オアシスを作ろう
翌朝、起きた面々は三者三様に驚いていた。夜は大きな地震があったと話していたようだ。街灯もない暗い村では確認できなかったが、朝日が全てを明るみに出していた。
モルフェは、
「なんだあ? 山? 池?」
と言って、ものすごく目つきの悪い顔で変動した地形を見た。そして己の猫耳が消えていることに気付いてガッツポーズをしている。
ルーナは、
「えっ!? ええええええぇぇぇ! 何これっ!? 嘘ぉ!? 信じられない」
と、非常に素直な反応だった。
驚きのあまり、部屋の窓枠が少しばかり捻じ曲がったが、それは些細な問題だ。
レインハルトは、
「……ノエル様」
とにっこりと微笑んで、有無を言わさぬ口調でノエルを対面に座らせた。
羽は消え去っていたが、ノエルには見える。レインハルトの背後に黒い羽と悪魔のしっぽが。
「ちょっとお話が」
(こうなるから嫌だったんだよぉー! 食えない若造はガチ説教をかましてくるっ……)
なぜこのような惨状になってしまったのか、ということについて、話をさせられた。その後、考えなしだの集中力なしだの相談をしなさいだの、
「地殻変動をしてしまうというのは生態系に影響を及ぼすだけでなく歴史的な意味づけも変わってくるのです」
だとか、
「ノエル様は今や強大な武力なのですから、他国に認識されないように、目立たずにいるように、ご自分の意識を改革してもらわないと」
やら、つらつらと話が続き、ノエルは昼前までにぐったりしてしまった。
(こんなふうになるのが嫌だったから、夜中にこっそりと魔法を使ったのに……)
完全に裏目に出る結果になってしまった。
と、いうわけで、昼からはモルフェたちを伴って、砂漠の探索に繰り出したのだ。
「げっ……」
と言ったのはモルフェだった。
「池ができてる……これもノエルか?」
すごい、と素直に認めてくれるモルフェの視線が気持ち良い。
ノエルは得意になった。
「イエース! 頑張っただろ。俺のあふれ出る魔力をもってすれば、こんなドーナツ池くらいちょちょいのちょいで」
「ノエル様」
レインハルトが釘をさした。
「朝、忠告したことをもうお忘れになっているのですか」
「スミマセン調子にノリマシタ」
「よろしいです。目立たず! が鉄則ですよ」
「ハーイ」
渇水で様々な動物も被害を受けていたのだろう、ドーナツ池の周りには鳥も虫も水を飲みに集まって来ていた。
「よし! ここにオアシスを作るぞ!」
ノエルは山脈に囲まれていることは意識の外に置くことにして、元気よく言った。
昨日水をはって置いた、ため池はまだ半分くらいしか蒸発していない。
ここが枯れないうちに、事を起こす必要がある。
ルーナは熊耳をふよふよと揺らしながら、困った顔をした。
「はあ……そう言われても、ピンとこないんですよねえ。私だけかなあ……だって、今夜の夕飯のおかずを作るのとは訳が違うんですよ? オアシスって……どうやって」
「よく聞いてくれ。作戦はこうだ」
ノエルは砂漠の砂に池の水をかけ、湿った土に指で図を書いた。
「まず、ここ、そうだな……ドーナツ池としよう」
「ドーナツとは何なの? 美味しいもの?」
「うん、そうだよ、今度ルーナにも焼いてやろうな。で、それはともかくだ。まずはこの池を起点とする。地下水脈を掘り出して、ここに繋げる。そうすると、枯れないデカイ水源の完成ってわけだ」
我ながら完璧な計画だ。
そう思っていた矢先、白く無駄に美しい腕がピンッと挙がる。
「はい、レインハルトくん……何カナ……?」
ノエルはげんなりしながら言った。
「素人質問で申し訳ないのですが。地下水脈とはどこにあるのですか」
「えーっと……その、あの、……地中?」
モルフェがあくびをしている。
ルーナが心配そうにこちらを見ている。
レインハルトがキリッとした顔で言った。
「そのような地下水脈があれば、獣人たちも掘り出していたのではないかと推察します」
「え、ええと、技術的に、見つからなかったっていう話かも?」
「……ルーナ。獣人は耳が良いのか?」
「えっ!? えーと、私の場合は、目はそんなに良くないけど。鼻と耳はいいと思う……たぶん。他の人間よりは、良く聞こえてるんじゃないかな」
レインハルトの局所を見てしまった黒歴史を、ルーナの方も心に仕舞っておくことにしたらしい。とはいえ、微妙な距離感の二人だった。
レインハルトは淡々と言った。
「水源があるのなら、動物的感覚で見つけているのではないですか。それでも今までただの一度も見つからなかったということは、地下には無い可能性が高い」
「ぐっ……」
「ですが、俺たちにはノエル様がいます」
レインハルトはにっこり笑った。
「ここならどれだけ暴れようが、誰も見やしませんよ……さあ、思いっきり……貴女の中から全部、全ての水分を絞り出して下さい」
なぜかルーナが、はわあっと叫びながら赤面している。
ノエルは理由もなく慌てた。
「違うぞ、なんか違う想像をしていないか? 魔力のことだぞ」
「それ以外に何があるんです?」
レインハルトが不思議そうに首を傾げる。
「レインは黙っててくれ。ルーナ、何とは言わないが誤解をしていないか? レインがいいのは顔と声だけだぞ?」
「ノエル様、早くしてください」
「あっ、はい」
モルフェは鼻をほじっている。
もう少し、主人のことも気にかけて欲しいものだ。
「レインは思いっきりと言ったが……なあ、『ウォーター』の『ウォーター』ってさ……淡水なのか? 海水なのか? 素朴な疑問なんだが……飲めるのか?」
モルフェが言った。
「前も言ったが、『想像力が現実を変える』んだ。教科書にない魔法なんてそんなもんだ。イメージの力なんだから……お前次第でどうとでもなる」
「えっ、つまり、酒の池も原理上は可能ってことか……?」
「そうなるな」
「絶対にやめてくださいよ」
レインハルトが口を挟む。
ノエルにしてみても、また延々と説教されるのは御免被る。
「よし、じゃあ、んー……澄んだ山の清流をイメージして……詠唱はどうしよう」
ここまで来たら、ノエルにも何となくこの世界の魔法の原理が分かってきた。
貴族たちが学院で教えているのは、教養としての攻撃魔法や防御魔法で、非常に形式的な物だ。
そうではない。
教科書に載っていないことこそが、大切で、研究の対象なのだ。
詠唱はイメージを明確にさせるためのものに過ぎないのだろう。
だから、詠唱しなくてもしても、使い手次第で魔法は発動する。
詠唱はイメージを形にする手助けをしてくれる、単なる呪文なのだ。
ノエルは考えた。
「うーん、綺麗な水をためる魔法だから……ウォーター……いや、アクア? オイシイミズ! とか? うーん」
ノエルは悩んだ。
「最後のはゲロダセェからやめとけ」
と、モルフェが忠告する。
「よし、とにかくやってみよう」
とノエルはエネルギーを胸元に溜めた。




