獣人の娘ルーナ
獣人の娘はルーナと名乗った。
「私、いつもこうで……力が強すぎるんです……すみません」
迎え入れられたのは小さな部屋だった。
エントランスとは違って、どこも破損しておらず、清潔感はある。
備え付けのキッチンがあり、ルーナは棚の中から幾つかの食材を取り出した。
冷却魔法がかけられているのか、ひんやりとした冷気が座っているノエルたちの方にも漂ってきた。
「料理してて壊しちゃわないの?」
ノエルは疑問に思ったことをきいてみた。
すると、ルーナは黒いフライパンを片手で持ちながら、少し微笑んだ。
「フライパンやお鍋は特注で……その、私専用のなので」
ふんわりとした香りが部屋に広がる。
野営やここ最近の宿泊では感じなかった空腹が急に襲ってきた。
ルーナは巧みに木の実を組み合わせて、あっという間に色鮮やかなサラダを作り上げた。
「おお! すごい、おいしそうだ」
「えへへ……」
ルーナは照れくさそうにドレッシングを添えてくれた。
赤や黄色の実が彩りを添えて、ぐんと食欲がわく。
ノエルはレインハルトとモルフェにも、何も調味料をつけずに皿に分けてやった。
一口食べて、ノエルは驚いた。
甘みと酸味が絶妙に調和している。
「すごい。美味しいよ、ルーナ」
ノエルは心から言った。
「ありがとうございます!」
ルーナは嬉しそうに、二皿目の卵焼きのような料理をテーブルに置いた。
「……お口に合えばいいのですが」
「ルーナはどうしてオリテに来たの?」
「私、もともとオリテで産まれたらしいんです。あの、らしいっていうのは、よく分からなくて……オリテの孤児院で育ったんです。でも、もう十五を過ぎたので、孤児院にはいられなくなって。私だけ里親も勤め先も決まらなくって……だから、それで」
「それで、一人で宿屋をしてるんだ」
「はい。でも、なかなか上手くいきませんが」
「どれくらい、この生活をしているの?」
「うーん、今でようやく一年経ったくらいです。もう使っていないからと、町長さんにこの町外れの空き屋を安く貸してもらって」
ノエルは驚いた。
築一年には到底見えないが、この朽ち果てそうな小屋にどれだけの値がついたというのだろう。
「安くって……ちなみに、どれくらい?」
「ええと。60万ゴールドでいいよって言われました。孤児院を出るときに、支度金や奉仕活動の報奨金とか、諸々集めて100万ゴールドだったので、それで。でも、その町長さんも先月亡くなってしまって……そろそろ、出ていかないといかないかもしれません」
一年間、よくこの小屋が潰れなかったなあとノエルは思った。
町長にしてみたって、こんなボロ小屋に家賃を払ってくれる者がいるならと飛びついたのではないだろうか、とノエルは余計な勘ぐりをしてしまう。
だが、恩を感じているようなルーナには何も言わなくていいだろう。
ノエルは黙って、木の実の混ぜ込まれたオムレツを頬張った。
バターの香りがなんとも食欲をそそる。
ふと横を見ると、レインハルトは野菜入りのパンケーキを一心不乱につついている。
モルフェは生ハムのような肉の乗ったパスタに、瞳孔を開きながらかぶりついていた。
ノエルは久しぶりのあたたかい食事にほっとした。
結局、客室のドアをルーナが破壊するという方法で強引に開け、
「私がここで寝ます!」
「いやいや俺でしょ普通」
という押し問答の末、ノエルたちがドアなし客室に、ルーナが私室に寝ることになった。
まあ、ドアなど無くても問題はない。
洞窟だの草原だので、夜露をしのいできたノエルたちだ。
雨でもないのに、宿屋の壁にカンッと何かが当たる音がした。
いや、当たったのではなく、崩れたのかもしれない。
(朝がきて目を開けたら、崩れた屋根の下で目を開けるような事態になっていませんように)
それだけを祈って、ノエルは目を閉じた。
しかし翌朝、あんな惨状を目にするとは。
見当違いも良いところだった――。




