全員で戦うそうだが、前から順番で戦うのはこの部隊では暗黙のルールのようだ。

 それだと僕の番が来たらひとりで戦わなくてはいけない事になるな………多分魔物に瞬殺されてしまう。

 僕の順番が来てみると、僕の馬車を飛ばして次の馬車の人たちが魔物を倒してくれた。

 何でもやるからと言ったのにすいません。


 見晴らしの良い草原で昼の休憩を取る。

 早速僕は自分が使いやすいように作った調理台を馬車から降ろし料理を始めた。

 水は魔道具により湯水の如く使えるのだ。高価な魔石を消費しているようだが僕には関係ない。美味しい料理を作るだけだ。

 休憩に入ってからそうかからずに温かい料理をみんなに出した。

 旅先なのに王都と変わらない食事にみんな喜んでいた。

 みんなの笑顔がぼくの喜びだ。

 勇者様は無表情に見えるが、僕には喜んでいるのが分かる。揺れる目とか、ちょっとした口角の角度とか、耳のぴくつき方とかね。

 おっと怖がっちゃいけない僕はストーカーじゃないからね。

 

 その後も旅は順調に進み、一ヶ月の旅の目的地には魔王城がそびえ立っていた。


 魔王城の周りを囲っている防御壁、その上には(おびただ)しい数の魔物がいた。


 えっとこの数に勇者様と12人の精鋭部隊員?嘘でしょ?

 かなり心配になるが、応援する以外僕に出来る事はないのだろうか。


 大きな門が開け放たれていて中にも魔物がいっぱい居るのが見える。出てくる気配はない。あんなところに入ったら絶対助からない。王都に帰って魔王が来るのを待った方がいいような気がしてきた。


「食事がしたい」


 いつ聞いても勇者様いい声だ。

 んっ?

 あぁ戦の前の腹ごしらえね、腕によりをかけちゃうよ。


 大勢の魔物たちが見える丘の上で食事をとる。

 丹精込めて育てた野菜を、みんなの身体を思って料理する。僕に出来る事を心を込めてやる。


 食事が終わると勇者様と精鋭部隊員たちは満足そうに立ち上がり、それぞれの武器を握りしめた。


「行ってくる」


「ご武運を」


 勇者様と12人の精鋭部隊員が魔王城へ向かった。

 みんなが近づくと、大きな門から魔物がわらわらと出てきた。


 そして大地を揺るがすような魔物たちの怒号と共に戦いが始まった。


 先ず精鋭部隊の魔法使い4人が魔法をぶっ放すと何体もの魔物が吹き飛んだ。続いて剣士8人が戦い斬りかかる。一人で魔物数体を相手にしていた。

 精鋭部隊強え!


 そして勇者様が魔物たちの真ん中に突っ込んで剣を振った。縦に振り下ろせば直線上の大勢の魔物が宙に舞い、横に振れば周りに居た大勢の魔物が宙に舞う。

 勇者様凄く強え!


 遠く離れたこの場所まで戦闘音が聞こえてくる。

 直ぐにでも勝利が決まりそうなほど圧倒的な強さだが、次から次へと魔物が出てきて減ってる感じがしない。


 少しずつ冷静になってきた。防御壁の内側にも上にもまだ魔物はいっぱい見える。魔王城の中にもまだまだ居そうだ。

 あれっ?これっていつまで戦い続ければいいんだ?

