宿屋にて
「ちょっとお待ち下さいね、今鍵を開けます!」
店員の後ろでノエルは待った。
一日の旅の疲れが溜まっていた。
ようやく、本日のベッドに到着だ。
この際、ベッドがボロかろうが、壁に穴が空いていようが我慢しよう。
「あれ? んっと……あれ? おかしいな……」
不穏な空気が漂ってきた。
「あの、俺、自分でやってみますけど」
「いえ! すみませんっ! 大丈夫です! もう少しだけお待ち下さいッ」
少女はむきになっている。
ガチャガチャガチャッ!
金属がぶつかり合う音が狭い廊下に響く。
「いや、お嬢さん、遠慮とか気遣いとかはありがたいんだけど、大丈夫っていう音じゃないからさ」
「これ、少しコツがあって! 固いんですよ! 大丈夫です! ちゃんとできます! ちょっと引き抜いてもう一度いれるとッ! 開くような作りになってるんです!」
ガキンッ!!
先ほどとは比にならない激しい衝撃音が鳴った。確実に何かが破損した音だ。
「……あの」
ノエルが話しかけると、少女はプルプル震えながら後ろを振り向いた。そして、消え入りそうな声で絞り出した。
「申し訳ありません……鍵を……壊してしまいました……」
「ええーっ……」
見ると、少女の手元で、細い針金で遊んだように、客室の鍵の持ち手がグネグネと曲がっていた。見るも無惨な曲がり方だ。先端はドアの鍵穴に刺さったまま、ぽっきりと折れている。
細い鍵ではなく、かなりがっちりした棒のように見えたが――。
(金属だよね!? 獣人ってもれなく力が有り余ってるのか!?)
こんな、ゴリラと同じ檻の中で過ごすような気持ちで安眠できるのだろうか。ノエルは厳つい顔の眉をひそめ、少しばかり不安に思った。
少女は羞恥と情けなさと後悔で死んでしまいそうになっていた。
「本当に申し訳ないです……すみません……お代はいりません……隣が私の部屋なのですが、よろしければ使って下さい……」
「いや、それはだめだろ」
身も心もおっさんの自分が、10代かそこらであろう女の子の布団で寝るというのは、どの方面から考えてもアウト寄りのアウトだ。
「あっ! じゃあ、ちょっと頼みをきいてくれる?」
「はい、何でしょう?」
「その……動物を二匹、俺と一緒に、今晩ここに泊めてもいいかな? そんなに大きくないんだけど」
「えっ、は、はい。見てお分かりの通り、誰もお客さんなんて来ないんで……う、自分で言うと余計に悲しくなってきます……」
「よしっ! モルフェ、レイン、出てきていいぞー」
背負っていた荷物を床に下ろすとすぐに、中から黒猫と鳥が飛び出てきた。
お互いすぐさま、毛繕いをしている。
触れ合っていたのが相当嫌だったようだ。
「えっ!? わ、可愛い!」
宿屋の娘はキラキラッと瞳を輝かせた。
そうだろう、そうだろう。
モフモフは人間に笑顔を生み出す。
ノエルは善行を積んだ気持ちで微笑した。
「猫、好きなんですか?」
「じゅ、獣人だからか、動物は皆好きです。この猫ちゃんのお目々。とってもキレイですね。黄色と緑が混ざった宝石みたいで……抱っこしたら嫌がりますか?」
「いや〜どうかな? 結構暴力的で気難しい子だから」
ノエルがお茶をにごしたその時。
「にゃあん」
可愛らしい声が、朽ち果てそうな小屋に響く。
ノエルは耳を疑った。
あのモルフェがそんな猫なで声を出したところをついぞ見たことが無い。
「あら? 自分から来てくれました! わあ、とってもいい子です」
「にゃあ~ん」
「うふ、わあっ擽ったいですよ。可愛らしいですね、名前はなんていうんですか?」
「え? えーっと……も、モルっていうんだ」
「モルちゃんですね。うふふ、可愛い」
ニコニコする少女と、猫なで声のモルフェを、ノエルはレインハルトを肩に乗せたまま眺めた。
モルフェの機転という名の自己犠牲により、少女の機嫌は保たれた。
「あの、よろしければ、お夕飯、召し上がりませんか……一応、木の実料理でよかったら。そ、その、モルちゃんやそこの小鳥さんにも、何か食べられそうなものをお出しします」
そう言う獣人の少女の言葉に甘えて、ノエルたちは寂れた廊下から移動した。
ノエルの肩に乗ったままのレインハルトが、こっそりと囁いた。
「乾燥トウモロコシよりはパンが良いですってあのお嬢さんに言ってもらっていいですか?」




