翌朝
苦い、嫌だ、無理だ、腐って液体になった野菜の味がする、男のピーをピーした匂いがする、などと散々不平不満を言っていた二人は、大浴場へ逃げ出していった。
ノエルは先に休ませてもらうことにした。
今日もいろんなことがあった。
そして、明日からもいろいろあるんだろう。
だけど、姿形がかわっても、きっと大丈夫だ。
かわらない仲間の絆があるのだから――。
美しい映画を見ているときのような気持ちでノエルは穏やかに目を閉じた。
そして、朝が来る。
「うわああああああああ!」
野太い悲鳴で起こされたノエルは、修道院の簡素なベッドから飛び起きた。
「何だッ!」
低い男の声だ。
レインハルトだろうか。それにしては近いところから響いている。
敵襲だろうか。
と、思いきや、モルフェは頭を抱えて鏡の前にうずくまっている。
「モルフェ? どうした?」
「いや、だめだ、これは、……キチィ……」
「キティ?」
体重がりんご三個分のアレだろうか。
ノエルは首を傾げた。
いつもより視線が高い。
(ん?)
手を見るとごつごつしている。
「きつい……だめだ……なんで……あ、昨日……ヤベ……残り……」
息も絶え絶えにモルフェが言った。
「おい、どうした……ん?」
声が低い。
(まさか)
ノエルは鏡の前に自分の姿をうつした。
青鈍色の髪と瞳、そして――髭。
「おおおおおお!」
「うわああああ! 誰だお前! ……ああ、ノエルか!?」
「っ……ある! うわあああ! おかえり、俺の俺!」
股ぐらを押さえながら思わず叫んだノエルに、モルフェは叫び返した。
「意味わかんねぇよ! おっさんじゃねぇか!」
「そうだ、おっさんだ」
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ!」
「いや、中身と外見が合致するというのはこんなに気持ちよかったかな、と」
「それよりヤバイことになった、……見ろ」
モルフェはそっと手をとった。
顔や体に変化は見られない。
ただ一つ、人間の耳が無くなり、代わりに黒い猫の三角のふわふわした耳がついている。
「うわ……え? 何これ? モルフェ……え?」
「すげーキツイ!」
「だろうな、精神的にかなり辛そうだ」
腹筋バキバキの若い男にこのファンシーアイテムは、かなりの経験値が必要だろう。
モルフェはものすごく落ち込んでいた。
丸まった背中がどんよりしている。
「昨日……大浴場がすげー気持ちよくて、アイツと半分眠りかけながら戻ってきて……そのまま寝た……瓶の中に薬……まだ結構残ってた気がする……」
「え!?」
ノエルはテーブルの上の瓶を確認した。
昨日のまま残っている。
そして、モルフェとレインハルトに手渡した瓶を調べてみた。
ちゃぷん。
液体が入っている。
「全然飲んでないじゃないか!」
「苦かったから……戻ってきた後で飲めばいいかって……」
「ほら、はやく残り飲んで! これものすごく貴重なんだぞ」
「う、分かった、分かったから! おしつけんな! 自分のタイミングでいったほうが苦くないから!」
案の定苦かったようで、ぐああああと呻いている声が聞こえたが、ノエルは無視した。
そして、心配なことがあった。
瓶に残っていた薬はまだもう一本あった。
つまり、レインハルトも変化が不十分なのだろう。
「レインはどこだ?」
「え? 知らねぇ……まだ寝てるんじゃないか」
そういえば、とモルフェの隣のベッドを探すと、レインハルトは長い足を投げ出すようにして眠っていた。体に変化は見られない。
「おい、レイン。ちょっと起きろ。毛布とるぞ、うわ……」
「っ……」
レインハルトは、美しい金の羽の鳥に変わっていた。
たがしかし残念なことに、変化していたのは頭部だけだった。
つまり、すらりとした長身の頭部だけが、鳥。
まさに鳥人間である。
(これはとてもキツイやつ!)
ノエルは起こすか起こすまいか悩み、猫耳をはやしたまま爆笑を堪えているモルフェを見て、そっとレインハルトに布団をかけなおした。
刺激の大きい現実を受け入れるには、時間が必要である。
その朝、修道院の一室には、筋肉マッチョの強面髭おじさんと、猫耳の不良と、鳥人間が勢揃いしてしまった。
旅立ちどころではない。
眠りこけるレインハルトの静かな寝息が、すよすよと響いた。
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そろそろようやくレヴィアス入国へ。
長かった……はよ亡命して……