 僕が悩んでも仕方が無いので、みんなを信じて待つ事にする。


 どれくらい時間が経っただろう、魔王城に夕陽が当たり始めた。防御壁の上には相変わらず魔物がいっぱい居た。

 戦闘音はずっと鳴り止まなかったが、戦っている位置は少し進んだくらいで最初と大して変わっていない。

 大量の魔物の屍は魔法で焼き払われたり戦いの余波で塵となっていたが、それでも戦場の端に山となっていた。


 魔法使いが少し後ろで休んでいるが、そこには魔物が襲ってこなかった。

 その様子を見たみんなが代わる代わるその位置まで下がって休む。やっぱり魔物は襲って来ないみたいだ。

 すると突然勇者様と精鋭部隊全員がその位置まで下がった。


 魔物は襲って来なかった。


 今までしていた激しい戦闘音が止み、風だけが吹いていた。


 そのまま勇者様と精鋭部隊は引き上げ始めた。


 魔物たちは睨んではいるが、線が引かれてるかのように横一線に立ったままでそれ以上は追っては来なかった。


 何でだ?


 疑問に思ったが、みんなが帰ってくるので急いで夕食を作り始めた。


 みんな大きな怪我もなく無事に帰ってきた。

 もう温かい料理は完成してテーブルの上に並べてある。今までで一番急いで作ったかもしれない。


「お帰りなさい!もう夕食は出来てるから装備を脱いでゆっくり食べてね」


「んっ」

「「「………………」」」


 朝からずっと戦っていたのだからかなり疲れているようだ。勇者様以外は無言だ。


 みんなが装備を外すのを手伝った。


 みんな黙々と食べている。


 勇者様はいつも通りの無表情だが、ブルーの瞳は喜んでいる。

 静かな夕食だが、僕はみんなが無事に帰ってきて食事をしている姿を見て嬉しかった。




 夜みんなが寝ている間も魔物たちは襲って来なかった。


 何故だろう?

 こっちを休ませる必要は無いと思うんだが。

 おっと手が止まっている。余計なことを考えてないで装備のメンテナンスに集中だ。

 そう、僕は今みんなの装備のメンテナンスをしている。朝までには全て終わらせるつもりだ。

 集中だ集中!



 メンテナンスも無事終わり朝を迎えた。

 昨日のように朝食を終えるとみんな装備を整えて武器を手にした。


「行ってくる」


 勇者様の言葉に笑顔で返す。


「はい、夕食を準備して待ってますから無事帰ってきて下さいね」


 勇者様のブルーの瞳は揺れて輝く。



 みんなが防御壁の前に着くと再び戦闘が始まった。


 それを確認してから僕はある物を作り始める。

 先ず地面に大きめの四角い穴を掘る、農作業をやっていたのでこれは比較的得意だ。

 ペタペタと内側を固めて水が漏れないようにする。

 それを二つ作った。

 完成した穴に魔道具で水を溜め、これまた魔道具で水を温める。


 そう、お風呂だ!


 昨日のみんなの疲れを見て思ったのだ。みんなの疲れをお風呂で癒してあげたいと。この戦いは何日もかかりそうで、野営しながら身体を拭くだけでは疲れなんかとれないからだ。

 一度に4人入れるくらいの広さを二つ作ったのは、男湯と女湯に分ける為だ。

 勇者様とがさつな男どもを同じ湯に入らせる訳にはいかないのだ!

 最後に目隠しの為大きな布で囲って完成だ。

 最弱の僕には中々の重労働だったがみんなの為に頑張った。かなりの時間がかかったが満足の出来だ。


 急いで夕食の支度に入る。 

 みんなの帰りが待ち遠しい。


 辺りが夕陽に染まる頃、昨日のように疲れたみんなが帰ってきた。

 当然みんな、新しく出現した布で囲ってある物の事を聞いてくる。


 「お風呂です!一度に入れるのは4人ですので、食事の前でも後でも相談して入って下さい」


 みんなポカンとしていたが、相談ではなく早い者勝ちになっていた。

 女性は3人なので争いにはならなかったが、男性は疲れているのに戦って決めそうな勢いだった。


 女湯からは「ふぁ~」とか「ほぇ~」とか気持ちよさそうな吐息が聞こえ、男湯からは「早く出ろ」とか「入りながら寝るな」とか「4人以上入るんじゃねえ!」などと騒がしかったが、みんな喜んでもらえてそうでなによりだ。


