池を造ろう
真夜中に起き出したノエルは、分厚い上着を羽織った。
ムッシュという黒い羊の毛で織られた、ムッシュローブを羽織る。
なるほど、風を防いで温かいし、はたけば砂が間から落ちるようになっている。
日中、ルーナに木の扉をつけてもらった。
これでノエルの力でも自由に簡単に開けられる。
やらなければいけないことは、はっきりしていた。
「まずは水源の確保だな」
何はともあれ水がなければ話にならない。
ノエルはここまでの令嬢としての人生、そして青髯としての七日の人生で、理解していたことが一つあった。
(山火事の日にレインが言っていたように、俺は――『武力』になりうるんだ。俺の『魔力量』は、目立たないほうがいい)
ノエルは日中、レインハルトたちと語った夢物語のような話を思いだしていた。元騎士団寮、もとい『拠点の屋敷』から、しばらく歩いた砂漠の中央部だ。
「確か……この辺だったかな」
池があるといいですねと言っていた土地はこの辺りだろう。
ノエルは『拠点』と反対方向の、小高い丘の後ろ側に来ていた。
遠くにずっと砂漠の道が続いているが、もっと見えなくなるほど北進すれば氷河にぶちあたるらしい。
どちらにせよ、不毛な土地だ。
すう。
ノエルは深呼吸をした。
(水源を作ろう)
このためにノエルは一人で真夜中に起きてきたのだった。
日中にやってもいいのだが、うまくいかなかった時のことを考えると、仲間たちのがっかりした顔を見るのは悲しい。
そして、それなりにあると思っていた自分の魔力量がたいしたことがなければ――それはそれで、かなり恥ずかしい。
(勝算がありそうなら、明日レインハルトたちに話して、本格的にやってみよう)
ノエルはモルフェの教えを思いだした。
『魔法はイメージだ。想像力が現実を変える』
『バリア』のすかすかだった網を、イメージで盾にできたのだ。
きっと砂だって水にできるはずだ。
ノエルは試してみようと思った。
「えーっと……池を作りたいんだから……なんつーかこう丸い……」
とはいえ、想像力にあまり自信がない。
何か具体的な想像をしようとノエルは努めた。
「あっ! ドーナツだ!」
丸く浮き輪のようにぷっくりと膨らんだ焼き菓子。
あのイメージでいこう。
ノエルは心にドーナツを思い描いた。
(えーと……あまくて、まあるくて、おおきくて……? うまい……いや、池にしたいんだから味はいいんだ味は。土だ土!)
なんとなく不安だが、とりあえずやってみよう。
ノエルは大きなドーナツを思い描く。
そう、家一軒が入るくらいの大きなドーナツを砂漠に出現させるのだ。
後から中に水をはれば、簡易オアシスの水源ができるはずだ。
(うーん。囲いにするんだから、砂だけじゃだめだな。岩とか……大きな石も入れて、壁を造るイメージで……)
魔力をみぞおちに集める。
山火事を消した時は両手で握れる大きなボールくらいのつもりだった。
(それなら、今回はもう少し大きくして……え、ええと……どんくらいだ……ボウリングの球みたいな? 重たいイメージ……こうかな……)
じんわりと魔力が熱を持つように膨らんでいく。
(これに穴を開ける。お、いいぞ。俺天才かもしれん)
ノエルは少しばかり調子に乗っていた。
(よし、しっかりした囲いを作るぞ。強いドーナツ……違う、カッコイイ囲い……かこい、だけに……なんつって……あっダメだ、ダメダメ、集中! 今、集中!)
そこで、一瞬、ノエルの集中力が途切れた。
固めていた魔力が押さえを失い、手の間から羽ばたく鳥のように広がる。
(あっ!? これ、ちょ、待って、ヤバくね……?)
元に戻そうとノエルは焦って手を動かした。
それが良くなかった。
焦りというのは禁物で、状況を良くすることは十に一つも無い。
ノエルが変に負荷をかけた結果、魔力はぶにんと楕円状に広がった。
(ああああ! 今のなし! キャンセル! Bボタン!)
ノエルが焦れば焦るほど、力がこもっていく。
つまり、楕円はとんでもない大きさになり、広がっていった。
「うわぁぁぁぁ……どーしよ……」
人生はゲームではない。
ノエルは痛感した。
「ぐ、あ……待て、ちょ、もう無理ッ……!」
つまりは、BボタンもXボタンも出現しない砂漠で、ノエルは己の中からくみ上げたエネルギーの塊を放出せざるをえなかった。
「あっ……!」
手からフッと重いものが飛び立つ。
一瞬のことだった。
光とともに、ふくれあがったノエルの魔力が広大な砂漠に伸びていった。
静かな光の足跡の上を、影のように何かが覆った。
それは影だった。月の光に照らされて影は伸びる。
生き物のように地面がうごめく。
砂と土がワルツを踊るように舞い、地面から石が盛り上がり隆起する。
ゴ、ゴ、ゴ……。
地鳴りがし、大地が揺れた。
ノエルは声も上げられなかった。
立っていられない。
かろうじてバリアを詠唱した。
落ちてくる小石が現実感を打ち付けてくる。
(わぁああああ……)
やがて揺れがやんだ。
粉塵の中、かろうじて目を開けると、そこには長く連なる山々ができていた。
(なっ……)
イメージしたのがドーナツだったせいか、穴の真ん中にマールの村が位置している。ただし、マールの村を不格好に山脈が取り囲むという形だ。
いわばダム湖に沈みゆく村のような状況に成り果てていた。
完全なる地殻変動だ。
ノエルたちの拠点は山脈の麓の村になっていた。木は生えていない、岩と砂の山だった。
防衛力は完璧だろうが、欠点は二つだ。
一つには水をはったら確実に水没する。
もう一つには、山脈には扉がついていない。つまりは出入り口がないということだ。オリテやゼガルドに戻ることは、これでしばらくは不可能になった。
「……お、思ってたのと、違う」
これはもしかして、非常にまずいことになったのではないだろうか。
ノエルは砂漠の風を感じながら、自分がやってしまったことを遠い目で眺めた。
「と、とりあえず……うん、もう一回やってみるか?」
誰にいうでも無く、ノエルは呟いた。
今度はもっと小さなドーナツにしよう。
最初からハニーチュロスにしようと思ったのが敗因だった。もう忘れて次はポンデリングくらいにして手を打とう。
ノエルは諦めずに、もう一度リトライした。
自分たちを取り囲むような山脈はいったん忘れよう。
ノエルは歩いて場所を変えることにした。
(気合いが空回りだ。イメージをディッピンドッツ一粒くらいにしよう)
もう少し村に近付いて、深呼吸をする。
ノエルは爪の先に乗るような、カラフルな粒アイスを思い浮かべた。
そのかいあって、今度のドーナツ造り作戦は成功した。
ディッピンドッツ一粒分の魔力を放り投げて、できた輪っかの中に同じく、小さめの魔力を放つ。今度は水が満ちるイメージで、ウォーターを詠唱して、何度か小粒の魔力を様子を見ながらいれた。
ズオオオオ……と水が満ちる。
「ハッ……ハァ……疲れた……」
こうして拠点の近くに小さな――といっても、わりときちんとした大きさの湖ができた。
(昔、富士山のふもとで見た、一番小さい湖くらいはあるんじゃないか? よし、これだけあれば、ドラゴンの襲撃までは持つだろう)
仕事の失敗は仕事でカバーする、という前世の上司の教えが今に生きている。
ノエルは9割の疲労感と1割の達成感がない交ぜになったような気持ちで、とぼとぼと『拠点』へと向かって砂を踏んで歩いた。




