テレパシーの有効利用
のんきな風を装ってはいたけれど、ノエルは正直なところ、ドキドキしていた。
なにしろ、『オリテの元・王子様』と『ゼガルドの逃亡奴隷』を連れての亡命だ。
絶対に捕まってはならないが、極めて危ない。
だが、どれほど危ない橋を渡ろうとも、必ず国を逃れたかった。
(自分を慕って、ついてきてくれる若者を裏切っちゃあ、年取ってきた意味がないってもんだ)
晴天の空の下、決意を新たにノエルは歩みを進めていた。
(こいつらのことは、俺が守る。この命に代えても――)
前世の己の行動に、一つも後悔などしていなかったノエルは本気でそう思っていた。
眉間に皺を寄せてがに股で歩く青髯の厳つい冒険者を、向こうから来る旅人が目を合わせないようにしながら通り過ぎる。
ノエルの頭上で鳥が囀る。
「ピチチチ、ピチチチ」
隣を歩く猫は、5歩ごとに
「にゃあん」
と鳴く。
――非常に、わざとらしい。
ノエルは周囲に旅人の影が無くなったのを確認して言った。
「なあ、そのわざとらしい動物のフリ、やめてくれないか? すごく、気になるんだが」
黒猫のモルフェが言った。
「じゃあテレパシーを使うことにしよう」
「何だと、そんなことができるのか」
ノエルは驚いた。
「簡単なことだ。魔力を放出するんじゃなくて、歌を歌うときのように喉に集める。そして、語りかけたい相手を視界に入れる。相手に届くように魔力を流し込むイメージだ……ためしに俺がやってみよう。心の中に語りかけるんだ」
と、モルフェは言って、てちてちと歩いたまま、黙った。
暫し静寂が訪れる。
歩き続けていた一行の、頭の中に直接、モルフェの声が響いた。
(『レインハルトは……クソ野郎……』)
ノエルはバッと振り返ってモルフェを見た。
黒猫はしっぽを立てて、いっそ得意気に澄まして歩いている。
ノエルは呆然として言った。
「お前、ヤバイな……前から思ってたけど、ほんっと……あー……何というかだな……」
(『何だ、主。俺はヤバくなんてない』)
「いや、十分ヤバいよ……テレパシーって結構すごいのにさ、魔法なのに、……第一声が仲間の悪口ってそれはどうなんだろう?」
(『事実を言っただけだ』)
「俺巻き込んでケンカすんなよお前らぁ……って、レイン、静かだな?」
レインも大人になったのか、と思っていた矢先、モルフェの声が届く。
(『アイツは魔力がないから、いくらやりたくてもテレパシーはできねぇんだ。ははは、ざまあみさらせクソクソ王子様』)
「なんて口が悪いんだろうなモルフェェェ!? ちょっと黙ろう!? そして少しずつでいいから丁寧な言葉を使っていこうッ? なッ? おじさんからの忠告だ」
(『うっせーよ。ふふふふ、アイツはパタパタ、ばかみたいに俺の上を飛んでるが、アレしかできないんだ。なぜか? そう、俺が、猫で! アイツは鳥ッ! 捕食する側とされる側だ! ちなみにこのテレパシーはテメェにも送っているからなレインハルト! ハハーッ、悔しいだろう一方的に俺の声を聞かされて! つつきに来てもいいんだぜぇ、だが、俺は魔法も使える猫! そしてお前は剣を持てないた・だ・の鳥ッ! 優勢にも程があるなぁ!?』)
モルフェはルンルンと軽快にキャットウォークをきめている。
ノエルは頭を抱えた。




