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おっさん令嬢 〜食いしん坊で呑兵衛な転生おっさん(※元刑事)は魔法令嬢になって大陸の覇者となる〜  作者: 丹空 舞
(1)姫薔薇の妖精ノエル・ブリザーグ5歳 レインハルトとの邂逅

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豚の襲撃、白銀の少年

「キャアアアアッ!」

 女性の悲鳴とグラスが割れる音がした。


 ノエルは無表情で素早く立ち上がった。

 悲鳴や緊急事態には状況確認が最優先だ。

 階段の位置を確認しておいてよかった。



「何事なのッ?」

 シーラが叫ぶ。


 窓ガラスが割れ、獣の鳴き声がする。

 パーティの参加者たちが叫び合っている。


「オークの群よ! 庭から中に入ってきたわ」

「どうして、こんな日にッ」

「騎士団は!?」

「玉座に近付けるな!」

「押すな! 私は貴族だそ! 玄関を開けろッ」


 シーラが顔を強張らせた。


「ノエル様! オークのようです。お気を確かに」

「逃げるぞ、シーラ」

「お待ち下さい! 旦那様や奥様のご指示をッ」

「父親と母親を待っていたら遅い。早く出るにこしたことは無い。向こうは向こうで何とか避難するだろう。オークの群は庭からこっちに向かってるんだろ。一階のどこかの窓から外に出て、庭と反対方向に向かって走るぞ」


 シーラは目を見開いた。

 しかし、すぐに真剣な表情で頷いた。

「わかりました」


 ノエルは靴を脱いで手に持った。

「さあ、早く。こっちだ」

「ノエル様、どうして分かるのです」


 警官の職業病で、建物に入るとき、出口と避難経路と窓と階段を確認する癖があるのだ、とは言えない。


「……偶然な」

 と言ってごまかす。

 それよりも、今は逃げなければならない。


 オークは人型をしているけれど、知能が低く、やっかいな魔物だ。

 近頃では集団発生して、町にまで降りてくるときがあるというが、まさか宮廷にまで入ってくるとは。


 ノエルはシーラと手に手をとって、ごったがえする廊下に出る。

 紳士淑女たちが泣き叫び、足を踏み合ってののしり合う姿はさながら地獄絵図だ。


 突き当たりにたどり着くと、シーラが窓を大きく開け放った。

 すぐそこは裏庭の地面だ。

 シーラに引き上げてもらって、ノエルは自分も外に出る。


「森の隣のあぜ道を抜けて、お屋敷の方へ向かって歩きましょう」

 とシーラが少し落ち着きを取り戻して言った。


 すると、シーラの顔に陰が落ちる。

 ノエルはぎょっとして目を見開いた。

 まさか、そんな。


 一回り大きなオークが、牙を剥きだしにして、シーラの隣に立っていた。

「グォォォ……!」

 顔から首にかけて、入れ墨のようなあざがある。


 シーラが隣を見て悲鳴をあげ、駆け出す。

 それでも、オークの方が速かった。

 シーラの二の腕をひねりあげて掴む。


「イヤァァァ!」

「シーラ! やめろ、はなせっ!」


 オークが噛みつこうと口を開く。

 シーラは振り払おうとするが、オークの力は人間の5倍だ。

 太刀打ちできる相手じゃない。


「お嬢様! お逃げ下さい!」

 シーラは懸命に叫んでいた。

「くそ……!」


 ノエルははいていた靴を手に持ち、思いっきりオークの眼を狙って投げつけた。


「グゥ!」

 オークは顔を振り払った。

 その瞬間、パッとシーラは身を引く。

 だけど、シーラの二の腕をオークは馬鹿力で掴み、離そうとしない。

 シーラが苦痛に顔を歪める。


(どうすればいい。どうすれば)


 ノエルはオークとシーラの隣で考えた。

 大声で助けを求めれば誰かは来てくれるかもしれないが、オークの群れを悪戯に刺激し、呼び寄せてしまったら万事休すだ。


 オークの手に力がこもる。

 シーラの二の腕を今度は両手で掴んだ。


「う、ああぁぁぁぁっ!」

「やめろっ!」


(このままだとまずい。何か、何かないか)



 周りを見渡せど、何も武器になるようなものはない。

 あったとしても、幼いノエルに使いこなせるはずもない。



(――魔法)



 念じる。

 目の前の女性(ひと)を助ける力。

 信じる。

 きっと何か、ここが魔法のある世界だというのなら、自分にも何か。


(何も起きない)



 腹の中が熱くなるような感覚がするが、それだけだ。

 どう使いこなせばいいかも分からないエネルギーが体に充満する。

 余りにも無力で小さな自分の情けなさにノエルは腹が立った。



「お嬢様、お逃げ下さいッ……お父様たちの所へ!」


 痛みと恐怖に眉をしかめながら、自分を逃がそうとする大人(シーラ)。




(情けねぇ)