 さっぱりした後の食事は格別だったようで、みんないつもより美味しそうに食べていた。勇者様のブルーの瞳もいつも以上に輝いていた。


 みんなが馬車の中で眠りについた頃、僕はみんなの装備のメンテナンスを始めた。

 激しい戦いだったようで、かなり損傷している。

 でも大丈夫、毎日やっているお陰で大破してなければ治せるまでに上達したのだ。

 まぁ大破してたら新しいのにするしかないしね。

 教わった通りに魔石とリペアー用の素材を修復箇所に触れるか触れないかの位置で持って集中。

 これがなかなか筋力の無い僕にはキツい。触れさせてもいけないし離れすぎてもいけない距離でずっと持ち続けて治れ治れと集中するのだ。

 物で固定するとそちらが反応してしまい装備は修復されず魔石だけが消耗していってしまうし、治れ治れと気持ちを込めないでただ持っているだけでも治らないのだ。

 何故治るのか分からないが、何の才能も無い僕は教わった通りにやるだけだ。

 損傷度合いにもよるが軽ければ10分くらい、酷ければ1~2時間持っていなければならない。

 本職の鍛冶屋さんマジ尊敬する。


 全部のメンテナンスを終えると、空が白み始めていた。


「ふぅ~、やっと終わった~ってうわっ!!!」


 気がつくと頬が触れそうな位置に勇者様の顔があった。


「ゆっ、勇者様いつからそこに?」


「ん」


 良し!いつもの元気な勇者様だ!


「ははっ、ちゃんと眠れましたか?」


「ん」


「それは良かった。装備は直りましたから思いっきり戦って大丈夫ですよ」


「んっ!」


 無茶をしそうな返事に少し心配になる。


「でも無茶はしないで下さいね」


「んっ!」


 無茶しそうだ。


 勇者様のブルーの瞳が揺れて輝くのは元気な印なので、僕は笑顔になっていた。


 まだ朝早いが、勇者様が起きているので朝食を作り始めると、匂いにつられてみんなが起き始めた。


 いつもより早い朝食だったが、食べ終わるとみんなは元気いっぱいに出発していった。


 戦いが始まって、ふと防御壁の上を見ると、所狭しと居た筈の魔物がまばらになっているのに気がついた。


「おおおっ!あきらかに減っている!」


 勇者様が強いのは分かっていたが、数は脅威になるので流石に心配だったのだ。


 可能性が見えてきた。


 僕は改めて勇者様が希望であると強く感じた。


 みんなが夕食に戻って来る頃には、城壁の上に魔物は数体になっていた。きっと見張りだけだろう。


 僕は嬉しすぎて戻ってきたみんなにハイタッチをしようと右手を上げていたが、疲れている精鋭部隊員たちはスルーしていった。


 しょんぼりして降ろそうとする僕の手に勇者様がハイタッチをしてくれた。


 僕は勇者様の優しさが嬉しくて両手を広げて抱きつきそうになったが、全身全霊をもって我慢し勇者様に抱きつくと言う失態を犯さずに済んだ。


 後で気がついたが、勇者様は両手を広げている僕を避けようとせずただ立っていてくれたので、抱きついても大丈夫だったのではないかと思った…………あり得ないか。いやでも、ブルーの瞳は輝いていたよな。



 みんな相当疲れていたんだろう、お風呂に入って夕食を食べ終わるとあっと言う間に寝てしまった。


 星空の下、僕は勇者様を起こさないようにと、できる限り静かに装備のメンテナンスを始めた。

 勇者様の睡眠時間は特に大事なのだが、いつの間にか側で見ているのだ。今日こそはしっかり睡眠をとってもらおう。


 昨日よりも早くメンテナンスが終わり、一人お風呂につかる…………女湯に入りたかったがもちろん男湯だ。

 

