騎士団のいない土地
「見えたぞ、村だ……」
と、ノエルはほっとして言った。
このまま永久に歩き続けるのではないかと危惧していた矢先だった。
あまりの暑さに、ノエルはいっそ水魔法を使おうかと思ったが、暴発したあの惨状を思いだして留まったのだ。コントロールできないものをおいそれと使うわけにはいかない。頼みの綱のモルフェは猫になっているし、レインハルトやルーナは魔力がない。
と、いうわけで、ノエル一行はひたすら歩いてきたのだった。
ルーナが健気に、息を荒げて砂を蹴り上げた。
とはいえ獣人だからなのか、女の子の体力とは思えないほどしっかり歩くので、ノエルは途中から気遣いも忘れて行軍した。
「水ッ……水が、欲しいですね……!」
と、ルーナが言った。
さすがに、じりじりと照りつける日差しには参っているようだ。
「あとちょっとだ、頑張れ」
ノエルが励ます。自分自身を励ます気持ちだった。
リュックに入ったままの、モルフェがぼやく。
「おまえらはツルツルでいいよなあ。俺らは毛皮に包まれてんだぞ……ヤベェ、もう五分もしたら猫の包み焼きパイになりそうだ……」
ノエルの胸元に入ったまま、ぐったりしていた小鳥のレインハルトが言う。
「今のノエル様はツルツルではありませんけどね。どちらかというと、ボーボー……」
「その情報いる!? 確かに今の俺はスーパー毛深いけども!」
「胸毛が足の裏にわさわさ当たってキモチワルいんですよ……」
そんなこと言われても困る。
「胸毛なんて鳥の巣みたいなもんだろー……アットホームな感じ出してるんだよ。文句言うんじゃねぇよ」
「体温が直に来るんですよ……かといって外を飛べば砂がつくし……」
つらつらと文句を垂れ流している小鳥は放っておくことにする。
ノエルは倒れそうになるのを堪えて、一歩一歩足を進めた。
レヴィアスの東に位置する獣人の集落、マールの村が見えてきた。
街というよりも村といったほうが正確だ。
村が近づくにつれ、ノエルの心には疑問が浮かんだ。
獣人の村にも、獣人で創設された騎士団があるはずだった。
しかし、目前に広がるのは、ただ乾いた砂地と所々に草の生える小さな寂れた村だけで、武装した者の姿は一切見えない。
ルーナもその様子に気づいたらしく、
「おかしいですね……村や街には、少なくとも警備がいるはずなんですが……」と不安そうに言った。
村の中心部には枯れかけた泉があった。
それでも今は天の恵みに見える。
ごくごく小さなわき水を皮の水筒にいれて、みんな喉を鳴らして飲んだ。
ノエルの胸元から這い出してきたレインハルトが、ぷるぷると首を振った。
「いないんだ。騎士団どころか、警備もいない。まあ、こんなとこに来る物好きはいないってことなのかもしれないけれど……そもそも人の姿が全く見えない」
ノエルは額に滲んだ汗を拭いながら、考えを巡らせた。
獣人と人間の間には迫害の歴史があって、長い間微妙な緊張関係があったはずだ。しかし最近では互いに理解を深め、平和が保たれていたはずだ。
(何が起きているんだ?)
ノエルは疑問に思った。
「レイン、もう一度、空から村の様子を見てくれないか?」
ノエルが胸元を少し緩めると、レインハルトは
「俺が焼鳥になってもいいんですか?」
と、不満そうに答えたが、飛び出して空高く舞い上がった。
数分後、戻ってきたレインハルトはノエルが差し出した水をがぶがぶ飲んだ後、報告した。
「見てきました。やっぱり人の姿はほとんどありません。一人二人はいたが、すぐに引っ込んでしまった。宿屋や商店などの店の看板は数枚ありましたが、全て閉まっている」
と、その時、ルーナが首を傾げた。
「あの、この村の扉……なんだかものすごく、重そうですよね?」
ノエルは言われて気が付いた。
鉄のような金属でできている。
(これ、見覚えがあるぞ)




