誤解を解こう
村長の家に逃げ込もうとしたものの、扉が開かない。ノエルは必死の形相で窓を叩いた。
トゥレグは水を汲みに行ったのか不在だったが、妻のエラが起き上がって窓を開けてくれた。数刻の間にもう起き上がれるまでに回復したらしい。
「ゆっくり休んでいるときにすみません! エラさん! さっきの鳥と猫とノエルです。混乱させて申し訳ない。でも俺たちの命の危機なんです」
「おい話は後だ。中に入れろ」
半裸のイケメンたちがいきなり窓から乗り込んでくるのだからエラは驚いただろう。しかし、年の功なのだろうか。
「まあ……」
と言った村長の妻は、モルフェの黄色と緑の交じった目を見て、何かを察したらしい。窓を大きく開けて、
「ここから入れるかしら」
と目尻の皺を深めた。
室内でエラは頷きながら事情を聴いてくれた。
「そういうことなら、こんなおばあちゃんでも少しは力になれるかもしれないわ」
エラは大きな戸棚から、白っぽい布を持ってきた。
「これ、息子たちが着ていたものだけれど……とりあえず、これを着てはどうかしら。私が作ったものなの」
「エラさんが?」
市場で売っているものと遜色ない。
エラはやつれた頬を少し緩ませて笑った。
「裁縫は好きなのよ」
ノエルはこの家に、彼女特製のクッションがいくつもあったのを思いだした。
エラはノエルたちを頭から爪先まで、じろりと見た。採寸するような隙のない視線だった。
「さすがに下着はないから……簡単でいいなら、作るわね、新しい布で。少し時間をくれたら、……そうね、明日取りに来て頂戴」
「でも、エラさんまだ回復してないのに、そんなのわる……モガッ」
と言いかけた令嬢ノエルの口を、モルフェが片手で塞いだ。
「助かる。ありがとう」
モルフェの口から素直な礼の言葉が出るなんて、明日は槍でも降るんじゃないだろうか。そんなに花パンツが嫌なのか。
ノエルは呼吸困難になりそうになりながら思った。
「痛み入ります」
レインハルトも白布を着て感動している。
「とても肌触りがいい。これは……?」
「ギザという植物からとれる布よ。砂漠は何もないけれど、昔、まだもう少し水があったときはこの辺りでも栽培されていたの」
エラはノエルにも、私の古いものでよかったらと服をくれた。
濃い赤のワンピースは確かに手触りが良い。ノエルにこれをくれたということは、どちらかというと男というより女性らしく見えているのだろう。
(この素材は、綿……みたいなもんだな、たぶん。ギザは乾燥地にも生える植物なのか。覚えておこう)
と、ノエルは思った。
それにしても本当に手触りがいい。
絹にも劣らないほどだ。
温かいけれど通気性も良くて、砂漠の気候に適しているのだろう。
ノエルは服を着て人心地ついた。
「じゃあ、黒猫ちゃんは貴方。鳥さんは貴方。そして、ノエルさんは、貴方……でいいのよね?」
エラはレインハルトたち一人一人を見ながら確かめた。
「ずいぶん印象が違うけれど、モルフェさんとレインハルトさんの瞳の色は変わらないのね。ノエルさんはもうまるっきり別人ね」
ノエルは頭をかいた。
男装していた時に髪はばっさり切っていたが、変化薬の効果なのか、前よりも伸びている感じがする。
「はあ、実はそうなんです……すみません」
「どうして謝るの? 面白いわ。どちらが本当の貴方なのかしらね」
「いやあ……」
焦るノエルの顔を見て、エラは愉快そうにコロコロと笑った。
おっとりした年配の女性の、余裕と包容力に癒やされる。
エラは尋ねた。
「もう一人の女の子は?」
「ああ、ルーナ!」
ノエルは叫んだ。
そうだった。大切なことを忘れていた。
エラは不思議そうに尋ねる。
「あの獣人の女の子……ルーナさんも薬で変身していたの?」
「いいえ、あの子は違います。だからややこしくなっているというか」
モルフェが言った。
「あいつに伝えて無かったんだ。俺たちが変化薬を飲んでるって」
ノエルが反省する。
「なんか色々あって……うっかり言い忘れちゃったんだよ」
レインハルトも付け足す。
「いつでも言えるかなと思っていると、言えなかったりするんですよね」
三者三様の言い訳を聞いて、エラは怒るわけでもなく
「あらあら」
と微笑んでいた。
ノエルは打ちあけた。
「話をしようにも、ルーナは完全に俺たちのことを、変質者二人とその被害者女性だと思ってて……」
廃屋に半裸の男たちが二人、布一枚羽織っただけのような美少女を連れ込んでいる姿を見たら、確かにそう判断するだろう。
猫の耳やら鳥の翼だのは、獣人のルーナにとってはあまり重要ではないのかもしれない。
そうではなく、年頃の女の子としての部分。金髪碧眼の青年の下半身を直視してしまったこと。その後、それが花鳥風月仕様になっていったことや、まあきっとそういう所なのだろう。
背後でガタンッと音がした。
ノエルは恐る恐る振り向いた。
「見〜つけた……」
窓から熊の耳が見え隠れしている。
「うわあああ!!」
ノエルたちを見つけたルーナが怪談に出てくる女幽霊のようにエラの部屋に突撃しようとしてきた。だが、しかし、
「ルーナさん? 大丈夫よ。ちょっと中でお茶でも飲みながらお話しましょうね」
というエラのおっとりした言葉に、ルーナは毒気を削がれたように頷いた。
そして、ハーブティーを頂いたルーナは、エラから事情を聞いて、ふうとため息をついた。
「なあんだ。ノエルさんたちだったんですね。変化していたなんて知らなかった。変な動物たちだとは思ってたけど……もう、早く言ってくれたらよかったのに」
「はは……」とノエル。
「言おうとしたけど聞かなかったんだろ」とモルフェ。
「死ぬかと思いましたね」
レインハルトは青ざめていた。
モルフェが着心地の良い服の裾を握りながら、ぽつりと言った。
「何がどう役立つかなんて、分かんねぇもんだな……」
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