7日目の蝉男達2
「あっ!? いや、これは違う、ちょっと待ってくれ」
「何が違うのよ変態!」
これはレインハルトの命が危ない。
ノエルは、思った。
(今こそ、俺の魔力を使う時!)
フローラの原理である。
原色の花をレインハルトの股間に咲かせた記憶はまだ新しい。
ノエルは必死だった。
数秒後にはルーナにひっかき殺されそうなレインハルトを救うには、これしかない。
「フ……」
そこで、ノエルはふと思った。
なぜ天使になっているんだと思ったが、レインハルトの羽は。
ああ、あれは鳥なのだ。
元々、白銀の髪になる前のレインハルトは金の髪だったらしいから、本来の地毛になり、更に鳥化したときの金色の羽が残っているということだ。
(なるほど、顔が綺麗過ぎて人間離れして見えたけど、ありゃあ天使じゃなく鳥だったのか)
と、思ったのがいけなかった。
詠唱中に他のことを考えるのは愚の骨頂だ。
せっかく集めた魔力が雲散霧消してしまう。
ノエルは学院でそう習ったのに、どうしても集中仕切れなかった。
普通ならば雲散霧消する魔力も、ノエルはいかんせん魔力量が、人の何倍もあって並々ならぬ大きさであるがために、魔力は消えずに暴走してしまうのだった。しかし、ノエル本人はまだそうとは知らない。
彼――彼女は、純粋であり、天真爛漫であり、素直な人間だった。
「フローラ・バード!」
と詠唱して、ノエルは間違ったことに気付いた。
(あれ、待てよ、今、違った!?)
やっぱ今のナシと言いたいが、発動した魔法は元には戻せない。
ノエルの胸元から放たれた魔力の塊は、レインハルトの腰骨を直撃した。
そして、金色の花が幻想的に広がり始める。
腰骨を一周するように生えた草からは花が咲き、天使の下半身を隠す美しい衣となった。
それだけで良かった。
しかし――、
ノエルが詠唱したのは『フローラ・バード』だった。
金色の天使の下半身の中央部から、草木の衣が盛り上がる。
花は重なり合うようにその体積を増していく。
ゆっくりとレインハルトの下腹部から腕のようなものが生える。
モルフェがヒクッと腹筋を震わせた。
ノエルは土下座の体勢に入っている。
レインハルトは驚愕の表情で自分の下半身を取り巻く花々を見守っている。
腕のようだった隆起は長い鳥の首の形になり、クチバシが生えた。
花祭りの衣装のようだが、形が形だけにどことなく卑猥さが際立っている。
前世、昔のテレビ番組で観た、バレリーナの衣装を着て踊るコメディアンのふざけた顔をノエルは思いだした。今回は俳優も真っ青のイケメンが対象者であり、それを強いたのは自分である。
(被害者がPTSDを患ったと認められる場合、傷害罪に問われ「15年以下の懲役又は50万円以下の罰金」……うわ……逮捕もありえる……)
前世の警察としての知識が、今の自分自身に追い打ちをかける。
ノエルは、あちゃあ、と眉をしかめた。
悪気は無かったのだと言って、レインは許してくれるだろうか。
ノエルはぶかぶかの自分のシャツ一枚にくるまって、ルーナの眼前で卑猥な花パンツを見せつけている状態を強いられている、可哀相なレインハルトに向かって手を合わせた。
モルフェは声を出さずに、息が止まりそうなくらい笑っている。
ルーナが赤面してゆでだこのようになっている。
握りしめられた拳が、ぶるぶると震えた。
「ほ……滅びろぉぉぉぉぉっ!!」
メキョッと音を立てて、長大な絵がルーナによって外された。
モルフェは爆笑を引っ込めて、生存戦略を練ることにしたらしい。
レインハルトは鳥の首を引っこ抜いて床に投げ捨て、後ろに飛びすさった。
瞬間、壁一枚分くらいはある大きな絵が、天井に傷をつけた。
振り上げられた板が、思い切りレインハルトやノエルがいる方へ打ち付けられる。
(あ、まずい)
自分たちも攻撃範囲に含まれている。
モルフェが無詠唱でバリアをはったのが分かった。
このままだと実際に命の危機だ。
バキイイィィッ!
バリアごしにでも衝撃が来た。
空気が揺れ、肌がびりびり震える。
すると、床が嫌な音をたててきしんだ。
まずいところだった。
もっと衝撃が強ければ、古い木の床が崩落していたかもしれない。
「なあルーナ、落ち着いたか、ちょっと話を……」
しよう、と言いたかったのにノエルは言えなかった。
なぜかというと、目を血走らせたルーナが、もう一度、トールハンマーのように額縁付きの絵画を振り上げていたからだった。
モルフェが焦ったようにバリアをはる。
レインハルトとモルフェ、そしてノエルは、ほとんど生まれたての姿のまま、いつのまにか三つ子のように肩を寄せ合ってひとかたまりになっていた。
バキィィィッ! ミシッ! ……ドオオォン!
床が抜けた。
下は一階の石畳だ。
(落ちる)
ノエルは無意識に、本能的に詠唱していた。
「シールド!」
ノエルたちの周りに青白い光の球体が瞬時に現れた。
光は三人の体をのせる皿のように広がり、床との間で柔らかな盾となった。
魔法の保護に守られたノエルたちは、ゆっくりと綿毛の種のように床下の埃っぽい空間に着地した。
「で、できた」
ノエルがシールドができたことに感動していると、モルフェが言った。
「おい、俺もその草とか花の魔法で隠してくれ。レインハルトみたいにオモシロじゃなくていい」
ノエルはぞんざいにフローラを唱えた。
モルフェの股間に謎の草が生える。
紫のハート型の葉っぱがわさわさ動いている。
微妙なところで露出狂になることを回避したモルフェは早口で言った。
「あの怪力がここを完全に破壊する前に、村長の家にいったん逃げるぞ。このままだと俺たち三人の冒険はこの拠点にて終了する」
変態犯罪者待てェェェと狂乱するルーナが階段を駆け下りてくる音を聞いて、ノエルたちは先を争うように全力疾走で外に駆けだした。




