レヴィアスの獣人
「ええ。友好国でしたけどね……前オリテ王の時代に、獣人が一人、オリテで殺されたのです。レヴィアスへ荷物を持って帰る途中でした」
「でも、そんな……」
それくらい、と言いそうになってノエルは黙った。
歴史から見ればほんの一かけらに過ぎない。
が、落命した当人の親族の哀しみたるや、どの海よりも深いだろう。
小柄な修道士はフードからニコリと口角をあげてみせた。
「盗賊団や魔物ならば、冒険者や商人にとっては『よくあること』で済むはずでした。ですが、相手が悪かった。殺したのは、オリテの騎士団だったのですよ」
「まさか」
「そう。静謐と尊重を志とする、オリテの騎士団にあってはならないことでした。レヴィアスの獣人たちは国をあげて怒り、抗議をしましたが、オリテはろくに謝罪をしなかった。それで、オリテとレヴィアスの国交は断絶したんです。獣人のいない西側とはまだ通じていますがね」
そう言って修道士は、悪戯っぽく片目をつむって見せた。
「といっても、それは国と国との話。僕みたいなのもいるんですけどね」
小柄な修道士はフードをとってみせた。
目線が低いのも当然で、まだ少年っぽさが残っていた。
それに、耳。
ノエルは瞠目した。
修道士の耳殻は、ノエルが見慣れた人間のつるりとした肉と穴ではなかった。
代わりにもふもふっとした毛に包まれた大きな三角の耳があった。
猫というには大きいが、人間の頭部についているので、機能としては十分なのだろう。
砂漠で暮らしてきた民だからか、耳の内側には長い毛が生えている。
逆三角形の顔の愛らしい大きな瞳と相まって、庇護欲を掻き立てられるような見た目だ。
(かっ……わいい!! すげぇ、天使! 砂漠の天使じゃん! うわーふわふわ、もふもふ、触りたい……って言ったら失礼になるのか!? セクハラなのか!? 獣人の正解が分からん!)
ノエルは失礼にならないよう、考えた末に、
「……なるほど」
と言って、頷いて見せた。
何がなるほどなのか自分でもよく分からなかった。
が、たぶんこれでハラスメントの罪で重労働を課されることはないだろう。
修道士は、すぐにフードをかぶりなおした。
「見ての通り、僕は獣人なんです。レヴィアスもそれほど豊かじゃない。戦争があった時代は僕みたいなのはたくさんいたみたいです。今はもう、砂漠に
ひっそりと暮らしている獣人は、少数民族みたいな扱いですけどね」
「レヴィアスには獣人以外もいるのですか?」
「ええ。西側の豊かな者は皆人間です。やっぱり、獣人は迫害の歴史がありますから……今でこそ落ち着いていますけどね」
ノエルは、血なまぐさい過去の戦の話を聞きながら、眼前の快活な修道士の生き様を思った。
この子も、苦労してきているんだな。
自分ばかりが大変で波乱万丈なわけではないというのを、ノエルは痛切に感じた。
(俺なんて、ちょっと転生しちゃったくらいで、平凡で平和なもんなのかもなあ)
そんなことを話しながら、気づけばノエルたちは突き当りまで来ていた。
重厚感のある石の扉だ。
というか、遠くて分からなかったが、ものすごく大きい。
そして、手をかける部分がない。
おそらく、ノエルが三人分両手を広げたくらいの幅があるだろう。
高さもかなりのものだ。ノエルは天井につきそうなくらいの石造りの巨大な扉を唖然として眺めた。
女神と、幾つかの獣の姿が彫刻してある。
ライオン、ヒョウ、トラ、ネコ、トリ、イヌ……それらは細部まで美しく刻まれており、今にも動き出しそうだった。
修道士が言った。
「お待たせしました。こちらがプルミエ様の居室です」
「ありがとうございます」
「こちらのお部屋のことは、他言無用でお願い致します」
「もちろんです」
「では、失礼いたします」
「はい、……え?」
修道士は下がらずに一歩前に出て、石の扉に手を置いた。
「ふんっ……」
小さな手がぐぐぐっと石の扉を押していく。
(うわ、うわ、うわわわわわ……!)
ノエルは自分の目が信じられなかった。
ゴト、ゴト、と重そうな音を立てて、巨大な石板が動き始めた。




