オリテの秘薬
「おっ……王子ィ!?」
ノエルは仰天した。
確かに納得できるところはある。
これまで、十年間で見て来たレインハルトは、出逢った頃から妙に品があった。
貴族の子息や令嬢が入学する王立学院にノエルは入学したが、レインハルト以上に優雅な生徒を見たことがない。
テーブルマナーもダンスのエスコートも完璧で、ノエルに教えてくれていたほどだ。
(レインハルトがオリテから逃げて来たというのは知ってたけど、まさか王族だったなんて)
驚いているのはノエルだけではなかった。
「王子なあ……」
円卓に頬杖をついたモルフェは、目を細めてレインハルトを眺めた。
短いながらもこれまでの旅で、競り合ってきた相手がいきなり王族だと明かされたので少なからず驚いてはいるらしい。
信じられないといったように、レインハルトをいろんな角度から眺めている。
レインハルトは居心地悪げに言った。
「……昔の話だ」
ブフォッと咳払いをして、プルミエが言った。
「レナード第一王子は……前オリテ王と王妃様の間に生まれた後継者だった。十年前、王の弟が謀反を起こすまでは。王弟バルナバスは……事実無根の罪で王を糾弾し、革命と粛清という名のもとに、暴走した。それまでのレナード様は次期国王候補として、王城で玉のように慈しまれて……うう……いたわしい……」
プルミエは懐から赤いハンカチを出して、ブイーンと草刈り機のような音を立てて洟をかんだ。
「前のオリテ王、レナード王子の御父上は穏健派じゃった。それを強引に捕らえて、処刑したんじゃ。王と王妃の首は広場で晒され……どれだけの国民が隠れて涙したか……王子はそのときまだ十二歳じゃった。反乱の動きを察知した王妃様は、レナード様を密かにこの修道院に送り込まれた。処刑の7日前、レナード様はゼガルドに亡命した。間一髪で逃亡したんじゃ」
ノエルは、まるでおとぎ話を聞いているような気持ちだった。
(だって、レインハルトはいつも穏やかで)
世が世なら、次期オリテ王。
アイスブルーの瞳は涼しげで感情が読み取れない。
「なんで言わなかったんだよ」
ノエルはレインハルトに言ったけれど、自分で思っていた以上に冷たい声になった。
「もし俺がオリテの王族だって分かった上で匿っていたら、ブリザーグ伯爵家に咎が及ぶと思ったのです」
レインハルトは落ち着いていた。
「しかし、伯爵家の皆さんは、俺のことなんて最初に会った日から気付いていましたよ。貴方を除いたほとんどの人間が……エリーでさえ」
「エリーまで!?」
メイドのエリーでさえ、レインハルトの真相に気付いていたというのは、ノエルにとってはショックだった。
(それなのに俺はのんきに、レインハルトに絡みながらのほほんと過ごしてたのか。しかも、王族を護衛にして、国外逃亡しようとしてたのか……)
ノエルは気付いた。
(待てよ。これ、かなり問題じゃないのか? オリテの逃亡者をゼガルドで十年も匿って、ゼガルドの伯爵令嬢がオリテの前国王の実子を連れてオリテの中心部を突破する? さすがに無理があるんじゃないか? 下手したら捕まるどころじゃ済まない。国際問題だ)
モルフェが鼻をほじりながら言った。
「お前さ、なんでゼガルドに来たんだよ? 最初から東に抜けてレヴィアスに亡命すりゃあよかったじゃん」
レインハルトが答えた。
「色々鑑みて、まだゼガルドの方が、希望があると判断したんだ」
プルミエは、まだ涙をにじませながら言った。
「あのときも、どこに行けば王子が生き残れるかをみんなで議論したものでしたよ」
だが、納得いかないという顔で、モルフェが口を開いた。