 ふぅ~、お風呂のお陰で勇者様はぐっすり眠れているようだ。

 お湯の温かさとそよ風を感じながら星空を眺める。

 魔王城のすぐ近くとは思えないほど静かだ。


 湯船で寝てしまっていたようで、微かな地響きを感じて目が覚める。


 東の空が白み始めていた。


 もう一度地響きを感じ、急いで風呂を出る。


 みんなはすでに起きていた。そりゃそうだ、僕が気づくのだからみんなが気づかない訳がない。


 僕は急いで朝食を作る。


 空が完全に明るくなった頃には状況がはっきりした。

 魔王城の門の前には大勢の魔物が整列しているが地鳴りは我々の後ろからだった。

 地鳴りの正体は魔物の大軍団だった。

 つまり僕らは魔物の軍団に挟み撃ちにされたのだ。

 魔王が打って出て来なかったのはこの為だったのか。


 数日間戦っていたからかなりの魔物を討伐出来ていたと思うが、それと同程度の軍団が前と後ろで挟み撃ちとか、勝てる気がしないし逃げ道も無くなった、万事休すだ。


 僕ががっくりうなだれていると、肩に手が置かれた。


「大丈夫、魔王を倒せば終わり」


「勇者様?」


「ここに居ると魔物に襲われるから一緒に行く」


「えっ?えっ?」


 みんなは勇者様の言っている意味がわかってるようだ。


 馬車や荷物はこの場に残し、僕はみんなと共に魔王目指して駆けだしていた。



 魔王城の前では待ってましたとばかりに大勢の魔物が襲いかかってくるが、勇者様があっさり蹴散らしてどんどん魔王城の中へ進んでいく。

 みんなは戦いながら進んでいるのに僕は走るだけで精一杯、いやむしろ遅れている。たまに勇者様が後ろを振り返りスピードを調整してくれているのだ。


 僕なんか置いていってもいいのに………やっぱ魔物は怖いから頑張って付いていきます。


 ありがとう。


 魔王城の奥に進むにつれ魔物が強くなっているみたいで、みんなのペースが少し遅くなって僕の為に調整する必要が無くなっていた。


 良いのか良くないのか分からない。


 順調に魔王城の奥に進んで行くと、今までの二倍はありそうな魔物が現れた。


 みんな一旦足を止める。


 全身筋肉で覆われた大男だ。でかい金棒を杖代わりにして仁王立ちしている。


 間違いなく魔王軍の幹部だろう。


「お前が勇者様か?細すぎて話しになら………」


 大男のセリフの途中で勇者様は一歩前に踏み出していた。


 ドゴォォォォォォォン!


 でかいわりに大男は素早くて、勇者様の神速の振り下ろしをこん棒で受け止めていた。

 大男の全身の筋肉が盛りあがり、両足が地面にめり込んでいた。


「くはっ!中々やるではっ!!」


 大男が何かを言い終わる前に、勇者様が持つもう片方の剣で大男の上半身と下半身が切断されていた。


 勇者様は双剣使いなのにその片方だけであの力ってすごっ!


 幹部っぽい大男との戦いがあっさり終わり、今まで通り進み始めた。


 すぐに二人目の幹部?が現れる。


「私は四天王の一人、ロングアーム!貴様はすでに私の間合いの中っ?!」


 言い終わる前に勇者様は動き出し、すでに幹部の目の前だ。


 シュパパパァァァァァァン!


 幹部の両腕を斬り飛ばし本体も真っ二つ!

 二人目との戦いもあっさり終わった。


 四天王って言ってたから幹部であってたのと、あと二人幹部が居る事が分かった。


 その後、クイックアームってのとマジックアームってのが現れたが、勇者様が瞬殺し進むペースは変わらなかった。


 もしかして魔王って大したことない?などと考えている間に魔王の元へ辿り着いた。


 へっ!お前なんて勇者様の相手になるかよ!かかってこいやぁごらぁ!などと舐めプな事を考えながら後ろを振り返ると、精鋭部隊のみんなが後ろから来ている魔物たちを阻止する為に全力で戦っていた。


 あれっ?僕は走るので精一杯だったけど、もしかして今までずっとこうだった?


