おまえらおかしいよ(2)
ノエルはルーナの汚れた手を両手で握った。
「えっ……」
ノエルはしゃがんだ。
ルーナと視線が合う。
小さな獣人の目には、大きな涙がいっぱい溜まっていた。
この子はどれだけの間、一人で自分に言い聞かせていたんだろう。
「ごめんも大丈夫も、言わなくていい」
「すみませ……」
「すみませんも、ナシだ。お前はあいつらに何か悪いことをしたのか? 足をへし折るとか、腕をねじ曲げるとか」
チラッと通行人を見ると、目が合った奴はにやついた笑いを引っ込めて逃げていく。
暴言を放った派手な女だけは、長い爪をいじりながら、フンッとあざ笑っていた。
ノエルは本当に指の一本くらい、反対側に折り込んでやりたいと思ったが我慢した。
ノエルはルーナの目を見て言う。
「悪いことしてないなら、謝らなくていいんだぞ。ルーナが獣人ってのは、『悪いこと』なのか?」
ルーナは黙っていた。
ノエルをじいっと見ていた目から、突然涙がポロッと零れた。
「悪くないッ……!」
唸るような声だった。
ノエルはルーナの熊の耳ごと、掌で撫でてやった。
「そうだろ? お前が謝ることなんて何も無い」
その時、ノエルとルーナの隣を、すごい勢いで黒猫が弾丸のように飛び出していった。
「うわっ!? 何よこの猫! やめなさいよ! ギャー! 顔引っかかれた!」
さっきの派手な女が、顔を押さえてうずくまった。
通行人は見て見ぬふりをして、誰も助けにいかない。
そのとき、彼らの頭上に黒い影が移動してきていた。
ギャワギャワギャワ……。
その影は少しずつ声が大きくなっていく。
ある者が気付いて悲鳴を上げた。
「なっ!? なんだ!? 動いてるぞ! 何か来た!」
それは、黒い影だった。
ギャワギャワと音が鳴り響く。
「星鳥だ! 星鳥の大群だ!」
誰かが叫んだ。
星鳥というのはその名の通り、星のような斑点が体にある鳥だ。
羽の色は地味で淡い灰色や茶色だが、胸部には星のような白い斑点が際立つ。
雑食で、木の実を好んで生活する。
群れの意識が非常に高く、単独で行動することはない。
あたかも銀河の星のごとく、大量に移動することで知られている。
森林で巣を作ることが多い鳥だが――。
金色の鳥が先導するように、星鳥の群れを先頭で率いている。
それはオリテの街の通行人の真上で止まった。
その後ろから、黒と灰色の鳥たちが無数についてくる。
百、二百、いや、それ以上だ……。
金色の鳥が、両脇の一まわり大きな星鳥に向かって鳴くのを、通行人は夢でも見るように見つめていた。
「ピチチ……」
「ギャワ!? ギャワギャワ! ギャワー!」
「ピチ」
「ギャワー!」
「ピィィッ!」
金色の鳥がバサッと翼を羽ばたかせた。
その瞬間、星鳥の群れがオリテの街中へ広がった。
「ギャワー!」
「ぎゃあああああ! 逃げろ! やめろ! 押すなー!」
人間の悲鳴の原因は一種類である。
鳥が頭上から落としてくる物は、ただ一つだ。
ノエルは、
(これ、前も見たぞ……)
と思いながら、既視感に思いを馳せた。
しかし、今回は量と数が尋常ではない。
人間よりも圧倒的に多い量の生き物に、街が攻撃される光景にぞっとする。
ノエルは目を見開いたルーナの背を押して、宿屋に入った。
瞬間、黒猫と金色の鳥がすべりこんでくる。
ノエルはすぐさま鍵を完全に閉めた。
騒ぎはしばらくの間、続くだろう。
ノエルは肩にとまったレインハルトの頭を撫でた。
得意そうに太い指に体をすり寄せてくる小動物はわりと可愛いが、やっていることが陰険過ぎる。
「レイン、星鳥と友達だったのか? いつのまに?」
「黒猫の頭をべったり白濁で汚してやったあの時に知り合ったヒバリの紹介です」
「なんか言い方が嫌だけど、すごいな! っていうかヒバリ、実在してたんだな」
イケメンは鳥になってもモテるらしい。
「さっすがクソ王子だぜ!」
と、モルフェが言った。
(余計なことを言わなければいいのに)
とノエルはつくづく思う。
ブチィッ!
しっぽの毛をレインにむしられて悲鳴をあげているモルフェは、自業自得でしかなかった。
「ルーナ、あー……ごめんな。たぶん、この宿もその……鳥爆弾の餌食に……」
「ふ、あは、あはははっ」
「お?」
ノエルは初めて、ルーナが声を出して笑っているのを見た。




