ニコラとモルフェたち
苦役としか表現できない重労働を終えて、レインハルトとモルフェはいやいやながら肩を貸し合って歩いていた。そうでもしないと、倒れ込んでしまいそうなほどには酷使された。
頬を返り血で汚したモルフェが、毒づいた。
「くっそ……あの陰険マッチョ、ここぞとばかりに魔力注がせやがって」
レインハルトの分厚いズボンは右太ももがパックリ割かれている。生身の肌は無事だが、衣服は犠牲になったらしい。
「無駄口を叩くな。もとはといえばお前がバカ丸出しで麻痺魔法を打つからだ」
「うっせえ王子様」
「即刻その呼び方をやめろ斬り捨てるぞ」
「やれるもんならやって……う、くっ」
先を歩いていた小柄な修道士が、くるりと振り向いた。フードをかぶったニコラだ。窓の外はもう星が瞬き始めているが、案内役の彼はまだ就業時間だ。
「あ、あのう……大丈夫ですか? 僕、お手伝いしましょうか」
「いや、すまない。大丈夫だ」
「悪ぃな坊主」
ボロボロでヨレヨレの客人を気遣って、ニコラは少しばかり歩みを遅くした。
せめてもの情けというべきか、修道士と同じ夕飯を準備した。粗食ではあるが、労働した後の体には染みるだろう。
修道士は回復魔法を得意とするものが多い。門番業務に携わる者やニコラのような特殊な出自の者を除けば、ここの修道士は概ね回復魔法や回復薬の作成の能力が高いのだ。
だからこそ、イーリスはここぞとばかりにレインハルトとモルフェに魔獣の一掃をさせたらしい。大物ではなく、物置きや納屋の害虫や有害植物の駆除である。
修道院の清掃や修復の予算が今年は厳しいなとイーリスが愚痴っていたのをニコラは思い出した。これで、今年1年分くらいの駆除業者の予算は節約されただろう。使えるものは何でも使う合理的な性格のイーリスは、修道院の清掃関係の分掌のリーダーだった。
顔色1つ変えずに客人たちに指示を出すイーリスを簡単に想像できて、ニコラは苦笑した。
「プルミエ様より、修道士用の住まいをご案内するように仰せつかっております。巡礼者用の宿坊とは異なり、この柵から向こうは修道士の居住スペースです」
柵の隣には小さな小屋が立っている。コンコンと小窓をノックすると、中にいた門番がのそりと顔を出した。
「ニコラです」
「あー。おつかれさん」
無愛想な門番は、ニコラの顔を見ると、入るように促した。
「っていっても、坊主、どっから入んだ?」
モルフェが尋ねた。
柵は大人の背丈よりも高く、黒光りする太い金属の棒でできている。
扉も開閉部分も見つからない。
ニコラは、ああ、とモルフェに笑いかけた。
「そうですよね。見た目では分からないんですが、ここ、……ここの部分が、持ち上がるようになってるんですよ。普段、修道士が通る時はあの門番が開閉するんですが、僕は自分でやれって言われてて」
小柄なニコラはモルフェとレインハルトの隣を歩いて、柵に手をかけた。
しかし、モルフェがその手を止めた。
「おい。ちょっと待て」
モルフェは苛ついた様子だった。
小窓まで行き、拳でゴッツンゴッツン叩く。
すぐに先ほどと同じ門番が出てきた。
彼は面倒くさそうに言った。
「あー、お客様方も通って大丈夫ですよお」
「ちげーよ。なあ、仮にも神様のお膝元で、ああいうの、よくないんじゃないのか」
「んぇ? ああいうの、とは……」
「なんであいつのときだけ開けてやらないんだ。差別か? 子供だからって虐めてやるな、あいつにだって事情があるんだろ」
門番の修道士はため息をついて、呆れたような眼差しでモルフェを見た。
「あのね。お客サンが何を勘違いしてるか知らないけど、ニコラのときに僕が出ていかないのは、必要がないからですよ」
「だからそれが……」
「やれやれ、ホントに物分かりの悪いお人だねえ」
門番は小屋の扉から、よっこらしょっと出てきた。
「ほれ、あんた持ってみろよ」
促されてモルフェは柵に手をかけた。
上に持ち上げる。
「ふ……んんんッ!? んだこれ、めっちゃくちゃ重ぇぞ」
「せきゅりてぃーがしっかりしてるんだよねぇ、うちの修道院」
「ざけんな、こんなもんどうやって」
「はい、交代」
門番はモルフェの手を剥がすと、両手で棒を握りしめ、一気に柵を持ち上げた。
ガラガラガラッと音を立てて持ち上がった柵は、地面から引き抜いた部分だけ空洞がある。
「はーい、早く通って下さいね」
モルフェとレインハルトは呆気にとられながら、柵をくぐる。
最後にニコラが通る。
その瞬間、門番はパッと手を離した。
「おいっ……!」
レインハルトが焦って叫んだ。
モルフェが助けに行こうと踵を返す。
「えっ……」
ニコラの驚いた声がした。
ガランッ!!
金属音が響いた。