 みんなめちゃめちゃ疲労してるし、鎧も盾も傷だらけだ。


 前を見ると、勇者様は魔王だけを見ていた。


 魔王は普通の魔物より一回り大きいだけじゃなく、鋼のような体つきで纏う雰囲気が尋常じゃなかった。


「お前が勇者か!よくここまで辿りっ!!」


 時間をかけようとする魔王の言葉を待つ事なく勇者様は斬りかかった。後ろのみんなが戦い続けているから勇者様は今まで相手が言い終わるのを待ったりしなかったんだ。


 ドゴォォン!ドゴォォン!


 勇者様の神速の双剣をニ撃とも受け止める魔王。


「ふっ、危ない危ない、我も双剣にしておいて正解だな」


 一旦距離をとって勇者様がもう一度斬りかかる。


 ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドゴンッ!


 魔王は勇者様の連続攻撃を全て受け止めた。


 まっまじか魔王!

 勇者様が瞬殺してないのなんて初めて見た!


 あっ!僕が「もしかして魔王って大したことない?」なんて舐めプな事考えたのがフラグだったのかっ?!

 このままでは勇者様が危ない!


 僕は膝をついて神様に謝った。

 神様ごめんなさい!もう舐めプな事を考えたりしません。僕がたてたフラグを無しにしてどうか勇者様にお力をお貸し下さい。

 何なら僕はどうなっても構いませんっ?!!


 ドゴッ!!!


 突然僕の全身をもの凄い衝撃が襲い、いつの間にか壁まで吹っ飛んでいた。


「がはっ!!」


 壁に叩きつけられた僕は血を吐いて地面にずり落ちた。


 全身に感じる激しい痛み、遠のく意識。

 叩きつけられた壁は血だらけで、手足は変な方向に曲がっている。


 さっきまで僕が立っていた場所には、拳を振り抜いたポーズで魔王が立っていた。


 魔王は勇者様ではなく一番弱い僕を攻撃したのか。

 何で?僕なんか殺しても何も変わらないのに………


 僕は薄れゆく意識の中で勇者様を探した。


 死ぬって突然なんだな………最後は勇者様を見ていたいな。


 多分勇者様だと思うのだがぼやけてよく見えない。


 ただ勇者様のブルーの瞳が僕を見ているのが分かった。


 僕はそれだけで満足だった。


 勇者様を守りたかったのに守られてばっかりだったな。

 僕がもっと強ければ………。

 いや、僕じゃなく別の人だったら勇者様は楽を出来たんじゃないだろうか。


 僕は涙を流していた。


 そこから僕は夢を見ているような感覚だった。


 勇者様から膨大なオーラが放出されその場の空気が震える。


 ドガァァァァァン!!


 魔王が居た場所には拳を振り抜いた勇者様が立っていて、魔王は離れた壁にめり込んでいた。


 次の瞬間、勇者様は壁にめり込んでいる魔王の腹に拳をたたき込んでいた。


 ドゴォォォン!!!!


「グハッ!」


 血反吐を吐く魔王の胸ぐらを掴んで壁から引きずり出し、思いっきり蹴り飛ばした。


 ドガァァァン!!!


 ドゴォォォォォン!!


 魔王は反対の壁まで吹き飛ばされてまためり込む。


 その後も魔王はあっちこっちの壁に吹き飛ばされ続けてボロボロになり、最後は広間の真ん中で勇者様にめった打ちにされていた。


 魔王はこれだけ勇者様の攻撃を受けてもまだ死んでいなかった。


 勇者様は拳に魔力を込めると、眩く光りだした。


 その拳を魔王の胸に放つ。


 ズンッ!!!


 ドゴオオオオオオォォォォォン!!!


