対価
「さあ、何を差し出すか決まったかの?」
蠱惑的なエスニックスマイルのプルミエは、ノエルの瞳を覗き込むように言った。
「プルミエさんは、欲しいものなんてなさそうですね」
「さあ、どうじゃろう?」
「お……私たちは、それほど価値のあるものを持っていません。強いて言えば、仲間くらいです」
プルミエが片眉をあげた。
「ほう? だからここに仲間を置いていくか?」
「いいえ。レインやモルフェはもう伯爵家のもんです。あいつらは根差しているものがない。だからこそ、ブリザーグ伯爵家はあいつらを引き取る。誰にいくら乞われても渡せません」
ノエルはきっぱりと言った。
プルミエは冷たく微笑んだ。
「対価が無ければ薬は渡せんぞ」
「ええ、勿論。渡せるものが1つあります」
「それは何だ?」
ノエルは言った。
「オリテです」
「それは、どういう……? まさか」
プルミエは瞠目した。
二の句が告げないといった様子だ。
ノエルは続けた。
「奴隷を裏で飼うゼガルドも、何もしていないレインを迫害して殺そうとするオリテも間違ってる」
ずっと考えていたことを、言葉にすると何だか頭がすっきりした気がした。
(なんであいつらが、あんなに苦しい思いをしなくちゃいけないんだ)
どこにも居場所のないレインハルトとモルフェに、年相応の笑顔をさせてやりたい。
「これからレヴィアスに亡命したら、どうにかしてそこで拠点を作ります。何年かかるか分からないけれど、ゼガルドとオリテから、『悪』を無くしてみせる」
ノエルはソファーから立ち上がった。
ぼんやりとしていた景色が、急に輪郭をもって迫ってきた。
そうだ、俺がやりたいことは――。
「俺の対価はこの国です。いつか必ずオリテを手に入れる。そしたらオリテを全部貴方にあげよう。どうするかはプルミエ、貴方に任せる」
ノエルはきっぱりと言い切った。
プルミエはつめていた息を吐き出した。
「傲慢じゃ……極めて……夢物語じゃ」
「ええ。他に語っている人を見たことがありませんね」
「当然じゃ! 全く馬鹿馬鹿しい。不敬にも、ほどがあるぞ。悪を滅ぼす? どんな綺麗事じゃ。悪は暴力をもって正義となり、国を作った。オリテはそうやって繁栄しておる。おそらくゼガルドも。レヴィアスも……正しき国を作るなど、綺麗事にしても今どき流行らぬわ」
ボロクソに言われている。
ノエルは精一杯の虚勢をはって、プルミエを見た。
「だとしても、誰かがやらなくちゃ。大人が子供を守るのは当たり前だろ。レインハルトもモルフェも、このままじゃ報われない」
「オリテもレヴィアスも騎士団がある。レヴィアスは人間の兵隊だけでなく、獣人の軍が創設されておる。お前はたったの3人でどう立ち向かうのじゃ」
ノエルは自信にあふれた表情でプルミエを見た。
(ノープランだ! なんて口が裂けても言えねぇ……)
刑事はハッタリと度胸である。
(弱気になったら負けだ!)
ノエルは不敵に笑っている。
プルミエは、眉間にしわを寄せつつ頷いた。
「何か、策があるのじゃな……今は聞くまい」
(よしっ!)
ノエルはドヤッといわんばかりの表情で、プルミエに言う。
「これが今の自分の全部だ。気に入ったら薬と交換してくれ」
「駄目だと言ったら?」
「それならまた、別のやり方を考えるさ。正解は1つじゃない。目的は変わらないんだ」
それは本心だった。
まっすぐなノエルの瞳を見て、プルミエは苦笑した。
魔女というには、やけに人間らしい表情だった。
「あまりにも綺麗事じゃ。だが、ここ最近の中では、悪くない夢だて」




