拠点作りィ
ノエルたちは村長に連れられ、空き屋の集まる廃墟に案内された。
街の入口よりは少し小高い丘の上に位置しているが、水は干上がり地面はひび割れている。廃墟といって差し支えない。
「もうがらくただ。どこにも人はいない。何でも自由に使ってくれていい」
と言った村長は、妻の看病をしに戻っていった。
人の気配はない。
住んでいるのはもう数人だというから、この一帯はもう空き屋だらけなのだろう。
元は大きな集落だったようだが、瓦礫にまみれていて良く分からない。
「酷い襲撃だったのね……」
ルーナが悲しそうに呟いた。
「災害も戦争も、平民にとっては同じようなものなのかもしれないな」
ノエルも胸が苦しかった。
レインハルトも黙っていたが、モルフェはクンクンと辺りの匂いを嗅いだ。
「感傷にひたってても腹は減るぜ。とにかくどの家を拠点にするか決めよう」
非常に現実的な男だが、仲間に一人こういうのがいると役に立つ。
ノエルは村の奥地に、崩れていない壁の大きな家を見つけた。
何だかあれだけものすごく大きく見える。
「あそこにしよう」
近付いてみると、それは家というよりも屋敷のようだった。
長い年月を経て所々が少し崩れているものの、高い塔のような建築物や広いバルコニーがあり、かつての栄華を思わせる美しいデザインが施されている。
「立派なものですね」
レインハルトが呟いた。
「入り口に騎士団の紋様があります。どうやら、獣人たちの騎士団本部だったようですね」
屋敷の外壁は頑丈な石材で作られていた。
砂漠の厳しい環境にも耐えることのできる重厚な造りだ。
しかし、壁面には魔物の襲撃によるひっかいたような傷跡や、溶けた金属が散らばっている。
(これが爪跡だとすると、ずいぶんデカい……幅が家の扉くらいある。この石壁に跡をつけるほどの力があるってことか。恐竜みたいなもんか? まさに災害だな)
ノエルはごくりと唾を飲み込んだ。
今は、拠点が整うまでに、再度襲撃されないことを祈るしかない。
「いきますよ。ふんっ……!」
ルーナが扉を押し開けた。
屋敷の一部はやはり崩れていた。特に南側の壁の損傷が激しい。風や砂嵐によって崩れた部分から、屋内に砂が入り込んでいた。
あちらこちらに美しい装飾が施されており、かつての獣人の歴史が偲ばれる彫刻や模様が刻まれていた。
「よし! 修繕するぞ!」
ノエルは荷物を砂っぽい床にどさりと置いた。
「とりあえず、俺とルーナはひたすら屋敷の掃除と修繕だ。えーと、レインハルトとモルフェは……屋敷の探索かな」
小鳥と猫の手にできることは限りがある。
モルフェとレインハルトは先を争うようにして、屋敷の奥へと歩き出して、否、飛び出して行った。
「よし、じゃあ……まずは崩れた外壁からかな」
「はい! 指示お願いします、ノエルさん! 力仕事ならお任せ下さい」
ルーナがふんっと胸をはった。
自信を持ってくれるなら、すばらしい。
「ルーナが頼りだよ。よろしくな」
と言うと、ルーナは丸い熊の耳をピクッと動かして、破顔した。
重い石材はルーナがクッションでもつまみ上げるように、ひょいひょいと運んでいく。
ノエルは全体を見て、指示をするだけでよかった。
「すげぇなー……」
ノエルは『おっさん』の体らしく、それなりに力を入れて散らばった金属だの端材だのを運んだが、ルーナの五分の一の石でも重かった。
やはり、獣人は人間の常識を遙かに超える力を持っているようだ。
「ノエルさあん! 塔の屋根も直しますか!?」
穴のあいた屋根を指さして、ルーナが叫ぶ。
隣にある小さな物見櫓のような塔だ。
ものすごく高いわけではないが、建物の二階くらいではある。
ルーナは石造りの塔の屋根を下から見上げて言った。
「劣化してますね。この木材を打ち付けたら、とりあえずは直せそうですが」
「危ないから、いいよ。俺がやろう。って、いってもはしごがないな……」
「そんなの要りませんよ」
ルーナはひょいっと外壁を上っていく。
「え!? ルーナ!? えっ! ちょ、危なっ」
するすると木登りよろしく、石登りをしたルーナは屋根に到達した。
しかも、背中に木材を負ぶっている。
「か、たて……? は? ん? 俺は何を見てるんだ?」
放心するノエルに、ルーナは笑った。
「熊はー! 木登りー! 得意なんですー!」
生き生きしている女の子は、なんだかいいなあ。
すがすがしい空気を出している気がする。
ノエルは己の常識をとりあえずは横に置いておいて、ルーナの活力に満ちた表情を下から見守ることにした。
この娘には、これからこういう顔で生きていって欲しいものだ。
(えーと。彫刻の修繕はともかく後回し。造りだけはしっかり修復をやらなきゃな)
と思ったとき、ノエルはひらめいた。
(待てよ? 『バリア』を張ればいいんじゃないのか? モルフェが言ってたな……何だっけ……網。隙間のある網じゃなくて、盾を作るって言ってた。だけど、俺はモルフェみたいに無詠唱で魔法は使えないな。となると)
考えていたその時。
「うわああああああっ!」
「ギャアアァァァァァッ!」
屋敷から、ぞうきんを引き裂くような汚い悲鳴が聞こえた。
レインハルトとモルフェの声だ。
「何だ!?」
まさか敵――。
ノエルはルーナに身振りで降りてくるように伝えると、屋敷の中に戻る。
声がしたのは二階だ。
石造りの階段を駆け上がる。
幸運にも、扉は木製だった。
バンッ!
「レイン! モルフェ! 大丈夫か!?」
音を立ててノエルが扉を開けると、そこには信じられない光景がノエルを待ち受けていた。




