種を植えるぞ
「ウォーター・ボール!」
池一面はあるかのような大きな球が空中に出現した。
どっぽん、と水の球が池に落ちる。
多少水面はあがったが、なんというか――
「地味だな」
モルフェがさっくりと言った。
「くっ……! 思ってたことを人に言われるとそれはそれで辛いッ」
「次いこーぜ、次」
「じゃあ! むしろ! えーい、アクアマリン!」
エネルギーの球がノエルの手を離れ、ぽわんと白い光を放つ。
「キュイーッ!」
「え……」
「キャアアアッ! 可愛いッ!」
と、ルーナが歓声をあげた。
「これ、何……コツメカワウソ? なんで、あ、アクアマリンだから……」
「おい、ふざけんなよ。遊んでる場合じゃねぇぞ」
モルフェが圧をかけてくる。
「分かってるよ! ここからだから、今はちょっと集中力が足りてなかっただけだから! 区切りが! 区切りが悪かった! 滑舌も! 今度こそいくぞ! うおぉぉぉ! アクア・マリン!」
ぽうっと光が出ていく。
そして。
「キュイーッ!」
「キャァァァッ可愛い! また出た!」
「くっ……アクア・パーク! アクア・サンシャイン! うみたまご! シーパラ! ちゅらうみ!」
「キュイーッ!」
「キュイーッ!」
「キュイーッ!」
「キュイーッ!」
「キュイーッ!」
ノエルは泣きたくなった。
「ダメだ、何度やってもコツメカワウソしか出ない……」
モルフェが呆れている。
「なんなんだ、お前は」
「スランプってこんな感じなのか?」
ノエルがぶつぶつ呟いていると、モルフェが言った。
「知るかよ。おい、レインハルト、ノエルをどうにかしろ。このままじゃオアシスどころか、ただの生態系の破壊者とわけのわからん生物の密輸入者だ」
「もう、雨でも降らせればいいんじゃないですか?」
レインハルトが投げやりに言った。
足下にまとわりついてくるコツメカワウソのメスを引きはがすのに必死になっている。
「あー、いいな、それ、お前の名前だな……ふふ……レイン……」
ノエルは腹の中に渦巻いていた鬱屈した感情を打ち上げるように、掌を開いて上につきあげた。
かかげた腕の上にエネルギーが集まっていく。
もしもまた大きなカワウソが出てきたら、その時はそいつにレインハルトと名付けよう。
ノエルは日本の雨を思い浮かべた。
突然バケツをひっくり返したように降る豪雨。
しとしとと降り続ける梅雨。
懐かしいが、もう過ぎ去った景色だ。
この世界では、いったいどんな雨が降るのだろう。
「レイン!」
詠唱と共に球を投げ上げる。
腹に力を込めると大きな声が出た。
投げ上げた魔力を見守る。
それは大きく膨らみ、ポシュンッと打ち上がって砂漠に広がる薄い雲に消えた。
すると、黒雲もないのに、雨がぽつぽつと降ってきた。
「お!? 成功じゃないか!?」
ルーナが眩しそうに目を細めた。
「晴れているのに雨が降るなんて不思議ね。ほら、カワウソさんたちも不思議そうな顔をしてる」
モルフェが言う。
「やればできんじゃねぇか」
ノエルはさっきまでの落ち込みが嘘のように、笑顔を取り戻した。
「そうだろ!? ほら、やっぱり俺だってできるじゃないか」
レインハルトが心配そうに言った。
「それはいいですが、なんだか雨が強まってませんか? う! うわ、痛いッ……水の鞭が上から降ってくるみたいだ」
ノエルの判断は速かった。
「いったん撤収しよう」
雨音で聞こえないようで、モルフェが聞き返した。
「何だって? ティッシュ?」
「違う! 撤収! 拠点に帰るぞっていってんの」
「オデンにマイルド?」
「からしかよ! 違う、あーもう、着いてこいっ」
モルフェの腕をひっぱって、モルフェがルーナの腕をひっぱって、ルーナがレインハルトの腕をひっぱって、ようやく四人は拠点に帰り着いた。
この辺りは雨が降っていないので、ドーナツ池の周りだけの降雨らしい。
雨は三日三晩降り続いた。
と、いうのも、出かけるたびにぽつぽつと雨が降っているので、分かったというだけで、黒雲がかかるわけでもなし、遠目から見ればそれほど変化はない。
ただ、ドーナツ池の周りだけがしっとりと水蒸気で煙っていた。
「よく分かんない感じになっちゃったけど、これだけ湿ってたら花は咲くだろ」
ノエルは小雨の降る中、コツメカワウソたちに話しかけた。
ここ三日間、それぞれが拠点の整備にせいを出していた。
ルーナは荒廃した村をまわって、瓦礫を運び出していた。
おかげで雑然としていた村は全体がさっぱりとして、おまけに道も壊れた石畳をルーナがつけ直してくれたおかげでずいぶん整備された。
レインハルトとモルフェは、もっぱら拠点の内部にいた。
モルフェはノエルの『ひんやり棚』の原理を調べると、それを部屋全体の気温調整に転用した。これまで地下牢で暮らしてきたモルフェは、自分たちの家を持ったことに喜びを感じているのか、口には出さないが誰よりも熱心に環境を整えていた。おかげで拠点はずいぶん快適になった。
レインハルトはレインハルトで、室内の環境を整えるのに躍起になっていた。
執事として十年仕えていたレインハルトは、貴族としての美的感覚の元に、拠点を優雅な屋敷へ作り替えようとしていた。
てきぱきと調度品を整え、足りない物は村長の家に行って相談したりと、とても有用だった。
顔と声に加えて頭がいいのだから、もう少し性格も丸くなって欲しい。
ノエルはというと、レインハルトに頼まれて光の魔法を使って街灯を設置した。オンとオフができないのが難点だが、これで夜間の安全が確保された。
ノエルが村でやったのはこれだけだった。
あとは、何をしていたかというと、もっぱらこのオアシス予定地に出かけて、土を触っていた。
「お、今回はだいぶいいんじゃないか?」
雨が小雨になったのもあり、池の周りの土はしっとりと湿って形を保っていた。おとといは手の中で溶けてしまうような有様だったから、落ち着くまで様子を見ていたのだ。
池には降った雨がたまり、まだ濁っている。
しかし、水位は満水だ。
カワウソたちは嬉しそうに水浴びをしながら、くるりくるりと体をよじらせて遊んでいる。
「何を植えたもんかなあ……」
ノエルは呟いた。
すると、遊んでいたカワウソの中から、一番最初に召喚された体の小さい一匹がぴょこんと出てきて、ノエルのところにやってきた。
「お。やってんな」
「キュイッ」
「お前らがちゃんと暮らしていけるように、オアシスを作ってやるからなー……っていっても、何を植えるかなあ。ここには種が全然ない。小麦くらいだが、あれは水をたくさん使うから、こんなとこには植えらんないしなあ」
すると、小さなカワウソがノエルの手に何かを渡した。
「これは……豆? まいていいのか?」
「キュイーッ」
「おお、ありがとうな。じゃあ、とりあえずこれ、まいてみるか。あと、エラさんに貰ったハーブの種も」
そして翌日。




