変化がないなら冒険とはいえない
「も〜……何なんですかぁ……お客様の前で絡むの、やめてくださいよお……」
ニコラは片手で柵を持ち上げていた。
まるでガーゼの毛布を顔にかけられた赤子が払いのけるように、ニコラはエイッと放り投げるように金属を放り上げた。
木の柵であれば、慣れた鉱夫がやるような仕草だというに留まったかもしれないが、体格に恵まれたモルフェが引き抜くのも苦心した重い棒の集合体だ。
「よいしょ、ふう~……あ、すみません。お待たせしました」
ニコラはぴょんっと出てくると、行きましょうか、と居住区へ先導し始めた。
「坊主、すげぇな……」
モルフェは呆然と呟いた。
「あぇ? はっ……恐れ入ります! ちょびっと他の人より力が強いだけなんですけどね」
うふふ、と恥ずかしそうにはにかむ姿は、超人怪力野郎としての片鱗すらない。
レインハルトは門番に小声で言った。
「こちらの修道士は癖があるやつしかいないのか?」
門番はいい笑顔で親指をあげた。
*
涙を滲ませながら夕飯をがっつくレインハルトとモルフェを、ノエルは微笑ましく見守った。
警察学校時代の訓練後の牛丼が懐かしい。
(肉体労働の後のメシって最高なんだよなあ)
もちろん、白米など遠い夢の話ではあるのだが、胚芽入りのパンであれ、山羊のチーズであれ、空腹にとってのご馳走であることに変わりは無かった。
食べ終わって満腹感からすぐにでも眠りそうになっている二人に、ノエルは優しく語りかけた。
「おいおい、こんなとこで寝るんじゃない」
「るっせー……俺らがどんだけ今日体力使ったか知ってンのか……十年単位で使ってない納屋を十戸も『清掃』させられたんだぞ……魔獣も魔虫も巣を作るどころか生態系を作ってやがるんだぞ……そんなのを十ヶ所も……」
「ボスの魔鼠なんかよりも、背後でうごめく無数の小さな魔獣がもう……斬っても斬っても斬っても斬っても沸いてきて……途中で、もしや魔獣しかいない世界に転移してきた? というような幻想まで見てしまう始末で……」
「ごめん! 俺の言い方が悪かった! でもちょっと聞いて!」
ノエルはパン屑の乗った机の上に、三本の硝子瓶を置いた。
「これは? 俺が持っている『オリテの秘薬』と似ていますが、まさか」
レインハルトが尋ねた。
ノエルは頷く。
「プルミエから貰ったんだ。これは変化薬だ。これで見た目を変えて、オリテの国境に乗り込もうと思う」
レインハルトとモルフェは驚いて言った。
「マジかよ。そんなモンがあるのか」
「どうやって手に入れたのです? プルミエは自分の気に入った『対価』が無ければ、絶対に秘薬を譲ってはくれないはずだ。それも三本も」
ノエルはにこっと笑った。
「変化がないなら、それは冒険とはいえないと思うんだ。飲もうぜ、みんなで」
「おまえまさか、俺たちをあのバアサンに売ったんじゃねーだろうな」
モルフェの意地の悪い一言にも、ノエルは微笑んで答えた。
「そういうことは冗談でも言うなよ、モルフェ。お前たちのことはもう家族みたいに思ってるんだ。俺が勝手にお前たちの身柄を引き渡すことは絶対にない。だから、安心してくれなんて言うつもりないけど……でも、おまえらが俺といて、少しでもほっとしてくれたらいいなって思ってる」
モルフェとレインハルトは一言も喋らなかったが、目を合わせないでじっと床を見ていた。
その仕草が余りにも似ていて、
(なんだか兄弟みたいだなあ)
と、何となくノエルは嬉しくなったのだった。