 勇者様の拳は、魔王の胸を貫き、地盤をも破壊していた。


 魔王城が崩れ始める。


 魔王が倒され戦意を喪失した魔物たちは我先にと逃げ始めるが、崩れ落ちる岩や壁に押しつぶされていく。


 限界を超えて戦っていた精鋭部隊員たちには、魔王に勝ったと分かりその場に座り込んでいた。避難する気力も体力も残って居ないようだった。


 ぼやけた視界と薄れる意識の中、気がつくと精鋭部隊員全員が僕の周りに集められていた。


 ほぇ?


「魔法使いはみんなを回復し続けて、落ちてくる瓦礫は私が全て止める!」


 勇者様がこれ程の長文を話すのを初めて聞いた…………成長したな。


 勇者様が長文を話した事が嬉しかった。僕はもう思い残す事は無いなと意識を手放した。



  *  *  *  *  *



 目が覚めた。


 馬車の天井が見える。


 おや?


 状況を確認する為、上半身を起こそうとする。


「痛っ!!」


 全身が痛くて動けなかった。 あれっ?僕生きてる?


 仕方なく目だけで窓の外を見る。


 青空と白い雲が見える。


 馬車の扉が開いた。


 おっ勇者様だ。


 「気がついた!」


 いきなり抱きつかれた。


「痛たたたたたっ!」


 勇者様がパッと離れて外に向かって叫ぶ。


「回復魔法!!」


 おっ、勇者様が叫んだ………貴重だ。


 魔法使いの人の回復魔法で起き上がれるようになった僕は、勇者様に手を引かれて馬車の外に出る。


 ああ、拠点にしていた丘の上だ。


 魔王城が崩れて粉々だなぁ。


 勝ったのは夢じゃなかったんだ。


「痛い思いをさせてごめんなさい」


 おっ、勇者様が普通に話してる。


「謝る必要なんてないですよ。むしろ助けて頂いてありがとうございます」


 勇者様は首を振る。


「貴方のお母さんを死なせてしまった」


 勇者様は俯いてしまう。


「あれは魔物の性ですし、母も多くの村人を助けられて満足だったのではないでしょうか」


 勇者様は俯いたままだ。


「………私じゃない人が勇者だったら、きっと誰一人犠牲者なんて出なかった。私の努力が足りなかった」


 ああそうか、勇者様は魔物の犠牲になって死んでしまった人全ての責任を感じて、ずっと自分を責めてきたのか。

 だから笑う事もしないで、いつも独りで泣いていたのか。


「そんな事はありませんよ。今、世界のみんなが生きているのは勇者様のお陰なんですから」


「………でも亡くなった人はもう」


 勇者様のブルーの瞳に涙が溢れる。


「大丈夫。勇者様はもの凄く頑張りました。勇者が違う人だったらもっと犠牲が出ていたでしょうし、全滅してたかもしれません


「全滅?」


 「ええ全滅です。勇者が魔王に勝ててなかったら全滅ですからね」


 ブルーの瞳を揺らしながら悩む勇者様。


「…………魔王は倒した」


 真っ直ぐなブルーの瞳に僕は微笑む。


「ええそうです。もっと分かりやすく言うと、世界が無事なのも僕が生きているのも全部勇者様が頑張ってくれたお陰なんです」


 揺れるブルーの瞳からは、戸惑いが感じられた。

 これだけの偉業を成し遂げたのに、勇者様は控えめだな。そこもまた魅力なんだけどね。


「ありがとう勇者様」


 ブルーの瞳が揺れ、頬がほんのり赤くなる。


 勇者様可愛い。


「勇者様が貴方で良かった」


「!!」


 勇者様は両手で顔を隠してしまった。


 僕は見た。

 両手で顔を隠す前、勇者様は耳まで赤くなり、ブルーの瞳は大きく揺れて輝きを増し、口角は上がっていた。


 初めて見る勇者様の笑顔はとても綺麗だった。


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