マールの村
獣人は人間よりもずっと力が強い。
その理由が、ようやくノエルは理解できた。
魔力も武器も持たなかった彼らは、迫害の歴史の中で、堅固な建物という硬い殻を作り出した。そして怪力を身に付けることで、自分たちの身を守っていたのだった。
(アルマジロみてーだな……)
重い石でできている壁。
ノエルがふと泉の隣の近くの建物を見ると、
「INN(宿屋)」
と壊れかけた看板に書いてある。
「あっ! ここ……」
指をさしたノエルを見て、モルフェが頷く。
「看板が出てるってことは、中に人がいるんじゃないか」
ノエルは扉を押してみた。
鍵はかかっていないようで、少しだけ開く。
が、指何本かの隙間が開くだけで、完全に押すことはできない。
「おい。出番だぞ」
ルーナはモルフェの言葉に頷き、重い扉に近づいて手をかざした。
ぐ、と取っ手を握って引っ張ると、少しずつ扉が開いていく。
村の住人たちがこうして扉を閉ざしている理由が何かあるのではないか。
ノエルの胸にいい知れない不安がよぎった。
動揺を和らげるように、レインハルトがノエルの肩に優しくとまった。
そんな思いを知ってか知らずか、モルフェはリュックの中から首を突き出して、興味津々の表情を見せていた。
「い、いきます!」
ルーナがそっと扉に手を置く。
すぐに、ゴゴッと音をたてて、扉が開いた。
(あ、呆気ねぇ……)
ノエルは呆然と、易々と開けられた重い扉を見た。
金属の板ではなく、まるでカーテンでも持っているかのようだ。
ルーナは少し困った顔をした。
何か怒られるのかもしれないと身構えている。
ノエルはルーナを安心させるように、歯を見せてにっかり笑ってよくやったなとOKサインを出してみせた。
ルーナがわかりやすく元気になる。
「あ、開きましたっ。どうぞ……」
モルフェがヒクヒク鼻を動かして、いぶかしげに言った。
「いいんだよな? 入っても」
ノエルがつぶやいた。
「いいはずだ。でもなにか、おかしいぞ……」
モルフェが鼻を鳴らしながら言った。
「ああ、何か――変な匂いがする。鉄の匂いじゃなくて、もっと……焦げたような?」
それを聞いたノエルはさらに警戒心を強めた。
宿屋の受付のカウンターには誰もいない。
受付背後には古びた木の扉がある。
「もしもし。どなたかいらっしゃいますか?」
軽くノックすると、中からかすかな物音がした。
誰かがいる。
しかし、反応は鈍い。
「開けてください、旅の者です!」
ノエルは大声で呼びかけた。
少し間を置いてから、扉の向こうから弱々しい声が聞こえた。
「誰だ……?」
ノエルは声を張り上げた。
「オリテから参りました! 迫害された獣人と、その護衛です」
モルフェがにゃあんと鳴いて悪戯っぽく瞳を輝かせた。
「正確には追放された伯爵令嬢、いや令息か? それと元奴隷と元王子様の護衛二人、あと怪力の獣娘ってとこだがな」
「うるさい、ややこしくなるから黙っていろ」
レインハルトがモルフェの鼻先に足でキックをしたのを皮切りに、床で猫と鳥の乱闘が始まった。
ノエルは小動物たちは放置し、扉の向こうへ訴えた。
「我々に敵意はありません! ここで暮らしたいのです。村長を探しています……どなたかいらっしゃいますか?」
扉がゆっくりと開き、中からは年配の獣人が足を引きずりながら姿を現した。
その表情は疲れ切っており、警戒心を隠しもしない。
「村長は俺だが……お前さんたち、このマールの村はもう終わりだよ。悪いことは言わないから、オリテに戻ったほうがいい」
ルーナが絶望して言った。
「そんな! 私たちはもう……戻るところはないのです」




