言っていないこと
プルミエの手に握られていたのは、紅い宝石のはまった指輪だった。見る人が魅入られるような真っ赤な石は、繊細な意匠で彩られている。
「これは……」
「ああ、そなたは触れぬ方がいいだろう。これはレナード王子のものじゃ。王子が国外逃亡したあのとき、わしは王子に薬を渡した。ここが薬師の隠れ里と呼ばれているのは知っておろう?」
ノエルが頷いたのを見て、プルミエは続けた。
「わしは見たとおり、この修道院で特別な薬を作っておる。ポーションや毒消しは修道士たちに任せてな。このことを知っているのは、ニコラのような一部の修道士と、前オリテ王と王妃様、レナード様。ゼガルド王妃様。ロシュフォール公爵家、ブリザーグ伯爵家の関係者のみじゃ。一般に流通するような代物ではない」
ノエルは、秘薬の瓶がここに並んでいるガラスと同じ色合いだったことを思い出した。
ノエルやレナード、そしてモルフェが使った薬は皆、この部屋からプルミエの手によって生まれたものだったのだ。
プルミエは、ルージュもひいていないのに華やかな紅い唇で弧を描いた。
「特別なものだからこそ、わしは対価を貰っておる。王族であれ、奴隷であれ、平等にな。いやいや、金ではない。覚悟の話じゃ」
プルミエは言った。
「これはあの日、王子がわしに渡した対価じゃ。『変化薬』と交換に、レナード様は己の身分を渡した。指輪は王から代々伝わるオリテの王の証じゃ。つまり、今のオリテの王が十年探し続けて血眼になっているモノじゃな」
聞いていたノエルは血の気がひいた。
(なんて危険なもんを隠し持ってんだ……)
プルミエはにやりと笑った。
「レナード様は言った。『これが今の自分にとって最も価値のある持ち物だ』と。変化薬はそれほどの覚悟がなければ使ってはならん。あなた方はおそらくレナード様に連れられてここに来たのじゃろう。さあ、どんな『対価』をわしに払えるかな? ただし提案は一度だけじゃ。わしが気に入らなければ、お引き取り頂こう」
ノエルは考えた。
金は出立の際に用立ててもらったので、まだそれなりに残っているが、プルミエは欲しないだろう。
それ以外の持ち物は、ノエルたちにはほとんどない。傷薬やポーション、短剣などの旅の必需品だけだ。価値のある宝物などない。
(だめだ、渡せそうなものが何もない)
変化薬を手に入れたら、3人ですがたを変えて、オリテの中心部を突破しようと思っていたのに。
ノエルは半ば諦めて荘厳な部屋を見渡した。
獣の彫刻とオリテのガラス瓶が見える。
木製の重厚な机には、ゼガルドのワインの酒瓶が置いてあった。実験に使うのか、はたまた飲料用なのか。
そのとき、ノエルはピンとひらめいた。
(プルミエは、『見えるものが全てではない』、と言っていたな……)




