拠点作り
妻を見た村長は涙を流して喜んだ。
「俺にできることなら何でもしよう」
という言葉につけ込み、現在ノエルたちは村長に茶を出されている。
村長は淹れたてのお茶を丁寧に注ぎ分けて、小さな木製のテーブルに並べた。
独特な甘い匂いがする。
「このお茶は、マールで採れるハーブを使っている。うちの妻が好きでね。砂漠の厳しい環境でもたくましく育つ植物から取れたものだ」
説明しながら、村長は慎重にお茶を淹れ始めた。
湯気が立ち上ると、部屋中にほのかな香りが広がった。
「どうぞ」
と鼻をすすりながら、村長が促した。
ノエルはお茶を一口飲んでみた。
茶といってもなんだかよく分からないハーブの香りがする。
正直ノエルはあまり好きな匂いではなかった。
が、人の生死に関わるような緊張感の後では、何だって喉の渇きを癒やしてくれる。ルーナは気に入ったようだ。
「美味しいですね! これ……なんだか力がみなぎってくるような気がします」
村長はトゥレグと名乗った。
先ほど伏せっていた奥さんは、エラというらしい。
ノエルと仲間たちは、エラの手作りだというクッションに腰を下ろした。
羊の毛は乾燥するここの気候に合っていて、感触が良かった。
「トゥレグさんたちも獣人なのですか?」
ルーナが尋ねた。
「ああ。俺も妻も鼠の獣人だ。耳も小さいし小柄だろう。他の奴らに比べてそれほど力はないが、その分素速く動けた……昔はな。若い頃、西との争いで負傷しちまってな。こんな俺が村長になってるのは、もう誰もなり手がいないからなんだ」
トゥレグの家は砂色の煉瓦と、切り出した大きな石で作られていた。
石の方はつややかで、最近作られたもののようだ。
(煉瓦があるってことは、それを焼く施設があるってことだ)
ノエルは元刑事の観察力を遺憾なく発揮していた。
(だが、石とちがって、煉瓦はかなり古そうだ……ということは、今は衰退してる可能性もある。綺麗に積み重なっている石の切り口は真っ直ぐだし、生活レベルや技術はかなり高そうだけど……)
暑さを防ぐための厚い壁は室内にひんやりとした空気をもたらしていた。
家全体が砂漠の厳しい環境に適応するように設計されている。
やはり、獣人が持っている技術は高い。
ノエルは確信した。
ここには、長い歴史と経験に裏打ちされている技術があるのだ。
(ここだ。ここに決めよう)
マールの村は、攻められにくい場所に位置している。
背後は氷河の広がる大地、南は砂漠。
西のオアシス地域までには長い砂漠の道を通る必要がある。
東は中立国ラソ。
どうやらその向こうに新興国があるようだが、ラソが緩衝材になってくれるだろう。
ノエルは改めて村長に向き合った。
「実は俺たちはここに住みたいんだ」
「あんたたちは正気なのか?」
と、村長は驚愕した。
目を見開きすぎて、目玉が手織りの絨毯にポロンとこぼれおちそうになっている。ノエルは頷く。
「ああ。実は俺たちはみんな国に居られなくて旅をしたんだ。俺とモルフェはゼガルドから、レインハルトとルーナはオリテから」
「この、猫と鳥も……?」
「ああ、こいつらは……言ってなかったけど、猫も鳥も、元は人間の男なんだ。もうすぐ元に戻る」
それも結構なイケメンの、と付け加えるかノエルは迷ったけれど、やめておいた。
「え、えっ……えっ……?」
ルーナの目玉が、羊の毛で作られた複雑な模様の絨毯にこぼれ落ちそうになっていたからだった。
『人間の男』という情報で既にこの状態なのだ。
これからの自分の旅に見目麗しい男性二人追加されるとなったら、完全に目玉が飛び出て空の彼方に飛んでいって帰ってこないかもしれない。
村長が分かったような分からないような顔で、しぶしぶ頷いた。
「そういうことなら、前の住人の物だけど、空き屋はたくさんあるから好きに使ってくれ。だが……」
「助かるよ。まあ、少しの期間でいいんだ。追々……」
言葉が被ってしまって、ノエルは村長と顔を見合わせた。
ノエルが微笑んで促すと、村長は言いにくそうに話し始めた。
「先ほども言ったが……ここに住むのはすすめない。またアレが……ジャバウォックがやってくるかもしれない。アレは敵なんかじゃない。災害だ。いや、きっと……前回の襲撃で味をしめた奴は、きっとまた近いうちに……」
村長は暗い表情をしていた。
魔物の襲撃から復興したという村長の家は、その傷跡をまだ残している。
ノエルはなぜ、新しい石と煉瓦が混在していたのか思い至った。
そこら一帯の壁はおそらく、全て煉瓦でできていたのだろう。
魔物に壊されたのだ。
(まずは敵を知るとこからだなぁ)
ノエルはのんびりと茶をすすった。
やはり甘すぎる。
どうすれば村長を傷つけずに茶を残せるだろうかと、ノエルは悩み始めた。
感想拍手ありがとござますうううう!執筆ギャンバレそうです。




