7日目の蝉男達
二階の部屋は埃っぽかった。
壁一枚分くらいある、重そうな大きな絵が額に入れられて飾ってあった。
絵の内容は獣人が進軍するところを描いたもののようだ。
錆びた剣や鎧が乱雑に散らばっている。
獣人たちの武器庫のような部屋だったのかもしれない。
その退廃的な空間の中、上背のある青年たちが二人、座って向かい合っていた。
互いに自分の身を守るようにしゃがんで飛び退ったような格好である。
ノエルは目を疑った。
彼らは二人とも――
全裸である。
(なんでこうなった!?)
前世ならば、所によれば逮捕案件だ。
白い肌と金の髪の美しい青年。
レインハルトは、何故か天使になっていた。背中に大きな金色の羽が輝いている。アイスブルーの瞳は冷たく澄んでおり、その美しさは周囲を圧倒するものがあった。
もう一人の青年モルフェ。やはり猫耳である。癖のある黒髪が肩まで伸び、野生的な魅力を放っていた。胸や腹の筋肉が引き締まっているのは変わらないが、身体中に刻まれた傷跡は消えている。びっしりと呪文のように刻まれていた入れ墨は消え、筋肉の盛り上がった上腕は筋が浮き上がっていた。
モルフェの、昏い闇に光る宝石のような緑と黄を混ぜた色の瞳は、ある種の怯えを含んでいた。
ここに、皆が忘れていた重大な事実が存在していた。
「おい……もしかして今日は」
モルフェが呆然と呟いた。
「そうだ。七日目だ……」
レインハルトが淡々と言った。
薬で完全に変化するのに2日。
聖堂を出て新街道を歩いて2日。
レイトの街を出て、レヴィアスに来るので3日。
今日でオリテの秘薬を飲んで、七日が経ったのだ。
不完全な変化が始まったということだった。
(あ、獣だったから……)
全裸なのも然りだった。
その時、ノエルは自分の体にも異変を感じていた。
皮膚の表面だけでなく、自分の体の内部が急速に冷めていく。
声を出したいが、それどころじゃない。
金髪のレインハルトは静かにモルフェを見つめていた。その微笑みは優雅でありながらも冷徹さを感じさせた。
「……見苦しい物を見せるな」
黒髪の青年は目を細め、挑発的な笑みを浮かべた。
「そっくりそのままお前に返す」
と、モルフェは力強く応じた。
一触即発の事態だったが、互いに全裸でやり合うのはいけないと、正常な判断力が働いたらしい。
青年たちが睨み合う横で、ノエルにも異変が起こっていた。
「う……」
ノエルは耐えきれずにその場にしゃがみ込んだ。
むかむかした吐き気が込み上げてくる。
脳の血液がスウッと下がる。
同時に目線も下がっていく。
全身が震えるように冷たい。
まるで氷になってしまったようだ。
階下から、ドアの閉まる音がした。
「ノエル様!?」
「おい、待てよ、こいつは完全に元に戻るってことは」
モルフェが焦ったように言った。
自分の着ていたシャツの首元が広がる。
(そうじゃない、俺が縮んでるんだ)
ノエルは悟った。
『元の体』に戻る時が来たのだ。
(グッバイ、青髯の俺……)
これはこれで結構楽しかった。
が、オリテを脱出できた今、元の体に戻る時だ。
ノエル・ブリザーグの本来の身体が帰ってきた。
ごわついた下履きが、細い腰からストンと抜けた。
頭がふらつく。
ノエルはその場に崩れ落ちた。
「ノエル様!?」
「おい、大丈夫か」
レインハルトとモルフェが駆け寄る。
さっきまで諍いをしていた二人だが、ノエルの従者という点では共通しているらしい。自分たちの現状もさておき、息ぴったりに近寄ってきた。
ノエルは寝転んで、ぼんやりする視界の中に天井の蜘蛛の巣を見た。
心配そうにのぞき込むレインハルトとモルフェ。
「大丈夫だ、ちょっとふらついただけだから……」
「すごく顔色が悪いですよ。運びます」
「運ぶったってどこに寝かせるんだ」
「探索しにいけばいいだろう、これから。板の上に寝るよりましだ」
その時、階下から近付いてきた足音が、開け放たれた扉の前で止まった。
「キッ……キャアアアァァァァァッ!」
ルーナが大声で叫んだ。
睫毛の長い目は恐怖に見開かれている。
「ヘッ……変質者! ノエルさん! ノエルさああああん! 猫耳と鳥の羽をつけた全裸の男が二人いますううううう!」
「ちょ、うるさ……頭に響く……ルーナか? ちょっと待て、説明するから」
ノエルは寝たまま、起き上がろうとして手を伸ばした。
すると、その拍子に白く細い令嬢の二の腕や白魚のような指が、ルーナの目前に晒された。
「あっ!? え! 女の子……!? え!? 裸!? まさか」
ルーナがヒグマのような声で唸った。
「男のクズめ……」
レインハルトが慌てて立ち上がった。
ばさり、と金色の羽が舞う。
「ちょっと待ってくれ、誤解だ」
床の上に起き上がったノエルは、気が付いてしまった。
全裸の青年が、十九歳の少女の前で立ち上がると、どのようなことが起きるか。
ルーナは目を覆って叫んだ。
「キャッ……キャアアアアア!」
評価、ブクマ、コメント、痛み入ります。
嬉しさのあまり1話更新します〜〜