 5歳のノエルはキッと顔をあげた。

 魔法は使えないが、このまま離れてしまえば、女性を見つけたオークは獲物を巣に連れ帰るだろう。

 身の保証は何もない。


 ノエルは握り拳を作って、オークに突進していった。




「おぉぉぉぉぉっ!」




 獲物の腕をつかんでいたオークの手の甲に、思い切り噛みつく。



「グア!?」


 オークが怯んで、本能的に突然の痛みに手を離した。振り払われて、ノエルは地面に転ぶ。

 その拍子に、シーラもドサッと倒れ込む。


 何が起こったか理解したオークの赤い充血した目がギラリとこちらを向いた。

 首の入れ墨がオークの体液にじんめりと濡れ光っている。

 オークは鼻から血を出し、怒りに満ちている。もう正気を失っているのか、それともこれがオークの本来の姿なのか。



 ノエルは豚をにらみ返して不敵に笑った。


 もう絶体絶命だ。

 だけど、泣いたってどうにもならないなら、ハッタリで取り繕って戦ったほうが100倍良い。


 オークのぶよぶよとした大きな手が、ノエルの首を狙ってにゅっと伸びてきた。


 既に一度死んだ身だ。

 

「お前がその気なら、俺が息絶えるまで、噛みちぎってやる!」


 ノエルはシーラの悲鳴を聞きながら、涎を垂らす豚を睨みつけた。







 その時、一迅の風が吹いた。

 砂煙にノエルが目を瞑ったその一瞬。


 バサッ!


 と風の音がした。オークの体が揺らいだ。



 ドォンッ!!


 巨体が真横に倒れて地面に沈む。

 地面に血溜まりができて、赤い水たまりのようだ。

 ゆっくりと倒れたオークの体は、首を境にして二つに分かれていた。


 血溜まりの後ろに、白銀の髪をした人が佇んでいた。

 長めの前髪が、残像のように風になびいて揺れる。

 鋭い目は凍てつく氷のようだった。

 身長はそれほど高くないので女性かもしれない。


「……怪我はないですか」


 声変わりをしてすぐの、高くもないが少しばかり不安定な音だった。


(若い男だ)


 ノエルは目の前に現れた少年をじっと見た。


 まだ幼さは残るものの、ものすごく整った顔をしている。猛禽類のような鋭さのある顔貌だ。成長途上らしく首や手足が長い。

 オークの返り血を浴びた肩はべったりと濡れていたが、気にした様子はない。

 頬に飛び散った血をぞんざいに指の背で拭いている。



(こいつ、血に慣れてやがる)


 ノエルは感心した。

 まだ10代の半ばほどだろうか。

 この年齢で、これほどの剣裁きとは恐れ入った。

 何よりも身のこなしが速い。


 シーラはハッと我に返った。

「大丈夫です! 問題ありません。ありがとうございます」

 シーラは腕をさすりながら言った。


「そう。よかった」

 少年は微笑んだ。

 シーラが赤面する。

 ついでにノエルも見惚れてしまった。


(うっわ……)


 少年の凍てついていた瞳が溶ける瞬間、ぶわっとその辺りの空気に花が咲く。

 分かってやっているのかは定かでは無いが、この美貌に気が付かないでいることは誰にもできないだろう。


 少年だけが、美貌(そんなこと)を気にかけずに淡々としていた。


「まだ豚はたくさん居る。広場の方へ逃げましょう」




 銀髪の少年は先陣を切って早足で歩いた。

 ノエルはシーラに抱っこされながら、その後ろを着いていく。

 何度もオークが出てきたが、少年はその度、ノエルたちを下がらせて剣を振るった。

 豪快な剣さばきによって、オークたちは次々と倒れていく。

 ノエルはその光景に圧倒されながらも、彼の勇敢さと強さに感銘を受けた。



(すげぇ、無駄のない動き)


 光る刃が、そのまま人になったかのようだった。


 そして、広場に着き安全を確保したころ。


「お怪我、ありませんでしたか」

 と、シーラとノエルに話しかけた少年の、案外に穏やかな笑みに、ノエルの心の中には、特別な感情が芽生えていた。



(似てる)



「本当に助かりました。あの、お名前は」

「名乗るほどのことはしていません」

「いいえ! このままでは私が、帰ってからご主人様や奥様に叱られてしまいます」


 シーラがくいさがる。

 銀髪の少年は、困ったように笑って言った。



「レインハルトです」



(ハルさんだ)


 と、ノエルが思うほどには、その少年には年齢を思わせない落ち着きがあった。

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