アクシデントとリカバリー
一夜明け、晴天。
朝から日暮れまで山道をひたすら進んでいくと、ようやく麓にやってきた。
宿屋が見えてきて、一行はほっと息をつく。
深い谷川には橋がかかっていて、そこを通ればレヴィアスは目の前だ。国境警備隊に捕まらないように山を夜中に歩けば、無事にレヴィアスの国境を越えられるだろう。
宿屋の女将はちゃきちゃきとしていて、きっぷの良さそうな人だった。
冒険者だと名乗ったノエルたちは、野営で薄汚れていたせいか、ゼガルドとオリテで知り合ったパーティーであるという経歴を全く疑われなかった。
「お客さんたちはどちらまで? え? レヴィアス側は無理だよ」
と、女将さんは言った。
「昨日の大雨で橋が流されてるからね。レヴィアスに行くなら、オリテの城下の中央を通らないと」
三人は顔を見合わせた。
宿屋の部屋に入ったノエルたちは、喉を潤して人心地ついた。
レイムという柑橘のような実を絞った汁だが、きわめて水に近い。
オリテに来てからは、ゼガルドに比べて飲料が入手しやすい。
地形や環境が大きいのだろうなとノエルは思った。
「さ、どうするかだ」
モルフェが言った。
ここまで来て、まさかのストップだ。
疲労と眠気で、全員が黙りこんだ。
オリテを出てレヴィアスに行くだけなのに、それが途方もなく難しく思える。
「みんなはどう思うか分からないけど、俺は。このままオリテ中央に行くのは、リスクがあり過ぎると思う」
と、ノエルは切り出した。
「なんで中央に行かないんだ?」
モルフェが不思議そうに言った。
「ちゃんとした宿屋もあれば市場だってある。オリテの城下まで行けば関所があるだろ。オリテに入ったときみたいに通過すりゃいいじゃねーか」
レインハルトは目を伏せて黙っている。
ノエルは言った。
「レインハルトは10年前にオリテからゼガルドに逃げて来たんだ」
「10年も前の話だろ? もう捕まえた奴も忘れてんじゃねえのか」
「そうだといいな。だけど、少しでもレインハルトが捕まったり傷付けられたりする可能性があるなら、避けたほうがいい」
「ふうん。だが、受付のおばさんによると、だ。橋がかかるのは、もう何年かかかるみたいだぜ」
「え、そんなにかかるのか?」
「デカい橋だったみたいだからなあ。それじゃ宿泊費用もバカにならねぇ」
それまで口をつぐんでいたレインハルトが、コトンとカップをテーブルに置いて言った。
「俺の都合でこんなふうに手間取らせて申し訳ない。正直なところ、おそらく、俺が城下に行けば捕まる可能性はある。自分で言うのもなんだが、王国の歴史書に名前を書かれてるはずだ」
モルフェが口笛を吹いた。
「有名人なんだなお前。大泥棒か? 革命家か?」
「モルフェ」
ノエルはモルフェをたしなめた。
人命がかかわっている以上、ふざけるのはよくない。
しかし、ノエルにしてみても内心驚いていた。
歴史書に名がのるというのは、よっぽどのことだろう。
父母が処刑されたという話を考えると、レインハルトの素性がなんとなく想像できる。
(おそらく王族に逆らったか、革命を起こそうとした逆賊だったんだろう。一族郎党粛清させられたんだ)
「一つ、手があると思います」
レインハルトはノエルに向き直り、思い出を絞り出すような顔で言った。
「丘の上の……サン・ルキナス修道院。そこならもしかしたら、助けになってくれるかもしれません。もう十年経っているから、絶対とは言い切れませんが……」
「修道院?」
「ええ。ここからだったら、ちょうど南西の方角に行けば二日ほどで着くでしょう。昔……俺がオリテを捨てて逃亡するときに、助けてくれた人たちがいるんです」
モルフェが指先に魔力で疑問符を形づくりながら言った。
ピンク色の煙が、器用に浮いている。
「そいつらがどうしてくれんだよ。今回も助けてくれんのか」
モルフェは尖った犬歯を舌先で舐めた。
「お前、よく知らねーがオリテの王室にとっつかまりそうなんだろ。匿うったって限界があるしよ。俺らはレヴィアスに行くんだろ。顔でも変えてくれんのか?」
「そうだ」
レインハルトは大真面目だった。
「顔だけじゃない。望むなら、体も、瞳も、髪も、声も、……種族さえも変えられる。その分の対価は必要だが」
ノエルは、端正なレインハルトの白い頬を穴が開くほど見た。
どれだけ眺めても、嘘や冗談を言っているようには見えない。
「本当なんです」
レインハルトは困ったように少し微笑んだ。
「信じてもらえないかもしれないが――あの修道院には、魔女が住んでいる」
おかげさまで4万PV達成しました。
こんなマイナーな話を見て頂き、ありがとうございます!
伏線回収→完結まで、走り切りたいと思います。




