うっせえ!
村近くにオアシスが出現して、ノエルがトゥレグにそれを見せてから。
これまで隠れて生活していたらしい獣人がちらほらと姿を見せ始めた。
と、言っても、ほとんどは騎士団たちと共に西へ行ってしまったので、数人だ。
ノエルは、村長とその妻エラ以外にも、獣人が村にいたことに驚いた。
「西に行かずに集落に残ろうとしていた偏屈な奴らばっかりだよ」
と、村長のトゥレグは自分をさしおいて言った。
牛の老人が1人。
何も喋らない無口な壮年の男の山羊の獣人が1人。
そして、人間を極端に忌避している羊の老婆の獣人が1人。
彼らはまだノエルたちを警戒しているようだったが、時折オアシスに姿を見せて、水を汲んだり、野菜や果樹をとったりしていた。
ノエルはとがめる気など無かった。
むしろ、彼らが少しでも快適に生活できているのなら、良い事をしたと思っていた。
「ねえ、ちょっと」
と、羊の老婆に話しかけられたのは、朝ご飯の後に食料を蒐めていたノエルだった。
「あ、はい?」
「ねえ。こんなんじゃ駄目よ」
ノエルは面食らって、老婆の青く人の良さそうな瞳を見た。
「え? どういう……」
「食料が少なすぎるっていってるの」
羊は泉のほとりの赤い実を千切って言った。
「これは確かに美味しいわ。でも足りない。こんなちゃちな一粒二粒であたしたちが言うことを聞くなんて思わないで」
ブルーのもやのかかったような瞳で、羊は言った。
「あたしたちの信頼を得たいなら、もっと実を増やしなさい。量が足りないのよ。咀嚼するのに時間がかかるでしょう? 面倒なのよ。もっと一粒あたりを大きくしないと。これじゃだめよ。獣人は誰もついてこないわ」
ノエルは面食らった。
ありがとう、と言われるならともかく、文句を言われるだなんて……。
そのとき、ノエルは悟った。
良い人たちに囲まれすぎていたせいで、いつのまにか自分の周りの人たちは、当然のように自分を受け入れると思っていた。
何も言わなくたって、自分の常識が通じると思っていた。
羊は善人のつもりなのだろう。
ノエルの悪さを正そうと思っている。
悪びれない態度がそれを証明している。
だけど――。
ノエルは悪気の無い老婆に何と言えばいいのか考えあぐねて黙った。
その時、手を止めたノエルのところに、豆を収穫していたモルフェが戻ってきた。
「何してんだ? なんだそいつ」
「あ、実は……」
「いいか、よーく聞け。おまえらがオアシスを使うのは構わねえ。楽しんで使って、生活に役立ててくれりゃあいい。ただでな。金を取るつもりなんかさらっさらねぇよ。だがな、俺はお前らのために生きてねぇ。勘違いするな」
「モルフェ、言い過ぎじゃないか」
と、言いながら、ノエルにもモルフェの言っていることは理解できた。
むしろ、自分が思っていた名前のない感情の全てだ。
モルフェは歯に衣着せず、鋭い眼光もそのままだった。
「うっせえんだよ! 俺に言わせりゃ、ノエルが甘すぎるんだ。ここらの奴には、分かってない奴が多すぎる。文句を言うのは自由なんてのは、使い古しの言い訳だ。好き放題やんのがお前らの自由なのか? じゃあ、そんなもんはクソ喰らえだな」
「本当に口が悪いな……」
「本当のことだろ? おまえ羊だろ? ひな鳥みてぇにピーピー口開けてほざくんじゃねえよ。ここが気に入らなきゃ出てけ。足りねぇだと? 味が悪ィだと? 貰った餌が不満ならなぁ、いいか、お前が作れ」
「あっ、あたしは、ただ、もっとより良くなるようにしてあげようと思って……」
羊は怯んで後ずさりした。
「誰が頼んだ? 人様にぶつけるのは文句じゃねえ、頼み事があるなら『お願い』をしろ。人間だろうが獣人だろうが、礼儀知らずの野郎共に恵んでやる労働力はねぇ。気に入らねぇなら見なきゃいいだろ。俺は、俺のやりたいようにやる」
「モルフェ。お婆さんに言い過ぎだぞ」
「ふん」
その件以降、ノエルは思うようになった。
獣人だから全て自分たちの意向に沿ってくれるだろうとか、人間だから善人だとか、そんなことは無いのだと。
何を信頼して、何のために行動するのか。
ノエルは考えるようになっていた。




