潮時は新たな旅立ち
「まさか、あんなことになるなんて……ふ、鳥のフンで、みんな、人間って、あんなにパニックになって……ひど、酷いですけど……でも、なんだか面白くて……はは……」
ルーナは涙が出るほど笑っていた。
「猫ちゃんも、鳥さんも、やってることむちゃくちゃだったし、言葉喋ってるし。もう意味分からないですよ。あなたたち」
「まあ、そうだよな。今世界一良く分かんない集団になってるよ、俺たちは」
(俺なんか、悪役令嬢で伯爵令嬢で追放されて、中身が男で外見が女で、でも今はゴリゴリのおっさんになってて、魔法が暴発しそうなヤバイ奴だもんな。その連れも亡命王子だの闘技奴隷だの、……なんなんだろうな、俺たちは)
ノエルは我に返って、静かに鼻から息を吐いた。
この混沌の極みのような集団を率いているのが自分というのが、なんとも心許ないが、年長者としては迷ってはいけない。
不安な姿勢は仲間に伝染する。
(ハッタリ上等だ。なるようになれ)
警官時代に身に付けた度胸がこんなところで役に立っているとは、当時の上官も思わなかっただろう。
「いいなあ、ノエルさんたちは……」
ルーナは眩しい物を見るように目を細めた。
「ありがとうございます。あなたたちを見ていて、私もここを出て行く決心ができました。どちらにしても、そろそろ潮時だったんです」
「そっか」
ルーナは何かがふっきれたようなすがすがしい顔をしていた。
ノエルは満足して、青いあごひげを触りながら尋ねた。
「次はどこに行くんだ?」
「レヴィアスに行こうと思います。あそこは獣人の集落がありますから、こんな私でも何とか生きていけるかもしれません」
レヴィアスか、俺たちもなんだ、と言いたかったノエルは、猫と鳥に背中に同時にタックルをかまされたため、
「れっ……! お……!」
という断片的な叫び声しか出せなかった。
「ならちょうどいいな。俺たちと一緒に行こうぜ」
と言ったのは黒猫だ。
ひげとしっぽをピンとたてている。
先ほどの乱闘にそれなりに興奮したらしい。
「俺たちもレヴィアスに行くんです。よければご一緒しませんか。俺たちも戦力がいたほうが助かるので」
付け足したのはレインハルトだった。
(俺が言いたかったやつ!)
レインハルトは、星鳥部隊によるあれだけの凄惨な悲劇を引き起こした張本人だというのに、平然としている。
ふっくらと収穫を待つ小麦の穂のような、どこか香ばしい匂いのする金色の美しい羽をファサッと羽ばたかせて羽繕いをしている。
イケメンは小鳥になっても優雅を極めるらしい。
ノエルは何となく、世界の不条理に腹が立った。
一応、従者としての建前はないのだろうか。
自分が主人で彼らは付き従う側なのではないのだろうか。
上司と部下くらいの敬いはあってもいいのではないのだろうか。
(おまえら……ちょっと……おかしいぞ……若造め)
レインもモルフェも、ルーナを心配しているのだろう。
それは理解できる。分かるけれども。
(もっと主を敬ってくれ!)
モルフェがにゃあんとあくびをした。
「いいんですか!? ありがとうございます」
嬉しそうにルーナは笑った。
(こんな顔見せられちゃあな)
きらきらした目をしてお礼を言うルーナは、新しい生活に踏み出そうとしていた。
壊れかけた壁の向こうから、人々の悲鳴や怒号と、騒がしい鳥の声が聞こえてきた。
「出発は今夜だ。荷物をまとめておいてくれよ」
ノエルが厳めしく言った。
フードをとったルーナは、紅潮した頬をして頷いた。




