関所・いざレヴィアスへ
今回から本当にようやくレヴィアス編です。(長かった長かった長かった)
オリテ―レヴィアス間の関所の番人は暇だ。
運悪く、当直にあたってしまった若いオリテの兵はあくびをした。
「あーあ……今月はとんだハズレくじだ」
何しろ、誰も来ない。
こんなところに関所を置く必要など、もう無いのではないだろうか。
オリテの街レイトには人が多いが、レヴィアス側に抜けようとする人間など一人もいない。
当たり前だ。あんなところに行ったって何もない。
「西のレヴィアスに行くんなら、ゼガルドから通るだろうし……はー、ほんと、もう抜いた鼻毛の数を数えるのも飽きたぜ……」
たった一人で、木造のほったて小屋のような関所に寝泊まりしなければならない兵士はぼやいた。
こんな無駄な仕事をしなければいけない身にもなってほしい。
明け方の砂漠は美しいが、とても寒い。
寒暖差の大きな環境なのだ。
誰が好き好んで、歩いて行くだろう?
ここはまだ砂漠の中心から離れているからましだが、獣人たちの集落まで行けば完全にこことは異なる環境になる。
オアシスもないのに、よく生き延びているしぶとい種族だ。
幻想的なオレンジ色の太陽も、見慣れてしまえばそれまでだ。
慣れは人間の感動をじわじわと殺していく。
兵士はため息をついた。
もう抜く鼻毛も無くなってしまった。
冒険者どころか、こんな場所を旅人はほとんど通らない。
レヴィアスとオリテで商売をしている商人が、本当にごくたまに、何人かパラパラと通行するだけだ。
広大な砂漠を死にものぐるいで抜けるのは、今日び流行らない。
魔物を狩るにしたって、いるのは毒サソリくらいだろう。
多少金を払ってでも、中立国のラソから湖を船で回り込んで通行した方が安全なのをみんな知っているのだ。
高い山脈を国境にして、オリテとゼガルドとレヴィアスは隣り合っている。
レヴィアスは獣人と人間が暮らす土地だが、今の政情は安定している。
なぜなら、そもそも人口が少ないからだ。
900万の民を持つゼガルドの、およそ10分の1だ。
100万に満たない人口の内、九割が獣人だ。
残りの1割が人間で、数少ない人間たちは西側の、比較的気候の穏やかな場所に暮らしている。西レヴィアスは海もあり、食料もある。
獣人がいるのが東レヴィアスだ。
もともと、獣人は東西に別れる前のレヴィアスの全ての地域で暮らしていた。
そこに流入してきた周辺国の人間が、西側の恩恵を独占した。
魔法も剣も持たない獣人たちは、攻撃され、迫害された。
獣人は東へ追いやられ、今は過酷な地域で集落を造り、身を寄せ合うようにして暮らしている。
「獣でも人でもないなんて、かわいそうな生き物だよなあ……っと」
兵士は慌てて口を閉ざした。
珍しく旅人が来たのだ。
厳めしい顔つきの筋骨隆々とした冒険者風の男だ。
顔には魔物と闘った後なのか、まだ生々しい傷がある。
「お……?」
その後ろから、少しおどおどとしながら、フードを被った少女が着いてくる。
夜通し、一目を忍んで歩いてきたのだろうか。
レヴィアスでもオリテでも、いや、この辺りの国は全て奴隷制度は廃止になったはずだが。
兵士はいぶかしげに目を細めた。
犯罪ならば取り締まらなければならない。
「身分証を出して」
と兵士が言うと、髭の冒険者は素直に従った。
証明書を見て驚いた。
偽造ではなさそうだ。
ゼガルド王家の紋章がしっかり押してある。
この青髯、貴族なのか。
「ゼガルドの、は、伯爵の家系の方なのですね……」
伯爵というよりも、冒険者というほうがしっくり来る。
が、書類があるということは伯爵令息なのだろう。
後ろの少女が、伯爵令息の上着の裾を握っている。フードがずれて、黒い髪が見える。その頭部には丸い獣の耳がついている。
獣人だ。
色々と訳ありなのだろう。
となると……。
兵士は邪推した。
かなり幼く見えるが、伯爵令息はこの獣人の娘と駆け落ちする算段なのか。
案外に想像力豊かな兵士はほろり、と涙をこぼしそうになった。
「許されない恋、か……」
通行許可証を返しながら、兵士は頷いた。
年の差や身分の違いを乗り越えて、一緒になることを選んだ恋人たち。
「これもまた、幸せの形、か……」
兵士は朝焼けに目を動かした。
慣れきった景色もどことなく今日は違って見える。
男の方はぽかんと呆けていたが、ハッとして言った。
「えっ!? あっ! ああ! そうだな、ルーナは本当に可愛い娘なんですよ」
「ええええっ! やだっもう! やめて下さい!」
「ふぐうっ!」
照れた少女が男の尻をパンッとはたいた。
風船でも破裂したような小気味よい音が鳴り響いたが、砂漠の乾いた気候のせいだろう。
「まあ、人それぞれだよな。幸せってやつは。通って良し!」
兵士が言うと、男と少女はぺこり、と礼をした。
通り過ぎていった二つの背中が、遠ざかって、砂漠の入り口に消えていく。
ああ、昼飯は何を食べようか。
兵士は大きなあくびをして、今度はあごひげを抜き始めた。




