空き家を快適にしよう
ノエルたちはエラにビスケットのようなパンと乾燥果実をご馳走になり、昼からの作業に取り掛かった。
モルフェとルーナは近場の廃屋から持ち運んできた家具を配置し、住み心地の良い空間を作り上げた。
ルーナが大きな棚やテーブルをひょいひょいと運ぶので、重いものも簡単に配置することができた。
モルフェは魔法で物を水洗いしたり、風でベッドの埃を吹き飛ばしたりと、案外器用に立ち回っている。
レインハルトは地道に一人で修復作業をしている。魔力のないぶん腕力と技術力に頼ってきたというレインハルトは、トゥレグに譲ってもらった釘や金槌を駆使して、穴の空いたところを板で塞いでいる。
ノエルはぼろ布を水で濡らして、床を拭いていた。トントンと隣からレインハルトの金槌の音がする。
「なー、レインさっきは……」
「水がないのは困りますね」
レインハルトは被せるように言った。
もう先ほどの痴態は、彼の中では無かったことになっているらしい。
忘却は心を守るための秘薬である。
ノエルは謝罪の言葉の代わりに、心の中でスライディング土下座をかまし、明るい声で提案した。
「便利キッチンアイテムみたいなの、あればいいんじゃないか」
「例えば何ですか」
「こう……綺麗な水がいつも出てくるウォーターサーバーとか。食べ物を新鮮に保つ冷蔵庫とか」
「ウォーター……? レイゾウ?」
レインハルトが戸惑っている。
こいつは元とはいえ王族だったから、馴染みがないのかもしれない。
「ほら、俺が実家にいたとき作ったじゃんか。俺の部屋に永遠に蜂蜜水の出てくる水差しがあったし、ひんやり棚もあっただろ」
「ああ……」
レインハルトが合点した。
「ノエル様がエリーにもらったマカロンを隠していたひんやり棚ですね。大事にし過ぎて腐らせてましたが」
「う……腐らせたのはあれ一度だけだぞ……」
あまりに美味しそうだったので、とっておいたのが災いした。
「まあ、あれは確かに役立ちそうですね。というか、水差しの件は俺は知りませんでしたが、自動供給されてたんですか?」
「うん」
レインハルトが目を見張った。
「そんなもの、どうやって作ったんですか」
「うん? 学院で効果付与っていうの習ったんだ。俺、攻撃魔法が激ショボだったから、そればっか練習してたときがあって」
直接的な攻撃魔法は威力が弱くて使い物にならない。
ノエルは、その分、状態変化や効果を付与する魔法を、一所懸命に研究した。
麻痺効果のあるパラライズだの、毒効果のあるポイズンだの。
しかし、仮想の敵全体にかけるような魔力はなかった。そのため、発動範囲が極めて狭かった。
「敵単体にかけるような状態変化魔法を、水差しにかけてみたら、どうなるか試してみたらうまくいった。あのな、コツは物を敵だと思い込むんだ。そうすると、なんか……こう、グワッとなってドゥルンってなる時があって! そうすると効果が付与される」
レインハルトは、
「なるほど、分かりません」
とノエルの説明を一刀両断した。
ノエルはめげずに説明した。
「ひんやり棚は、棚に弱いアイスの効果を付与したらいい感じになった」
「はちみつ水はどうやったんです?」
「よくきいてくれたな! あれは、自信作だったんだ。最初、蜂蜜水を食事室まで取りに行くのが面倒臭くて……で、最初、水差しを混乱させてみたら、中身が珈琲とかレイム水になっちゃってなー……次に石化してみたら、今度は蜂蜜ゼリーになって。氷効果つけたら蜂蜜アイスになった。で、諦めかけたその時だ! ひらめいたんだ」
「はあ……」
「水差し全体に封印、幻惑の効果を付与して、それをベースに体力自動回復魔法をかける! さらに氷効果の付与で、ひんやり蜂蜜水自動精製器の完成! というわけだ」
「早口過ぎてよく分かりませんでしたが、まあ、何だかすごいですね。ノエル様は、賢いのか何なのか分かりませんね……」
ものぐさが産んだ、偉大な発明である。
ノエルはレインハルトの手を借りながら、騎士団寮にあった古びた大きな貯蔵庫を、『ひんやり棚 改』として、生まれ変わらせた。
「あとは水、だが……」
水源がここにはない。
異常気象だか、気候変動だか知らないが、枯れかけている泉から引っ張ってくるわけにもいかない。
「オアシスのように、池でもあればいいんですがね」
釘を戸棚に打ち付けながら、レインハルトは言った。
「池かあ……」
その時、二階からルーナに呼ばれて、ノエルたちの話は中断された。
手の甲で汗を拭いたモルフェが言った。
「とりあえず、こんなもんだろ」
「お、おおっ……!」
ノエルは驚いて歓声をあげた。
BeforeとAfterがまるで劇的に変わっている。
他の部屋から持ってきたのか、机やベッドもきちんと整えられている。
「この隣が女部屋だ。ルーナとノエルはそっち」
「よろしくお願いします、ノエルさん」
と、ルーナが嬉しそうにはにかむ。
「俺が一緒でいいのか? まずいんじゃないか?」
ノエルは首を傾げた。
レインハルトが眉をひそめる。
「ノエル様は身体上は、ブリザーグ伯爵家のご令嬢なのです。そんなノエル様と男共が同室だったら色々マズイんですよ。お立場を考えて下さい」
元王子に『お立場』を説かれたくはないとノエルは思ったが、事態がややこしくなりそうだったので黙っていた。
男部屋と女部屋に分けているのは、先ほどの悲劇を経た上での、モルフェなりの配慮なのかもしれない。
「細かい装飾やらはともかく、必要最低限の家具は配置できたぜ」
ルーナも敬礼して言う。
「壁や天井の修復もだいたい終わりました!」
モルフェとルーナが良い仕事をしてくれた。
(俺も頑張らなきゃなあ)
ノエルは、仕事のできる従者に頼み事をした。
「モルフェ、エルさんのところに行って、食料がある場所を聞いてきてくれ。あと、厚手の服も借りてきてくれるか?」
「あ? ああ。いいぞ」
「私は何かすることはありますか」
目をキラキラさせたルーナが尋ねてくる。
背が縮んだからか、ルーナの顔が近くにある。
生きがいを見つけたような瞳には活力があって、とてもあの宿屋で自信を無くしていた女の子と同一人物には見えない。
「うーん、あ! そうだ! ルーナは木の扉を作ってくれ」
「ノエルさん、ちっちゃ……可愛い……お花の妖精さんみたい……」
「おい? ルーナ? 聞いてる?」
「ふぁ! ハイ! 木ですね!? はい、分かりました」
自分よりも少し高い背をしたルーナの後ろ姿を見て、ノエルはこっそり背伸びをした。
まだ伸びる。
まだこの身体は成長期のはず、だ。




