オリテ市街地 レイト
オリテの城下の端に位置するレイトの街は、関所に近いこともあって旅人が集まる宿場町だった。
日が暮れても灯りは消えず、酒場や商店からは活気のある声が聞こえる。
ノエルは街の外れまで歩みを進めた。
なるべくボロくて、人が来なさそうな宿屋がいい。
ノエルはある建物の前で足を止めた。
それは、町外れにある小さな小屋だった。
小屋、というよりも、納屋のようだ。
石造りの小さな建物なのだが、ところどころ壊れて板で修復されている。
「※やどやです。だれでもどうぞ」
と書かれた木の看板が、怪しい。
トラブルの気配しかしない。
(でも、今はありがたい)
この怪しさ満点の宿屋に宿泊しようとする酔狂な旅人はいないだろう。
ノエルの背中に背負った大きな荷物袋が、左右にギュムッギュムッと揺れた。3人分の持ち物をまとめている袋だ。
ポーションと一緒に詰め込まれたモルフェとレインハルトは、狭さと息苦しさに腹を立てているのだろう。
(もう少し我慢してくれな)
後ろ手にポンポンと叩くと少し静かになる。
(にしても……すげぇボロっちい宿屋だな。いや、好都合なんだが)
「い、いらっしゃいませ!」
ベルを鳴らすと、宿屋の分厚い木製のカウンターにローブを被った店員が出てきた。
どことなく埃っぽい。
「えっ、と……営業してますか?」
と、ノエルは尋ねた。
強盗にでも押し入られたのだろうか。
カウンターには殴りつけたような凹み傷があるし、後ろの木製の棚は割れている。壁もところどころ壊れている。壁の灯りはついているものの、掃除が行き届いていないのか、どことなく部屋の全体が暗い印象だ。
「うあ、営業してます! スミマセン」
青ひげの筋肉男に驚いているのか、宿屋の店員は焦りながら意味もなく謝った。
花の妖精のような、可愛らしい声だ。
ノエルの背負った荷物入れが嬉しそうにギュムギュム動く。
ノエルは後ろ側に張り手をかました。
ここで3人分の宿泊費用を払うつもりはない。
荷物袋が静まる。
「あの……宿泊したいんですけど」
「ヒェッ! は、初めてのお客様……よ、よろしくお願いします!」
「えっ!? あ、よろしく?」
ノエルはドギマギして、勢い良く礼をしたスタッフの後頭部を見た。頭を下げた拍子に、フードがとれる。
修道院で見た、もふもふの再来。
怪力のニコラ修道士と同じなのは、そのもふもふ具合。女の子の髪と同じ色だ。
黒くて、形は少し丸い。
「あ、獣人だ」
ノエルは思わず声に出していた。
「え……ひぇ、ひやあああぁぁぁ!」
獣人の店員は自分の置かれた状況に気付いて声をあげた。
動揺したのか、顔を赤らめてカウンターに両手をつく。
バキイッ!!
(んっ……?)
木製のカウンターが真っ二つに割れた。
厚さ3センチはある立派な板だ。
(えっ、今、割れたよな?)
ノエルの背中の袋はシンッと静まり返っている。
「あっ……」
獣人が泣きそうになっている。
「す、すみません、あたし……あたし……ひぐう……」
ノエルの刑事の勘が、ピーンと働いた。
(この子を暴れさせたら被害が増える! 気がする!)
ノエルはなるべく優しげな声音を作る。
「あー……大丈夫ですよ。落ち着いて」
「い、いっつもこうで……ごめんなさい。久しぶりの、せっかくのお客様なのに」
「よくあることですよね、カウンターの破損は! ね。宿屋ですもんね」
そんな訳はないのだが、獣人の少女は少し落ち着いたらしい。黒目がちな目に涙を浮かべながら洟をすすった。
「う、うう……すみません……お部屋にご案内いたします」
ほっとしながら案内された部屋は、破損したカウンターから徒歩十歩だった。
つまり、隣の部屋と言っていい。




